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66、シャルロー奇襲の真相

 マールバラ公爵はそう言って、話を引き継いだ。


「我が国と、グリージャとルーセンと、三か国の国境が入り組む地域を、西部戦線が貫いていて、アルバートはそのシャルロー村にいた。グリージャは中立で、西部戦線は比較的穏やかだった。我が国は、シュルフト帝国と直接ぶつかる東部戦線では劣勢で、起死回生の策として、西部戦線からシュルフトに至るルートを考えていた。だがそれには、中立国のグリージャが邪魔だ」


 マールバラ公爵の説明に、殿下がハッとして身じろぎする。


「つまり――」

「そうだ、グリージャと戦端を開きたいのはわが軍も同じ。できれば、向こうから宣戦を布告させたい。殿下をシャルローから退避させた上で、シャルローのさらに東側からグリージャに侵攻する計画を立てていた。そうして、間諜(スパイ)戦を駆使し、グリージャの参戦を誘っていた。……あくまで、秘密裡に」


 わたしは目を見開いた。


 三年前のグリージャの突然の参戦。中立を守ってくれるならと、ずっと我が国が経済的にも支援していたにもかかわらず、突然、宣戦布告して牙をむいた裏切り者。――わたしはずっと、そう聞いていた。グリージャとの国境近くにいた父の部隊を、グリージャ軍が突如、襲ったのだ、と。


「あくまで秘密に、そして我が国の思惑通りに進んでいたはずなのに、計画よりも早く、グリージャが参戦した。しかも、アルバートのいたシャルロー村を正確に急襲した」


 マールバラ公爵の言葉に、アルバート殿下が低い声で呻いた。


「そうだ、あの日突然、村にグリージャ軍が現れて――俺の部隊の位置も、王子の存在も、高度な機密情報のはずだった。俺も俺の部隊の者も、本国への連絡を制限され、手紙も、場所が特定できる内容などを書いていないか、写真も風景が特定できるものは同封禁止など、細かい検閲があった。俺があの時シャルロー村にいたと知っているのは、前線司令部のトップと、本国の王宮だけだ。にもかかわらず、俺の居場所がグリージャ軍に筒抜けだった。思い当たるのは――」


 マールバラ公爵が頷く。


「王妃はアルバートの居場所を知ることができた。公的には、王妃はアルバート王子の実の母親であり、王妃とアルバート王子の確執は伏せられていた。バールの離宮にいる王妃に同情して、アルバート王子周辺の情報を流していた侍従が、後に逮捕されている」


 国王陛下が苦い声で言った。


「ジョージの苦痛を和らげた祈祷僧こそ、シュルフトの間諜であった。祈祷僧は王妃が第三王子を憎んでいるのを知ると、そなたを呪うためには、正確な居場所を知る必要があると言い、様々な機密情報を入手し、本国やグリージャの上層部に流していた。王妃はそなたの無事を確かめるフリして、そなたの情報を王宮から手に入れ、それを祈祷僧に伝えていたのだ」


 わたしは息を呑む。マールバラ公爵が淡々と引き継ぐ。


「シャルローの事件で我々は情報の漏洩を疑い、行きついたのがバールの離宮だった。当時、ジョージ殿下の病状はすでに重く、絶え間ない苦痛を和らげるために、鴉片(あへん)を用いて祈祷を行っていた。祈祷僧は、アルバート王子が死ねば、ジョージの病は癒えるなどと、王妃を誑かしていたのだ」

「……そんな、理由で……」


 わたしは思わず呟いていた。

 アルバート殿下が九死に一生を得た、グリージャの奇襲攻撃は、殿下の存在を憎む王妃によって、敵に居場所がリークされた結果だった。


 わたしは信じられない思いで国王陛下を見つめ、それからそのほかの人々を見まわした。

 だが、わたし以外の人はすでに、王妃の犯した恐ろしい大罪を知っていたのだろう。ただ痛ましい表情でわたしと、アルバート殿下を見ていた。


 わたしは、アルバート殿下を見上げた。


「……リジーは、知っていたの? それが――王妃のせいだと……」


 殿下は辛そうに顔を歪めると、一瞬、わたしから目を逸らし、それからもう一度わたしを見た。


「……うん。何となく、そうだろうと。……さっきも言ったとおり、俺の居場所は軍の機密だった。それを知ることのできる人間は限られる。その中でも、殺したいほど俺を憎んでいるのは、王妃だけだから」


 言いにくそうに、王太子殿下が口を挟む。


「シャルローだけで百九十二人、村人も四十人以上が犠牲になった。グリージャの攻撃はその他の部隊にも及び、一連の戦闘で我が軍は六千人が死亡し、一万四千弱が負傷した。砦の位置を記した地図が、バール離宮の祈祷僧の部屋から見つかった。情報の漏洩元がよりによって王妃であり、さらには王宮であったことに、我々は震撼した。この事実が明らかになれば世論は沸騰し、革命運動が激化するのは避けられない。王家が吹っ飛べば、政府も瓦解する。……もし、戦争のさなかにそんなことになれば――」


 我が国それ自体が、地図から消えてしまう――。


「だから、王妃の罪は隠匿するしかなかった。闇から闇に葬り、なかったことにするしか――」


 国王陛下が沈鬱な声で言った。


「離宮にいた祈祷僧ら、間諜は一掃した。全員、秘密裡に処刑し、情報も全て隠蔽した。王妃(あれ)は――余は廃妃にしたかったが、それには罪を明らかにせねばならぬ。故に病ということにして、離宮に幽閉した。ジョージが死ねば、その後は修道院に入れるつもりにしていた。長くはないと言われていたジョージが意外にも戦争を生き抜いて、この正月にようやく、葬儀を終えた。……葬儀に母である王妃が出席せぬのは不自然と思い、せめて最後の慈悲にと、あれも王都に呼んだが――」


 王妃は反省の色もなく、ブリジット妃を唆(そそのか)してアルバート殿下の邸を急襲し、わたしに危害を加えようとした。

 わたしは顔をあげ、陛下に尋ねる。


「王妃陛下を暴行罪で警察に突き出してしまい、さすがにやりすぎたかと思っていましたが、本来の彼女の罪からすると、軽過ぎだったのですね」

「そうだ。王妃(あれ)の犯した罪は大きすぎて、本来ならば死を以てしても償いきれぬ。簡単に殺してしまうのも躊躇(ためら)うほどの大罪で、償わせる方法すら、わからない。それに、王妃(あれ)はすでにまともな判断力も理解力も失っている。……ジョージの苦しみを和らげるためと称し、祈祷僧はジョージに鴉片(アヘン)を吸わせていた。何かの理由をつけ、王妃もまた鴉片を常習していたようだ。知ってもいようが、鴉片中毒は人を壊す。薬が切れたときの禁断症状は地獄の苦しみとも聞く。……余は、王妃から一切の鴉片を取り上げた故、おそらくは――」


 わたしは黒づくめの王妃の姿を思い出す。たしかに、正気ではなかったし、わたしとローズの区別がついていないようだったが、まさか鴉片中毒だったとは。次々と明らかになる王家の醜聞に、わたしはその場にいるのが正直、辛かった。


「……王妃の罪を隠蔽するために、シャルローの被害全体について、緘口令(かんこうれい)が布かれた。その結果、マックス・アシュバートンの戦死の状況を示す、書類がなかった。……そういうことですか?」 


 アルバート殿下が尋ねれば、マールバラ公爵が頷いた。


「シャルロー村の戦闘の、厳密な被害状況は伏せられた。一部隊の死者としては多過ぎたし、軍の上層部の責任問題に繋がりかねない。報道機関(マスメディア)に問題を追及されれば、王宮と離宮から、グリージャの間諜に情報が筒抜けだった事実、さらには、我が国とグリージャ、シュルフト三国の間で繰り広げられた情報戦についても、明るみに出るおそれがあった。それらすべて、国民に知られれば政府の退陣は避けられず、王室の権威は地に堕ちる」


 王太子殿下がさらに付け加える。


「王妃の罪は単純に大きすぎるが、さらにバーティの出生に疑問を持たれるとまずい。王妃が自ら腹を痛めて産んだ子を、利敵行為を働いてまで殺そうとするなんて、普通ならあり得ないから。これ以上のスキャンダルは、王家の求心力を大幅に低下させる。戦争中にそれだけは避けたかった」


 とにかく、我が国は重大な危機に直面し、王宮も政府も、事実を隠蔽糊塗する以外になかった。

 そんな緊迫した状況の中で、アシュバートン家に相続問題が発生し、わたしへの代襲相続は却下された。


「……マックス・アシュバートンは俺を庇って戦死し、俺はそれを父上に報告もしていた。マックスの相続は確約されていたし、戦死の際の代襲相続は、慣例で認められるはずだ!」


 アルバート殿下の厳しい詰問に、国王陛下は一瞬、身体のどこかが痛むような表情をした。


「リンドホルム伯領の最初の相続は、問題がなかった。だが、わずか数か月で、ウィリアム・アシュバートンが死んでサイラス・アシュバートンへと相続させる書類が上がってきた。当然、余は法務長官を呼んで尋ねた。――マックスには娘がいるはずだ、と」


 横にいた王室長官(ロード・チェンバレン)も頷く。


「当時の法務長官はレコンフィールド公爵セオドア・グローブナー卿で……書類が不備である故に、代襲相続は認められないと」

「……そんな馬鹿な! それを飲んだのですか?!」


 アルバート殿下が詰め寄ると、国王陛下は深い、溜息をついた。


「余は、マックスには直系の子女に相続を確約していると言い、副本を探させたが――」


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