62、結婚準備
その日、貴族院はごく少数の白票を除いて、全会一致でわたしとアルバート殿下の結婚を承認した。翌日、庶民院も全会一致で結婚を承認し、わたしと殿下の結婚は認められた。
さらにその夜、戦死者である故リンドホルム伯爵の遺族への代襲相続を、慣例に反して故意に認めなかった疑いを追求された首相とレコンフィールド公爵が、議員の職を辞し、内閣は総辞職した。野党の党首オーソン・スタイルズ卿も、国会に招致した証人が王族に危害を加えようとした責任を取り、やはり議員の職を辞した。
それからしばらく、政界はめまぐるしく動いた。
首相は退任し、レコンフィールド公爵は爵位を嫡子のチャールズ卿に譲り、病気がちの妻と過ごす、という名目で領地に隠棲した。――ステファニー嬢も社交界を避け、家族とともに領地に籠っている。首相はいったん休養、ということらしい。国王の勅書を握り潰したことが法的に裁かれるか否かは、今後、政府と司法当局、そして王室の方針次第だろう。
突然の内閣総辞職だったので、首相には暫定的にエルドリッジ公爵が就任し、自由党が内閣を組織した。ただし、王太子妃の父親であることを理由に、後任が決まり次第、職を退くと公言している。ハートネルを証人として呼んでしまい、議員の職を辞したスタイルズ卿だが、貴族院内部ではそこそこ人望があるらしく、次の選挙で返り咲きも可能だろうと言われている。次の首相は無理でも、次の次の首相くらいは狙えるかもしれない。
ただ、エルドリッジ公爵自身は、王家の姻族は政界から退くべきと考えていて、その意味で、閣僚出身者を父兄に持たないわたしが第三王子の妃になったことを、むしろ歓迎すると表明した。
議会で刃物を振り回したハートネルは逮捕の上、精神病と診断され、起訴はされなかったが、王都ではない、別の都市の精神病院に入院するらしい。……彼の家族に波及しないようにと、それだけは殿下にお願いした。
議会の承認も得て、アルバート殿下とわたしは、四月の半ばにほんの身内だけで、小さな結婚式を挙げることにした。もう大聖堂でも誓っているし、届も出しているし、儀式の必要はないのでは、とわたしは思ったけれど、どうしても結婚式をしたいと殿下が言い張るから。
第三王子であるアルバート殿下の結婚式であるから、本来ならば王都の聖アウグスト大聖堂で盛大に、各国の来賓を集めて行われるべきだ。でも、すでに王子妃、あるいは妃殿下と呼ばれている状態で、今更、どの面下げてバージンロードを歩くのか、……という気分もあって。
実のところ、わたしと殿下の結婚は三年も前に国王陛下の許可も下りていて、けして許されない禁断の恋でも何でもなかった。それでも、ずっと王子の婚約者として振る舞ってきた、ステファニー嬢から殿下を掠奪したような、そんな罪悪感がどこかにある。これ見よがしに豪勢な結婚式をするのは、わたしの望むところではなかった。
わたしは王子の妃になりたいわけじゃない。幼い頃から大好きだったリジーと一緒に、故郷のリンドホルムの城と領地を守りたい。ただそれだけだから。
殿下は割と派手好きだけれど、要するに結婚式さえできればいいらしくて、身内だけの式に賛成してくれた。幸い、内閣総辞職の影響で、煩い重鎮も政界を退いていて、文句を言うような人もいなかった。王都ではなく、リンドホルムでの挙式も考えたけれど、国王陛下が式への参列を希望なさったので、それで、王都の聖カタリーナ修道院の礼拝堂で行うことにした。祖母が最期の時を過ごした療養院にも、ローズが眠る墓地にも近い。その後、五月にはリンドホルムに戻って、そちらでも結婚のパーティーをすることにした。
急な話なので、わたしは特別なウェディング・ドレスを着るつもりはなくて、デビュタントのドレスを直してもいいと思っていたけれど、驚くべきことに、ウィディング・ドレスはミス・リーンに発注済みで、もう仮縫いまで進んでいるという。……つまるところ、殿下はわたしを着飾らせたいだけなのだ。
そういうわけでその三月は、わたしは陸軍司令部で残務処理をする傍ら、週に何日か王宮に足を運び、王子妃としての教育を受けて過ごした。――作法そのものは、祖母から教えられたものを大きく超えることはなく、ただ、諸外国の王族に対する作法や、王族特有の儀式についてレクチャーを受ける程度だ。本格的に外交活動を行うようになれば、また違うかもしれない。
六月にはリーデンシャーで、カーティス大尉とシャーロット嬢の結婚式があり、十月には、アルティニアのフェルディナンド皇太子とグリージャのエヴァンジェリア王女の結婚式がビルツホルンで行われる。結婚式を小規模にしたことで予算が浮いたので、ビルツホルンから大陸の南、セダーンの港に出て、船で東洋へ新婚旅行に向かうことにした。何も野蛮な新興国に行かなくても、と反対する者(筆頭がブルック中尉)もいたけれど、もし、わがままが許されるならば、一生に一度はヤパーネに行きたいと、わたしが駄々をこね、これは殿下が折れた。
「まあ、俺は昔から、エルシーのわがままには勝てないからな」
と殿下が言い、わたしは今から、いそいそとヤパーネ旅行記や版画を取り寄せては、ニヤニヤ眺めて憧れを募らせている。バーナード・ハドソン商会のミツゴロー氏にヤパーネ語を習おうかと思案中だ。
そんな束の間の平和な日々に、とんでもないニュースが飛び込んできた。




