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59、血染めの勅書

 わたしが茫然と見上げる先で、殿下は封筒を開き、中から折り畳んだ紙を取り出す。いつの間にか控えていた官僚が、革製の書類ばさみに白い封筒――穴が開き、血飛沫が散っている――を入れ、ついで、殿下が広げた、やはり穴が開いて赤茶色の染みの浮いた書類を挟みこむ。


「殿下、それはいったい――」


 しんと沈黙が支配する議場で、震える声で問いかける首相に、殿下が答える。


「三年前、シャルローで俺を庇って死んだマックス・アシュバートンの胸ポケットから回収した、遺品の中にあった。父上から与えられた勅書が、二通」


 殿下は官僚から紙ばさみを受け取り、勅書の文面を読み上げる。


『国王エドワードは、リンドホルム伯爵マクシミリアン・アシュバートンの請願を受け入れ、わが第三王子アルバート・アーネスト・ヴィクター・レジナルドを、リンドホルム伯領の後見とすることに同意する。さらに、両者の同意が得られた場合には、アルバート・アーネスト・ヴィクター・レジナルドと、リンドホルム伯爵令嬢エルスペス・アシュバートンとの婚姻を許可する 御名御璽』


 議場にどよめきが広がる。


「どういうことだ?」

「三年前、シャルローで?」

「すでに結婚が認められていた――?」


 ざわざわとどよめく議場で、しばし茫然としていた議長は、ハッと我に返って木槌でカンカンと卓を叩く。


「静粛に(オーダー)!」


 議長がアルバート殿下を見つめ、尋ねる。


「……それは、つまり……マックス・アシュバートン卿が死ぬより以前に、国王陛下から得ていた勅書、ということか?」 

「そう。マックスが俺を庇って死んで、でも死体を残していかざるを得なかったので、俺はせめてと、マックスの髪を少し切り、それから胸のタイピンを外した。そして胸ポケットを探り、入っていた封筒と、写真を回収した。どちらも銃弾を受けて穴が開き、マックスの血で汚れていたので、遺族に渡すのをためらい、俺自身で保管していた。――先日、写真の方はエルシーに返したが、この書類は重要な証拠になるので、手元に残していた」


 わたしは慌ててハンドバッグから写真を取り出す。殿下はわたしに手を伸ばすので、わたしは震える手で、写真を手渡す。殿下がまっすぐにわたしを見つめる。


 ――大丈夫だ、あと、少しだから。


 そう、言われた気がして、わたしが頷く。 

 殿下は写真を受け取ると、それをも書類ばさみに入れ、官僚に手渡す。


「勅書は二枚。一つは先ほど読み上げた、戦時中の婚姻許可の勅書。もう一通は、マックスが出征前に提出した相続確約の勅書。――今後、何があろうとも、リンドホルム伯爵の爵位と領地は、直系であるウィリアム、もしくはエルスペスの子孫に受け継がれるというもの」


 殿下の発言に、再び議場がどよめく。殿下が朗々たる声で言った。


「――つまり、慣(・)例(・)に関わらず、リンドホルムはレディ・エルスペスに継承されると、何重にも勅書で確約されていた。にもかかわらず、彼女の代襲相続は却下された。その理由を当然、首相とレコンフィールド公爵は知っているはずだ」

「馬鹿な――そんなものが残って……」

「静粛に!」


 立ち上がったレコンフィールド公爵の言葉を、首相バーソロミュー・ウォルシンガム卿が鋭く咎める。

 首相は大きく息を吸うと、議長に手を挙げて要求した。


「その、書類を見せてもらいたい」

「少し待たれよ。現在の質問者はオーソン・スタイルズ卿。彼に優先権がある」


 官僚がスタイルズ卿のもとに書類ばさみを運び、スタイルズ卿が受け取る。じっくり、丁寧に書類を改め、言った。


「署名、印章……それから、勅書の書かれた紙の透かしも間違いない。本物です」

「私にも見せたまえ!」

「首相には必要ないと思うが。これが本物の勅書であって、内容もさきほど、アルバート殿下が読み上げた通りだ。気になるなら、もう一度私が音読しようか?」


 スタイルズ卿が意地悪そうに言う。


「見せたまえ!」


 ますます激昂する首相に、マールバラ公爵も言う。


「おちつけ、ウォルシンガム。何をそんなに慌てている。――まるで、地獄で幽霊にあったような顔色だぞ? そんなに、この勅書が出てきたことに驚くのか? やはり、この勅書の存在をもともと知っていたのかね?」

「な――」


 首相がぐっと両手を握り締め、そして引き攣った表情で座りなおす。


 わたしはただ、その様子を黙って見ていた。――生前、父のもとに届けられた国王陛下の勅書。父がずっと胸ポケットに入れていたもの――。


 殿下はわたしをちらりと見て、微かに微笑んでから、スタイルズ卿に向き直る。


「シャルローの戦いの前、俺はマックスから子供たちの写真を見せてもらい、その時に、彼の娘の――エルシーと結婚したいと言った。俺はステファニーとの婚約は白紙に戻っていたし、王位につくつもりもなかった。マックスはエルシーの同意が得られればと、求婚を認めてくれた。マックスはその後、父上に定期連絡をするついでに、それについても許可を求め、送られてきたのが、その勅書だ」

「……マックス・アシュバートン卿が、そんなにも急いで許可を求めた理由は?」


 スタイルズ卿の問いに、殿下が答える。


「マックス・アシュバートンの息子、ウィリアムには子を生す能力がないと診断されていた。もしマックスが生きて戦地から戻っても、その後、ウィリアムに子が生まれなければ、直系は絶えてしまう。マックスはリンドホルムの城を守るために、どうしても直系の娘に継承させたかった。出征前には請願書を提出したけれど、それでは不安だったのだと思う。何分、ウィリアムはまだ若いから。第三王子である俺とエルスペスを結婚させれば、リンドホルムは王家の保護下に入る。父上にとっても、悪い話ではない」


 殿下は周囲を見回してさらに続ける。


「ところが、王都に戻ってみれば、エルシーの代襲相続は却下され、彼女は王都で働いていた。レディ・ウルスラが相続を拒否したのかとも思ったが、エルシーによればそうではないと言う。さらに、帰国後すぐにステファニーとの婚約を打診された。俺はまず、父上の考えていることを知りたかったのだが――」


 突如、首相が手を挙げて発言を求める。議長が了承すれば、立ち上がり言った。


「レディ・エルスペスとの婚姻を認めた勅書は、マックス・アシュバートンが死ぬ前、三年以上前に発せられたもの。レコンフィールド公爵令嬢との婚姻を認める勅書は、昨年の六月。新たな勅書の発行により、古い勅書は無効となるはずだ!」


 だが、殿下は首を振った。


「どちらの勅書にも、『婚姻する両者の同意が得られた場合には』の、但し書きが入っている。おそらく父上は、結婚する当事者の同意をもってようやく、勅書の効力が発するように、但し書きを加えたのだ。三年前の勅書では、エルシーの同意が得られるかわからず、また六月の勅書では俺の気持ちを確かめる時間がなかった。俺は帰国してすぐに、ステファニー嬢との結婚の意志がないと、はっきり表明し、また三年前の勅書に関しては、ビルツホルンに向かう途中で求婚(プロポーズ)に承諾の返事をもらっている。勅書の発行の前後ではなく、両者の同意が確実に得られている方に効力があると、考えるべきだ」



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― 新着の感想 ―
わ〜、えらいモンが出てきましたね〜。 さて、どうなるでしょう?
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