55、オーソン・スタイルズ卿の質問
続いて質問に立ったのは、野党である自由党の党首、オーソン・スタイルズ卿だった。まだ四十になったばかりの彼は、実はエルドリッジ公爵の甥にあたる。――つまり王太子妃であるブリジット妃の従兄なのだ。
スタイルズ卿はダークブロンドを斜めに流し、きれいに固めた髪で、青い瞳でわたしをじっと見つめ、少しだけ微笑む。
「はじめまして、レディ・エルスペス。……王宮舞踏会には私も出席していたのですが、挨拶もできませんで。私から質問したいのは、次のことです」
穏やかな声でスタイルズ卿が、手元の資料を読み上げる。
「まず――あなたの秘書官としての勤務についてです。もともと、事務官として、マクガーニ中将の下にいた、そうですね?」
「ええ。そうです」
「臨時採用ですが、マクガーニ閣下の下に? 偶然?」
わたしは首を傾げる。
「臨時採用の仕事を斡旋してくださったのが、閣下です。父の友人ですので。それで――縁故があったのかもしれませんが、詳しくは存じません」
「なるほど。それが二年前になりますか」
「ええ、十七歳の春ですわね」
「それで事務職に就かれた。……伯爵令嬢であった、あなたが」
スタイルズ卿はまるで、憐れな者でも見る目でわたしを見た。わたしはツンと澄ました表情で、ばっさり切り捨てる。
「その時はもう伯爵令嬢ではございませんので、特には何とも」
「でも、タイピストの真似事をするのは、辛かったでしょう? 戦時下とはいえ、貴族令嬢であったあなたが」
この男は、自分は親切なつもりでいるのかもしれないが、人を馬鹿にしている、と思った。
「真似事だなんて失礼な。きっと、わたくしの方が閣下よりも、タイピングは上手でしてよ?」
あなたはタイプライターなんて打ったことないでしょう、とわたしが微笑めば、スタイルズ卿は軽く頭を掻き、笑った。
「――殿下が王都に戻られたのは六月二十二日。その後、六月末には殿下は司令にご就任になり、事務職員だったレディ・エルスペスと出会った。七月には秘書官に登用。――まともな学校も出ていない女性を、異例の人事です。こでも殿下のご意向で?」
「ええ。殿下は司令部の事務仕事に慣れていないので、慣れた人材が必要だと仰って。さらに、殿下の勤務形態が不規則で、非正規の事務職員では時間外労働が認められないから、秘書官に登用する、というお話でした」
「勤務の実態があったのですね。ただの――愛人ではなく。いえこれは、話の必要の上で言っているだけで、レディ・エルスペスを愚弄する意図はないのです」
スタイルズ卿が慌てて言えば、殿下は不満そうに眉を顰めるものの、何も言わずに皮革製の書類ばさみを取る。
「これがエルシー……レディ・エルスペスの勤務簿だ。毎日、きちんと出勤しているし、勤務態度もいい。こちらはその証明書。――クルツ主任事務官の署名入りだ」
殿下がそれを開き、上に掲げれば、官僚が立ちあがって受け取り、スタイルズ卿の元に運ぶ。
「なるほど。そのうちに親しくなり、一緒に外出するようになった」
「外出くらいするだろう。ステファニーとの婚約は四年前に白紙に戻して、俺はフリーだったんだから。特に問題はあるまい」
殿下が言えば、スタイルズ卿は頷いた。
「――つまり、王都に戻ってきてかなり早いうちに、レディ・エルスペスと男女の仲になり、処女検査も無事に済ませた。……それはいつごろです?」
「それは――八月に彼女の祖母が入院して――」
「……なるほど、その頃ですな。レディ・エルスペスは殿下所有のアパートメントに移った」
スタイルズ卿は顔をあげ、わたしの顔に視線を当てて、じっと見つめる。
「いえね、正直に申し上げると、私には信じられないんですよ。レディ・エルスペス・アシュバートン」
青い目でまっすぐに見つめられ、わたしも彼の目を見つめ返す。
「さきほどの首相との応酬を見ても、あなたは大変、誇り高い女性だ。貴族令嬢としての教養もマナーも完璧だ。そんなあなたが、祖母君が入院したからと言って、アルバート殿下の所有するアパートメントに移るなんて。それがどういうことか、わからないほど子供でもなかったはず。たとえ、爵位を失っていても、あなたは貴族令嬢としての教育を受けてきた。結婚までは貞操を守る。そう、教えらえてきたのではないかね?」
何が言いたいのかわかったが、わたしは軽く微笑んだだけで、何も答えなかった。スタイルズ卿が続ける。
「実は、王都には以前から噂があってね。あなたの純潔は極めて卑怯な理由で奪われたと。――ある男の、紳士にあるまじき振る舞いによって。当時、君の職場にいた人を証人として呼んであるんだ。……証人をこちらに!」
スタイルズ卿の呼びかけに一人の男性が入ってきて、証人席についた。
ニコラス・ハートネルだった。
ハートネルは落ち着いた顔色でまっすぐに顔をあげ、わたしと、それから殿下を見た。
わたしがちらりと殿下を見たが、殿下は表向き、表情を変えなかった。――予想していたのかもしれない。
スタイルズ卿はハートネルに向かい、尋ねる。
「ニコラス・ハートネル。……元陸軍中尉だね」
「そうです、スタイルズ卿」
「グラスール子爵の三男、と手元の資料にはあるが」
「その通りです」
「現在の勤務先は?」
「金融街の……ウィルソン証券会社で働いています」
「軍を退役したのは、最近?」
スタイルズ卿の質問に、ハートネルは淡々と答えた。
「はい。退役したのは十月です。八月に第一司令部から第二司令部に異動になったんですが、その……居づらくなって」
「何かあったのですか?」
ハートネルはわたしを見て、それから殿下を見た。
「……ええ。僕は戦地で補給を担当していましたが、四月に傷病兵を引率する形で王都に戻り、そのまま第一司令部勤務になりました。本部付きで……そこで彼女と知り合った」
「彼女?」
「ミス・エルスペス・アシュバートン」
議場がざわりと揺れる。
「知り合いになった」
「ええ、家の方向が同じで……彼女は三十分以上かけて、歩いて通勤していたんです。身持ちが堅いことで有名で、『氷漬けの処女』なんて呼ばれてね。なかなか振り向いてもらえなかった」
ハートネルが言う。
「それでも、僕は彼女の家族について情報を集めたり、必死でしたよ。病気の祖母がいて、使用人二人と四人家族の家計を、彼女一人で支えていて――僕は彼女の力になりたくて、少しずつ親しくなり、僕は彼女に結婚を申し込んだ」
ざわざわと議場がさざめく。スタイルズ卿がさらに尋ねる。
「求婚したんだね、彼女の返事は?」
わたしはギョッとしてスタイルズ卿を見た。――たしかに、求婚はされたけれど、返事は――。
ハートネルは溜息交じりに言う。
「エルシーは答えようとしたんです。ところが、ちょうど通りかかったアルバート殿下が、彼女を攫うように馬車に引きずり込んで、連れ去ってしまった」
ハートネルが殿下を睨みながら言う。
「その直後です。エルシーの祖母が入院して、彼女は家を出て、アルバート殿下が所有するアパートメントに移って……数日後に会った時、彼女は真っ青な顔をしていました。何があったのか僕は彼女を問い詰めて――その時は頭に血が上って、彼女に裏切られたと思い、責めてしまったけれど、僕は――」




