54、応酬 首相対没落令嬢
マールバラ公爵の発言に、議場がざわめいた。
「なんだって? もともと結婚を嫌がっているのを、知らぬふりで婚約を承認させたのか?!」
「議会に対する侮辱だ!」
「静粛に!」
カンカンと議長が木槌で叩く。議長がマールバラ公爵に尋ねる。
「……私はその前例については知らなかった。以前から、実質的な婚約者だという話だったから」
マールバラ公爵が頷く。
「わしがその場にいれば、勅書の日付にも気づいて反対を表明できたが、生憎、ビルツホルンにいて不在だった。たしかに王子の結婚は国事だが、勝手に議会が決議承認できる類のものじゃない」
「しかし、手続きとして不備とまでは言えまい。王太子殿下の婚約の際も、同意書はあくまで、付録の扱いだった。勅書があり、決議が下り、婚約は承認された。アルバート殿下とレコンフィールド公爵令嬢は正式な婚約者だ!」
首相が宣言し、わたしに向き直る。
「それにあの決議は十一月、この婚姻証書は十二月に提出され、王都で一月の末に受理された。そして、殿下が一方的に婚約の破棄を宣言したのは二月の十日。要するに、この三か月、君は婚約者のいる男性と関係を持ち、妻同然の扱いを受けていた、愛人だったのだよ! そんな女を王子の妃として認められるとでも?! 君には、貴族女性としての恥も矜持もないのかね?」
首相の反論に、殿下がガタンと身を起こし、ギラギラした金色の鋭い視線で、首相を睨みつけた。
今にも立ち上がって首相に飛び掛かり、その喉首をへし折りそうな表情のアルバート殿下を目で制し、わたしは微笑んだ。
「お忘れですわ、首相閣下。わたくしは三年前の秋に父を戦争で失い、十二月には爵位を継いだばかりの弟をも毒殺されて、本来なら当然、慣例によって認められるはずの代襲相続をなぜか却下されて、爵位も領地も失いました。国家の決定で、わたくしは貴族の地位を失ったんですのよ。他ならぬ首相閣下が、そのわたくしに貴族の矜持を保てと仰るの?」
わたしの反論に、首相は眉を寄せた。
「……その、決定については、おそらくは戦時における情報の行き違いが……」
「しかし、殿下はシャルローでの、わたくしの父の戦死の状況を、詳しく国王陛下に報告申し上げていると、仰っていました。にもかかわらず、わたくしの元には三年もの間、何の説明もございません。ずっと一平民として放置されておりましたのよ? お恥ずかしい話ですが、戦時中のインフレと物不足で、食べていくだけでカツカツでございました。貴族の矜持なんて、とっくの昔に、パンと交換して食べてしまいましたわ? つまり、わたくしが貴族としての矜持を守れなかったのは、父の戦死のせいでも、もちろん殿下のせいでもなく、間違いなく――」
わたしは息を大きく吸い、議場に居並ぶ法服の紳士たちを眺めまわし、声を張り上げた。
「あなた方、内閣と議会のせいですわね? わたくしを辱めたのは、あなたですわ!」
「何だと――?!」
「黙れ! 小娘が――!」
「静粛に――!」
議場が一気に沸騰し、議長のカンカン打ち据える音が鳴り響く。首相はまさか、ここまではっきり攻撃されるとは、想像もしていなかったのだろう。二の句が継げない風に立ち尽くしているので、わたしはさらに追い打ちをかけた。
「せっかくの機会ですもの。なぜ、父が戦死であったにもかかわらず、わたくしの代襲相続は却下されたのか、説明してくださいませんか、首相? たとえ間に弟を挟んでも、戦死者の代襲相続は慣例として認められると、弁護士の先生に聞いておりました。なぜですの? 首相であるあなたは当然、ご存知でいらっしゃるのでしょう? あれだけ弟の件が世間を騒がせたのに、いまだに国からは一切の説明がございません。何か、表に出せない事情でもおありになるの?」
首相がぐっと息を呑み、ものすごい表情でわたしを睨みつける。
「勘違いしているようだ、レディ・エルスペス。本日の招致は、我々からあなたへの質問のためであって、あなたから我々に質問するためではない」
もちろん、予想された回答だったので、わたしは余裕たっぷりに微笑んで見せた。
「あら、ずいぶんですわね。自分の聞きたいことだけ喋らせて、わたくしの疑問に答える気がないだなんて。議員って意外と簡単なお仕事ですわね。わたくしでも十分、務まりそうじゃございませんこと?」
「レディ・エルスペス! 不規則発現は慎みたまえ!」
議長の制止が入り、わたくしはわざとらしく肩を竦め、議場の紳士方に流し目を送る。一部の議員は、首相を恐れず言いたい放題するわたしに眉をひそめていたが、首相が女のわたしに遣り込められる姿に、快哉を叫んでいる人もいて、「いいぞぉ!」とか「その通り!」とか、中には「我が女神よ!」などと言う、不規則発言が飛び交う。
殿下が手を挙げる。
「議長、発言を――」
「アルバート殿下!」
殿下が首相を見つめ、言った。
「マックス・アシュバートンは俺を庇い、俺の盾になって死んだ。その代襲相続が認められいないのは、確かに、慣例に反する。俺は帰国以来、このことを何度も問い合わせているが、いまだに明確な返答がない。エルシーが貴族の爵位を失ったのは、間違いなく、国家のせいだ。命をかけて国を守った者の、家族の生活を守れていない。この責任の一端は、内閣および議会が背負うべきではないのか?」
首相は苦い表情で、頬のあたりがピクピクしていたが、辛うじて答える。
「本日の議題は、あなたがたの結婚の承認についてだ。その問題は関係しないと――」
「そんなわけあるまい。議会がレデイ・エルスペスと俺の結婚を認めないと言い張っている理由は、彼女が爵位を失い、平民になっていたからだ。でもそれは国家の不手際の結果だ。無関係ではありえない」
首相はそれについては答えず、話を変えるように言った。
「しかし――慣例では、王子妃に内定した女性には、処女検査を施すことになっております。失礼ながらレディ・エルスペスは――」
わたしが思わず息を呑めば、首相はようやく溜飲が下がったというような、下卑た表情でニヤニヤとわたしを見てきた。
「大丈夫だ、エルシー、何の問題もない」
殿下がわたしをちらりと見て、それから首相に向かい、わざとらしくニッコリ笑った。
「――その検査はもう、俺自身で済ませている」
議場のあちこちから吹き出すような音と、哄笑が沸き起こる。首相は馬鹿にされたと気づいたのか、憮然とした表情で殿下を睨みつけた。
「……慣例を破るのは許されません」
「俺が破ったのは慣例じゃなくて処女膜だが?」
殿下の下品なジョークに、議場はどっと沸く。わたしが殿下を睨みつけるけれど、殿下は飄々としたものだ。
「もう、結婚も父上が認めてる。今さら処女検査とか、俺が不能だとでも言いたいのか?」
「殿下!」
ガンガンと議長が卓を叩く。
「議会の品位を下げるような発言はお慎みください!」
「俺じゃなくて、先に言い出した首相を注意しろよ!」
「首相、他の質問は?!」
「もう結構!」
吐き捨てるようにして、首相は段を降りていった。不愉快極まりないという表情で。――何となく、勝ったような気がする。




