47、国王の謝罪
わたしとアルバート殿下の結婚証書がすでに受理されていた、という予想外の事態に、首相のバーソロミュー・ウォルシンガム卿は怒り狂い、マールバラ公爵は大笑いし、王太子殿下は茫然とするものの、すぐに気を取り直し、その場で宣言した。
「皆、見苦しいところを見せてしまったが、我が家の末息子が伴侶を得ていたこと、父である国王陛下のご裁可も下り、極めて喜ぶべきことだ! 今宵はそれも含めて、祝いとしよう! ワインを追加してくれ! 音楽を!」
すぐに楽団が華やかなワルツを奏で始め、王室長官の指示で発泡ワインのグラスが配られる。
「乾杯!」
王太子殿下の声に貴族たちが応じ、あちこちでグラスのぶつかる音が響く。
有耶無耶の内に祝いの席に変わった舞踏会場で、殿下はわたしの腕を引いて、玉座に近づく。
「父上。申し訳ありません。強引なことをしました」
「……いや、いい。余は波風を立てまいと思うあまり、かえって余計な混乱ばかり引き起こしてきた。大切なものを守り抜く知恵もなく、力もなく――せめてそなたを守ろうとした、余の浅知恵はそなたを苦しめるばりだった。すまぬ」
国王陛下がわたしを手招きしたので、殿下とともに玉座の前に至り、片膝をついた。
「……ローズに似ていると思うたが、そうでもないな。ローズはもっと可憐で、儚げであった……」
「わたしはどちらかというと儚げとは対極で……魔性の女とか、氷の人形とか言われておりますので……」
「ふ、ふふふはははは……」
国王陛下は笑い、さりげなく、目元の涙を拭った。
「ローズに、その強さがあればな……ああ、聞いたぞ。警察を呼びつけてエレインを取り押さえさせたとか。なんであったかの、そうだ、『謝罪でなかったことにできるなら、警察は何の為にあるのか』であったな。たしかに、その通りだ。余はローズにも、マックスにも謝ることすらできておらぬ。……すまぬ」
わたしはどう、答えていいかわからず、殿下の顔を横目で見た。
「父上、俺は継承権はいらないと思っているのです。真実を話しても――」
「それは、ならぬ」
「父上?」
「もし、そなたの出生を明かせば、ローズの献身は無駄になる。余は、せめてローズへの償いと思い、そなたを王位につけたいと思うておった。無理強いはせぬが、出生の秘密を明かすことはまかりならぬ。ローズは、そなたが正統の王子として生きることを望んだ。けして、そなたの実の母は明かしてくれるなと。その最後の約束だけは、余は守りたい。たとえ身勝手と言われても、それだけは――」
わたしは勇気を奮い起こし、国王陛下に尋ねた。
「あの――ローズを、愛していたのですか?」
陛下はわたしを金色の瞳で、ちらりと見て、寂し気に微笑んだ。
「ああ。余は人など愛することはないと思うておった。何を見ても心は動かず、氷のように冷え切ったままであった。だが、ローズだけは――」
陛下は目を伏せた。
「ローズと、ローズの産んだ子に、余は初めて愛しいと思った。そして、その愛しさ故に余は、判断を誤った。――アルバート」
「はい、父上」
「そなたを戦地に送る時は、胸が潰れるほど辛かった。せめてと思い、マックスに頼み――そして、あのような悲劇を生もうとは。すべて、余の弱さが招いたこと。この罪は余が、地獄へと持っていく。だから――」
国王陛下は姿勢を正し、まっすぐに殿下を見て、それからわたしを見た。
「結婚は許す。だが、秘密は守れ」
「父上、ですが――何故です、何故、マックスの代襲相続は却下されたのです?」
「それは――」
そこへ、王室長官が声をかけてきた。
「失礼いたします、陛下、そろそろ刻限です」
「……うむ、もう、そんな時間か……」
「侍医が待っておりますので――」
「わかった。……すまない、アルバート、それからエルスペス嬢。また、改めて王宮に来てくれ」
王室長官の指示により、侍従たちが左右から陛下を助けて立たせる。国王陛下の顔色はよくない。もともと、中座する予定だったらしい。
「エドワード国王陛下、ご退席!」
王室長官の声に送られ、国王陛下は杖に縋るようにして、ゆっくりと舞踏会場を後にした。
殿下と二人で立ちあがり、陛下を見送っていると、コホンと咳払いがして、王室長官が言った。
「えー……アルバート殿下、それから……その、まだ諸手続きが行われておりませんで、妃殿下とお呼びするわけにはまいりませんので、失礼ながら……」
「いえ、そんな……今まで通りでお願いします」
「ならば、リンドホルム伯爵令嬢、実は――」
気まずそうな様子に、殿下が尋ねる。
「なんだ?」
「はい、首相のウォルシンガム卿と、レコンフィールド公爵令嬢が、お話があると――」
……あんな形で婚約を破棄したわけで、何もなしというわけにもいくまい。わたしと殿下は顔を見合わせ、頷くと、「ならばあの者がご案内いたします」と、背後に控える従僕を指した。それで、わたしたちは長官に礼を言い、従僕の後について扉に向かった。




