↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/176

39、写真

 半月ぶりの王都、街の新聞は、アルバート殿下の結婚問題一色だった。


『幼馴染の公爵令嬢か、爵位を取り戻した伯爵令嬢か?!』

『掠奪愛の行方――ステファニー嬢は今……』

『魔性の女?!――ミス・アシュバートンの半生を追う』 


 ……なんだかすごい見出しが並んでいて、わたしはつい、眉を顰めてしまう。


 帰りついたオーランド邸、広い居間にユールがはしゃいで、「きゃん、きゃん」と騒いでいる。

 この半月の間に改装され――わたしが新聞記者を中に入れたせいだが――微妙に変わった居間を眺め、コートを脱いで帽子を外していると、殿下が階段を駆け下りてきた。


「エルシー!」

「……リジー!」


 アッと言う間もなく抱きしめられ、唇を塞がれる。


「大変だったな……よく、頑張った」

「リジー、わたし、何もしていなくてよ?」


 殿下がわたしの顔を至近距離で見て、こつんと額を合わせる。

 

「本当に、王子に生まれたことをこんなに恨んだことはないぞ? 何もかも捨ててお前の元に走りたかったのに、あれこれあれこれ、制約ばかりで――」


 もう一度、唇を塞がれ、わたしも殿下の背中に両手で縋りつく。

 ――煙草の匂いと、ほんのりコロンの香り。

 

「……でも一つ、階段を上がった。お前に、リンドホルムを返してやれた」

「ええ……ありがとうございます。ビリーも……」 

 

 殿下の腕の中にいるだけで、張りつめていた気持ちがほどけて、涙が零れそうになる。



 声を上げて、泣きたい。

 

 奪われたもの。

 取り戻したもの。

 戻らないもの。




 神様――。


 わたしは、欲深くて贅沢な人間です。

 

 リンドホルムの城も、薔薇園(ローズ・ガーデン)も取り戻したのに、それでもまだ、リジーが欲しいと思う。





 殿下はわたしの耳元に顔を寄せて囁く。


「サロンを改装して、温室風にしたんだ。見てみるか?」

「ええ、ぜひ」


 わたしはユールを抱き上げ、殿下に腰を抱かれるようにして、サロンに向かった。サロンがかなり広げられ、一部が温室になり、ガラス張りの天井から光が降り注ぐ。たくさんの緑の鉢植えが並び、天井からも鉢が吊るされて、緑の蔓がいくつも垂れ下がる。その一角がアトリエ風に改装され、明るい光の中にイーゼルが並び、描きかけの絵が置いてある。


「……リジーの?」

「一応ね。ただ、まだ勘が戻らなくて……」


 描きかけの絵は、ピアノの前に座るわたしと、学校の制服を着たビリー。


「……これ……」

 

 殿下が躊躇いがちに差し出した、穴が開き、赤黒いものが飛び散った写真。――昔、ビリーが学校に入学する前に撮影して、戦地の父に送ったものだ。


 わたしが驚いて殿下を見れば、殿下が気まずそうに言った。


「……シャルローで、マックスの胸ポケットに入っていて……遺族に渡すのは酷だろうと俺が持っていたんだけど……」

「お父様が……」


 父が、最期の瞬間まで持っていて、父の血を吸った写真。――わたしと、ビリーの。


「エルシーが十五歳の頃のだと。戦地で、これを見せてもらって……」


 殿下が、写真を撫でる。


「マックスにエルシーと結婚したいと言って、求婚する許可は得たんだ。……エルシーが承知したら結婚してもいいって。……おそらく、子のできないビリーを二人で支えるという、約束だった」


 わたしは目を伏せ、ユールを抱き締める。そのわたしを殿下が背後から抱きしめ、こめかみにキスをする。


「……やっと、スタートラインに立てた気がする。ビリーを守れなかったのは残念だったけれど――」


 殿下がわたしの向きを変え、改めて唇を合わせる、角度を変えて何度もキスを交わしていると、胸の中でユールがじたばたと暴れる。


「きゃん! きゃん!」

「もう、ユールったら!」


 さすがに抱かれているのに飽きたのか、ユールは飛び降り、ふんふん匂いを嗅ぎながら、周囲を探検し始める。

 その様子を見て、互いに顔を見合わせ、それからもう一度、誰にも邪魔されずに抱き合い、キスを交わした。






 王宮での拝謁と舞踏会での衣装について相談すると、アルバート殿下はこともなげに言った。


「それはもう、準備してある。大丈夫だ、ミス・リーンに任せておけばいい」


 わたしはギョッとして殿下を見上げた。


「……準備?」

「ミス・リーンにだいぶ前に注文済みだ。最初の採寸をしたあたりで、だいたいのデザインを決めて製作にかかっている」

「……なんで……」


 わたしが怪訝な表情をすると、殿下は肩を竦める。


「だって、いずれ父上に紹介するとなったら、王宮に連れていくしかないだろう? マックスが死んだ時はまだ十六だったから、お前はまだデビューしていないだろうと。この二月の会でデビューさせようと思っていた」 

「……そんな前から、本気で結婚するつもりだったのですか!」


 わたしが呆れて尋ねれば、殿下が金色の目を見開く。


「当たりまえだろう? もう、三年前にマックスの許しはもらっているんだし。ステファニーやレコンフィールド公爵が四の五の言わなかったら、今頃はもう、ちゃんと婚約できていたはずなんだ。エルシーの爵位だって、本来なら関係なかった。エルシーが前の伯爵であるマックスの、嫡出の娘なのは変わらないから。だから、もともと俺の中のタイムスケジュールでは、この二月の王宮舞踏会では、ちゃんと婚約者としてお披露目する予定だった」


 いつの間にそんな、無謀なスケジュールを組んでいたのだろうか。


「だから、エスコートも当然、俺がするつもりだったのだが――」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。