17、新事実
翌朝、わたしが目を覚ました時には、殿下はもう、とっくに起きて仕事にかかっていた。
さんさんと、冬の陽の差し込むベッドで、朝食を摂る。アンナはわたしの好みを完全に把握していて、朝はマーマレードのトーストにハムエッグ、林檎のコンポートに熱いミルクティー。お気に入りの料理につい頬が緩む。
昨夜は疲れたけれど、朝までぐっすり眠って元気も回復した。
一日、放置されてお冠のユールが、ベッドの上に上がろうとするのを、ノーラが懸命に押さえつけている。
「ダメ! ベッドの上はダメ!」
「ユールはもう、ご飯は食べたのかしら?」
「ええ、もう食べましたよ! 専用の食事をね!」
わたしも急いで食事を終え、ベッドを降りて身支度にかかる。ユールが嬉しそうに走り回るので、なかなかはかどらない。
……王都の催しにはこのアパートメントが便利なのだが、走り回りたくてたまらないユールにとっては、広い庭のある、郊外のオーランド邸の方がいいだろう。
「悪さはしなかった?」
「まあ、仔犬としてはこんなものでしょう。噛み癖もありませんし、性格もいいですわ。でも、アパートメントじゃあ、狭いんでしょうねぇ。もう少し大人になれば、落ち着いてくると思いますけど」
「そうね。……年明けに、オーランド邸の方にマクガーニ閣下のご家族を招待すると、殿下が仰っているの。娘のアグネスはよく知っているけど、ご子息のアレックスはまだ会ったことがなくて。仔犬が子供たちに悪さしなければいいけれど」
わたしがユールを抱き上げて腹毛を撫でていると、背後に回って髪を梳かしながら、ノーラが言う。
「どっちかと言うと、子供が仔犬に悪さしないか気を付けるべきですね。うちの息子なんかに会わせたら、とんでもないことになりますよ!」
実家のリンドホルム城では、庭師と森番が犬を飼っていて、時々遊ばせてもらったけれど、祖母が動物嫌いだったから、屋内に犬を入れたことはない。
ユールを抱いて居間に入っていくと、ちょうど呼び鈴が鳴って、ロベルトさんが到着したらしかった。――彼も聖誕節の休暇に入っていたので、数日ぶりだ。
「うわ、それが噂の番犬? ていうか、聞いたよ、エルシーたん。ハートネルだけじゃなく、ダグラスまで出てきたって? モテモテだよね」
「モテても嬉しくない相手ばっかりですわ。……ダグラスは本人じゃなくて、不倫相手が出てきたのよ」
ロベルトさんの軽口にわたしが切り返し、腕の中のユールがグルグルと威嚇する。
「うわ、こわー! ワンちゃん、オレは殿下の秘書官だから! 威嚇やめて!」
「ユールは実直な人が好きみたいですわ。カーティス大尉やシモンズ大尉にはすぐに懐いたのに」
「それって、飼い主であるエルシーたんの信頼度が現れているだけなんじゃ……」
ロベルトさんが呟いていると、殿下が居間に入ってきた。シャツの上にニットのプルオーバーを着た、少し砕けた服装だ。
「ロベルト、休暇中に悪いな」
「いいえ、宮仕えの宿命っす」
ロベルトさんは片目をつぶり、もってきた鞄から書類の束を出す。
「特務の半分も休暇に入って、残りのほとんどがリンドホルムに向かっているんで、新たな調査は年明けしか無理です。ただ、以前の調査をもう一度見直してみました。特に重要じゃないと思っていたんで、見落としていたんですね」
わたしと殿下は暖炉の前のソファに座り、ロベルトさんは対面の一人がけに座る。
「……ダグラス・アシュバートンの、王都での勤務先は、リーマンロッド法律会計事務所。ここ、なんとフランク商会の会長の、顧問弁護士も務めていました」
「つまり、デイジー・フランクと接点があった……」
「はい。ダグラスは顧客の妻と不倫関係になり、顧客の遺言状を妻にこっそり見せ、変わりに金品を貢がせていたことがバレて、当たり前ですがクビになりました。この時の調査では、不倫相手までは必要ないかと思ったので、裏は取ってないですが、さっき、殿下から電話貰った後で、オレはバーナード・ハドソンに電話で聞いたんです。彼はフランク商会の前会長と個人的に親しかったっすから。で、ドンピシャですよ」
殿下はロベルトさんが差し出す、ダグラスの勤務先に関する調査報告書を見ながら、眉を顰める。――こんな詳細な調査をしているなんて、想像もしていなかった。
「……フランク商会の前会長は二年前に死んだと言う話だが、いくつだったんだ?」
「バーナードより年上だそうですから、六十くらいじゃないっすかね? そのミセス・デイジーってのが、ジョナサンの死んだ兄貴の婚約者だなんて、世の中狭いですよねえ」
「デイジーはジョナサンより一、二歳上だというから……」
「うげぇ~! 三十も若い女房もらって、しかも不倫されちまうって、晩節汚しまくりだね」
ロベルトさんが大げさに肩を竦めて見せる。わたしは首を傾げた。
「……カーティス大尉はロックウィル伯爵を継ぐことが決まっていたんですよね? そのプロポーズを断って、三十も上の男性のところに後妻に行くなんて……」
フランク商会は確かに富豪かもしれないが、ロックウィル伯爵家だって、立派なお屋敷で、金に困っているようには見えなかった。
「……どうだろう? ジョナサンの兄貴が死んだのは十年前、ジョナサンがまだ士官学校卒業前だと言っていた。伯爵の継承者になったところで、自由になる金なんかないだろう」
「バーナードの話じゃあ、フランク商会のオッサンは、若い後妻に夢中で、相当、貢いでいたらしいっす。金に目が眩んでも不思議はないとオレは思いますね」
何となくだが、わたしはカーティス大尉も、昔はデイジーのことが好きだったのではないかと思う。デイジーに苛められていると言ったシャーロット嬢に向かい、「デイジーはそんなことはしない」と即座に否定したからだ。
「……ずいぶん、猫を被るのが上手だったんですわね……」
わたしがまだデイジーのことを考えていると、ロベルトさんが別の書類を出して言う。
「実はっすね、もう一個、重要なことに気づいたんすよ、オレ」
「……ダグラス・アシュバートンについてか?」
「この、リーマンロッド法律会計事務所ですけどね、実はジェームズ・アシュバートンの資産管理もしていたんです」
「……なんだと?」
殿下が金色の瞳を見開く。
「もとは、ジェームズ・アシュバートンの母方の祖父の財産を管理していたんですが、その大半をジェームズが相続したんで、引き続き管理を任されていました。彼が東部戦線で戦死したという報せも、真っ先にこの事務所には入っているはずなんです」
「つまり――」
ロベルトさんが、わたしと殿下の二人を見比べながら言う。
「ダグラス・アシュバートンは、誰よりも早く、自分の父親サイモンの、リンドホルム伯爵の継承権が一つ繰り上がったのを知っていたんです」




