16、意外なつながり
結局、それを潮にわたしたちはマールバラ公爵邸を引き上げ、帰途についた。カーティス大尉らは、行きはデイジーらと三人で馬車で来たのだが、帰りにデイジーと同乗する気にならず、わたしたちとともに、アルバート殿下の馬車に乗った。
「シャーロット嬢は今、どちらに滞在なさっているの?」
シャーロット嬢はグレンフィリック子爵令嬢だけれど、地方の子爵家クラスで、王都屋敷を所有している家は希だ。
「は、はい。ジョナサン様の……ロックウィル伯爵邸です」
シャーロット嬢が真っ青になって答える。
「……事情は俺の口から説明した方がいいだろうな」
カーティス大尉は頭から赤ワインを被っているのだ。その犯人がミセス・デイジーだなんて、シャーロット嬢からはとても説明できまい。
「しかし、殿下にそんなお手間を取らせるわけには――」
カーティス大尉が遠慮するが、殿下は首を振る。
「ジョナサンにはいろいろと迷惑をかけている。エルシーのことも。今回、デイジーが言いつけてきた件も、もっと気をつけるべきだった。俺はジョナサンを信頼していたから、エルシーとどうのこうのなんて、考えもしなかったけれど、傍から見れば疑われても仕方がない。シャーロット嬢を巻き込んだ以上、説明責任はあるだろう」
「しかし――」
「それと、ダグラス・アシュバートンの件がある」
殿下はカーティス大尉に尋ねる。
「カーティスの家族もシャーロット嬢の家族も、デイジーの不倫騒動を把握していなかったのか?」
大尉とシャーロット嬢が顔を見合わせる。
「僕は戦地におりましたし、シャーロットはまだ若くて――パーマー家は領地にいることが多く、王都のことはあまり……。父は把握していたかもしれませんが……」
大尉が言う。
「ダグラス・アシュバートンというのは、現在のリンドホルム伯爵の息子、ですよね? その男がデイジーの不倫相手で、かつ、最近、彼女に連絡を取ったと、考えていらっしゃるのですか?」
「俺がリンドホルム城の庭の一部を買おうとしているのを、知っているのはごくわずかの者だけだ。ジョナサンすら、ほとんど知らないだろう?」
「ええまあ……。僕は殿下がリンドホルムに行かれた間は、王都で留守番でしたから」
わたしはシャーロットの隣に座って、彼女の手を握りながら言う。
「デイジーは、わたしが、領地ではピアノばかり弾いていたと、知っていました。殿下ですら知らないことですわ。思い当たるフシと言えば、ダグラスくらい」
「そのダグラスが何のために、デイジーと連絡を?」
「ダグラスはアルバート殿下が、突然、リンドホルム城の庭の一部を買おうとした理由が気になったのでしょう。絵入り新聞で、殿下とわたしの仲を知り、もしかしたら――」
そんな話をするうちに、馬車は王都の一角、ロックウィル伯爵家の王都屋敷に着いた。
殿下は馬車を降りる時、馭者の隣の席にいた、護衛のラルフ・シモンズ大尉に言った。
「ラルフ、急なことだが、例の件、急いでくれ。先手を取られるとまずい」
「……よろしいのですか? ミス・アシュバートンは反対だと……」
「それは俺が説得する。急いでくれ。ダグラス・アシュバートンが動いているのがわかった」
シモンズ大尉は一瞬、わたしを見て、それから頷くとその場を離れた。その背中を見送って、殿下はわたしの腰を抱き、耳元で囁く。
「……エルシー、すまない。ビリーの件だが、強行する」
カーティス大尉の家族に、今回のデイジーの件を説明し、大尉の父、ロックウィル伯爵にも協力を要請した。
突然、やってきたアルバート殿下に、大尉の家族は面食らい、ワイン塗れの大尉とすっかり怯えたその婚約者に仰天、さらにデイジーの不倫話に、人のよさそうなロックウィル伯爵夫人は卒倒寸前であった。しかし、大尉の父、ロックウィル伯爵は冷静だった。
「ミセス・デイジーの不倫騒ぎは、私は知っていました。お恥ずかしい話ですが、我が家も長男クリスの不祥事があり、彼女に負い目もあって相手の男については把握しておりません。……そうでしたか。ご迷惑をおかけしました」
ロックウィル伯爵は神妙に頭を下げる。大尉によく似た実直そうな人で、この家族の長男が高級娼婦に狂って刃傷沙汰の上、死亡するなんて、全く信じられなかった。
「クリスの件では、デイジーに申し訳なくて。でも実を言えば、デイジーがジョナサンの嫁になるのは、わたくしは反対でしたの。ですからジョナサンのプロポーズが断られたと聞いた時は、正直、ホッとしたのですわ。ジョナサンには、大人しいシャーロットのようなタイプが良いと思って……」
伯爵夫人が末娘のドロシーと二人でシャーロットを宥め、殿下とわたしにお礼を言って下がる。夜遅いこともあり、デイジーとダグラス・アシュバートンの件については、改めて話し合うことにして、わたしたちはロックウィル伯爵邸を辞した。
王都のアパートメントに着いたときはもう、深夜を回っていた。待ちくたびれて眠ったらしいユールの寝顔を見て、わたしはホッとする。
「事情があって、ラルフをリンドホルムにやった。代わりの護衛を兼ね、お前もアパートメントとオーランド邸を往復してくれ」
わたしにホットワインを、殿下にブランデーを持ってきたジュリアンに、殿下が言う。
「承知いたしました。……このアパートメントの維持だけなら、母と妹で十分です。例の、元中尉の動向も不気味ですしね」
「……全くだな。魔性と言うよりは、厄介な男に好かれ過ぎなんだ、エルシーは」
殿下がブランデーを一口飲み、煙草に火を点けながら言うのに、わたしはカチンと来た。
「失礼な! 一番厄介な男のくせに!」
「ほんと、その通りですよ! 殿下が一番、厄介ですよ!」
ジュリアンも同調し、殿下が肩を竦める。
「やれやれ……明日は早々にオーランド邸に戻る予定だったが、先にロベルトを呼び出してくれ。それから、マクガーニにも一報を。……ジェラルドが王都に戻ってくるのは年明けか?」
「三日には戻ると言っていました。戦地から戻って、初めての帰省ですからね」
ジェラルド・ブルック中尉は南部の大都市カールトンの出身だ。ジェニングス侯爵家は南部の有力貴族なのだそうだ。
殿下は煙草を一本吸い終わり、ブランデーを飲み干すと、わたしに言った。
「言いたいことはあるだろうが、今夜はもう、休もう。エルシーのピアノは本当に素晴らしかった!」
殿下はわたしを抱き寄せて頬にキスをする。
わたしは、シモンズ大尉をリンドホルムにやった事情が気になっていたけれど、とても疲れていたし、もはや反対しても無駄なのだろうと思い、言葉を飲み込んだ。
でも――。
ビリーの安らかな眠りを妨げることで、わたしの胸は重く塞がれた。




