守護戦士
「ニコラ? どうした、何かあったか?」
突然屋敷を訪ねたニコラを、出迎えた使用人はすぐに団長のいる私室へと案内してくれた。
慌てて扉を開けたライラックが、心配そうにニコラの目を覗き込む。
「……」
会いたいと思ったから、勢いで来てみたけれど。
何と言っていいのか、むしろわざわざ言葉にしなければならないことなのか、いまいちニコラにはわからない。
ただ、どうしようもなく、やるせないほどに恋しくて、慕わしくて。
「あなたが、泣いていたら、と思って」
ああ、そうだ。
挨拶より何より、うん。ニコラは、ニコラこそが、この人を案じていた。
いつもみなを守ろうとするけれど、本当は泣き虫なことを、たぶんニコラだけが知っている。
驚いて瞬くライラックは、いつかよりよほど頼りなく揺れていて、やっぱり来てよかったとニコラは思う。
「夢を、みるのでしょ」
「な、……んで、それを」
「ニコはここ。現実のニコを見て」
大きく角張った手を取り、自分の心臓に硬い手のひらを導く。
「生きてる。あなたは、ちゃんと守った。ニコは、負けてない」
「……っ」
「ニコ、心配ない。あなたが心配。泣く? 抱いてあげれるよ」
硬直したままの背の高い彼の頭を胸に引き寄せて、強く柔らかく抱き締める。
────大丈夫。もう、大丈夫。
ニコラは誇りも尊厳も何一つ損なわず、変わらず健やかにここにいる。
あの時から一瞬だって、欠けたことなどない。
知っていて。どうか、知っていてほしい。あなたには。
ニコ、と賑々しく輪に呼んでくれる仲間たちがいて、怖いけれど過保護な副団長も、強い守り手なのに泣き虫なあなたもいる。
「もう、大丈夫なんだよ。ニコを信じて」
あの時からずっと、ニコラはほんのわずかも揺らいだ瞬間はない。
ただひたすら、戦士であり、あなたの手足だ。今も、これから先も。
「ニコは、あなたを守る、戦士なの」
誰よりも先頭に立ち、背にすべてを守り続けるライラックを、ニコラだけが守るべきと思っている。
守りたいと、願っている。誰よりも早く、誰よりも近くで。
「守るよ。──〝守る〟。だから、あなたは、大丈夫」
何度も繰り返し、心に浸透するまで、ニコラは飽くことなく囁いた。
ニコラの〝特技〟は、頑なに秘する声に宿る。
過去に先輩騎士たちを異常なまでに煽ってしまったのは、ニコラの声に宿った〝特技〟にも一因がある。
もちろん、若い彼らの過ちが原因なのは間違いないが、無意識に衝動を強めてしまった。
副団長曰く『魔法に最も近い』というニコラの性質。
最後の一歩の背を押すような、コップいっぱいの水が溢れる最後の一雫のような〝一手〟をかけられる力。
自分や近くにいる相手の本音を、声でわずかに増長させることができる。
今は完全にコントロールできているが、不意の事故が起きないよう、ニコラは不用意に話さないと己に課していた。
けれど、この人の心の傷を癒すためならば、いくらでも〝声〟を使おう。
大丈夫なんだよ。ニコラはいつだって、今だってこの先だって大丈夫。
だからどうか、もうあなた自身を傷つけてしまわないで。
「大切。ニコは、あなたがとっても大事。もう許してあげてよ。あなたが痛いのは、ニコも痛い」
あの時、もっと密やかに事件を収めていれば、とか。もっと早く助けられたら、とか。
そんな『もしも』を想像して傷つくのを見るのは、周りだってつらい。
背負ってしまわなくていいのだ。捨ててしまっていい。
ニコラにとっては、もう、なんの価値も意味もないことなのだから。
大きな身体が、かすかに震えている。
胸元のシャツが少し湿った感触がして、ふっと吐息で笑う。
まったくもう、これだから生真面目で融通の利かない優し過ぎる人はいけない。
泣く時すら隠れて、一人で耐えてきたのだろう。
「…………ニコラ、その。ちょっと、なんだ。ちょっとまずいから、ちょっと離してくれないか」
ややあって涙も枯れたのか、胸元でくぐもった声がまた『ちょっと』ばかり言っている。
ほんの少し力を抜いて顔を覗くと、耳まで真っ赤になった端正な顔。
「あー……その、もう大丈夫だから、離してくれ」
「なぜ?」
「なぜ!?」
「抱いてたいんだけど」
ぎょっと目を見開いた団長が、ぱくぱくと口を開閉した。
それから、ぎこちなく視線を逃がしつつ、身動ぎする。
無理にでも逃れればいいのに、これ以上力を込めてはニコラを傷つけるとでも案じているように、ほんの少しの動きで。
「…………だ」
「だ?」
「抱くとか言うな……」
え。何これ可愛い。間違えた、可愛い。
ふふ、と笑って頬を抓ると、ぐりんとこちらを見たライラックは溢れんばかりに見開かれている。
「あなたの全部、ニコにちょうだい」
「ニコラ……?」
「だから、おいで?」
「……っ」
くふ。
ニコラは、ずっとずーっと欲しかったのだ。無骨で、不器用で、過ぎるほど優しいこの人のことが、ずっと。
ライラックと出会った、あの瞬間から。本当にずっと。
ぐっと唇を噛み締めた真っ赤な団長が、何かを振り切るように舌打ちをして、一気に身体を離す。
ニコラの華奢な身体を一瞬で抱き上げて、でもそうっと柔らかく包みながらゆっくり歩いて、慎重な仕草でベッドに下ろした。
もうその一連の全部が愛おしくて仕方なくて、ニコラは笑みを堪えきれない。
仰向けになったニコラの上に、決して体重をかけない大きな身体が覆いかぶさり、ひどく気遣わしげな視線が降り注ぐ。
ひと欠片も感情を見逃すまいとする〝目〟が確信を持てるまで、ニコラは微笑みながら待っていた。
「……本当に、怖くはないな?」
「うん」
「私は、男だぞ」
「ふは。うん」
「…………あなたに触れたいと、あなたが好ましいと、浅ましい想いを抱く男だ」
「うん。ニコも」
知っているよ。その手が、ニコラより遥かに強い力を持つことも、ニコラを覆い尽くせるほど大きいことも。
そのすべてを、守るためだけに奮う尊い志も。
「〝おいで〟」
きっと、優しいこの男は怯えているから。
ニコラはいつかのこの人と同じ言葉を、柔らかく声に乗せた。
初恋が、甘く薫る。
「ニコが全部、もらってあげる!」
お粗末様でございましたm(*_ _)m




