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心配性


もったりと重い空気にまとわりつかれているような気持ち悪さに、ニコラはうっすらと瞼を開けた。

ずいぶん長い時間眠った時独特の気怠さに、ふうとため息をつく。


すると、ガタンッと大きな音がして驚く。

ゆっくりと視線を向けようとすると、ものすごい勢いでライラックが飛び込んできた。


「目が覚めたか? 気分は悪くないか? 水は飲めるか?」


たとえ矢継ぎ早でも、彼からの質問は、いつもニコラに答えやすい形式をしている。

なんだか気が抜けて、眉が下がった。


「……怪我は?」


慎重に言葉を紡ぐニコラの様子を注意深く観察しながら、団長は首を振った。


「守ってくれただろう。ニコラが、あの時。みなも軽傷ばかりだ。あれがトドメだった。よくやったが、少々無茶だった。でも、やっぱりよくやった。だが、無謀だ」


「……ふ」


いつまでも繰り返しそうな葛藤に、息を吐く程度の笑みが漏れる。


「また見逃した……副団長のことは、今は気にするな。怪我自体はそこまでじゃないが、五日間も寝ていたんだ」


五日寝て起きたら、副団長に怒られることが決定していた。

冷静で柔らかい人だが、怒ると怖いのだ。本っ当に。

とはいえ、やや動きづらいだけで、数日あれば元通りになりそうでホッとした。


見慣れない景色に視線をうろつかせると、すぐに察した団長が水を差し出しながら口を開く。


「私の自宅だ。……以前、一度連れてきただろう?」


あの浅い朝に訪れた立派な邸宅は、団長のものだったらしい。

そういえば、国有数の名家の出身だと聞いたことがある。


門は広く開かれているとはいえ、騎士という職は一人前になるまできついし厳しいし給金も安い。

自力で食い扶持を稼がなければならない立場の人や、食うにも困窮する層が一世一代の賭けとして騎士試験に挑むことはある。


でも、基本的には貴族家の多少余裕のある次男や三男以下が多い。

給金が安くても、太い実家があればなんとかなる。

騎士であり続けなければいけないとはいえ、年数を重ね実力が上がれば給金も上がるから、決して悪い進路ではない。

この国の騎士はシビアに実力が給金に反映されるので、楽ではないが。


ニコラは、一世一代の賭けに出たタイプの人間だ。

元は料理屋の娘とはいえ、下町の中でも下層部を経験している。


剣技も体技も、どちらかといえば喧嘩の延長戦。騎士には邪道と呼ばれるスタイルだ。

それでも、並の男には負けない程度には喧嘩慣れしていて、血なまぐさい場面も腐るほど見てきた経験が活きている。


自由な下層部出身のニコラからしたら、容姿にも実力にも実家にも強みを持つ団長は、制約に縛られて大変そうだとしか思えないけれど。

少なくとも、広い邸で使用人に世話をされる暮らしは、似合っていると思う。相応だとも。


まっすぐで、清濁併せ呑む度量と男前と称して差し支えない見目は、広くて大きいが古き良き雰囲気のある屋敷によく似合っていた。


「動けるようになったら、内勤から身体を慣れさせよう」


頷きつつ、明日から行けそうだとニコラはベッドを抜け出した。

うん。足は震えないし、握力もそれなり。大丈夫だ。


「ニコラ?」


怪訝そうな声は気にせず、ぺこりと頭を下げてくるりと背を向けたところで、慌てたように腕を掴まれた。


「こらこら待ちなさい。別に出て行けとは言ってないし、むしろ人手のあるここにいればいい。私は仕事があるが、使用人たちは久々の客を喜んでいる」


ニコラは、人様に傅かれる立場じゃないし、そんなの居心地も最悪だとしか思えない。

頑なに帰ろうとするニコラに、仕方なさそうに引き下がったのは彼の方だった。


どうしても譲れないこと以外、この人はニコラに何かを強制することはない。

仕事で命じることはあれど、それだって必ず意思を確認される。


堂々と命令しても、誰もこの人を責めはしないのに。

それが、少しだけ嬉しくて、それ以上に座りの悪さを覚えるのも、いつものことだった。

相手のいつものこと、を知っている程度には、年数が過ぎた。


「いいか。少しでも変だと思ったら、戦士団の庁舎でもいいし、ここでもいい。とにかくきちんと報告しろ。あと、仕事も無理するな。ちゃんと待っているから、まずは休め」


他にも色々と口うるさく言っていたが、全部まとめて頷いて、もう一度頭を下げてからニコラは自宅へ戻った。

過度に親切にされるのは、あまり得意ではない。

何年も馴染んだ安っぽい自宅に入ると、無意識にホッと息をついた。




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