1.婚約
舞踏会。
きらびやかなドレス。おいしそうなごちそう。着飾った貴婦人や紳士たち。
そんな美しさで飽和状態とも言える会場は、豪華なシャンデリアの光を照らして全体がキラキラしているように見える。
まだイベント前なんだし、どう振舞ったところで関係ないはずだと踏んだ私は、談笑という名の腹の探り合いをしている貴族たちを尻目に、たらふくごちそうをいただいていた。
こんなに美味しいごちそうを召し上がらないだなんて、なんてもったいない。もったいないおばけに祟られたって知らないんだから。……あ、でも皆うちの貧乏男爵家とは違って毎日豪華絢爛なお食事を召し上がっているのかしらね。なんて気づいてため息が出てしまう。
『運命の恋人と永遠の愛を』なんてタイトルからして甘々の乙女ゲームをやっていた私は、そのヒロインに転生してしまったのである。
高校生の時に一週間だけ一瞬付き合った恋愛ごっこを除いて、恋愛経験なんてまるでない私。しかも人生の結末といえば、真面目に仕事をし過ぎて過労死。恋愛もまともにしないまま死ぬなんて、と残念に思いながら亡くなった私に神様がプレゼントをくれたのだろう。
ちなみに、私の推しはなんて言ったって、若き司祭のユリアン。
さらさらとした銀色の髪に透き通った水色の瞳。見た目も素敵だけど、何より優しくて穏やかで多くの人に優しい彼が私を特別に想ったり、嫉妬してくれるのが最高だった。
彼に会うために、この世界に来たのではないかと思うほど、彼に夢中で会う日を楽しみにしている。
まぁ、司祭様がこんなところに来ているはずもない。なので、しばらくきちんとしたご飯にありつけなかった私は、安心して口を単価の高そうなごちそうでいっぱいにしていた。
すると、そこで急にガッと肩を抱かれ、まだ噛んでいる途中だったローストビーフが私の喉につっかかる。急になんなの、と肩を抱いてきた相手を睨みつけると、そこには信じられない人物が信じられない言葉を口にしていた。
「すまないな、王女。俺はこちらのご令嬢との婚約を決めているから、あなたの気持ちには答えられないんだ」
「……ゲホゲホッ」
衝撃的な発言に完全にローストビーフが変なところに完全に詰まってしまった。
大丈夫かいハニー、だなんて話したこともない癖に白々しく私を心配している。
「何よ、レオンハルト。そんな女の何が良いって言うのよ」
「愛しているんだから仕方ないだろ」
声を聞いてぞわっとし、顔を上げて相手を確認し更に落胆する。
最悪、やっぱりコイツじゃん。
絶対に関わりたくないと思っていたのに。
男と女の言い争う声の中、私はローストビーフに窒息死させられそうになったまま、視界は歪んでいき、そのまま意識を手放した。最後にレオンハルトの顔を見ながら。
愛しているといった女がこんな状態なのに、気にする素振りもないなんて本当にコイツらしい。
あぁ、もうこんな調子なら一旦リセットでいいです。初期化してください神様。
今度はレオンハルトと出会わない人生にしてください……。
***
目が覚めると、自室のベッドの上にいた。
あぁ、良かった。あれは夢だったのか、はたまた神様がやり直しをさせてくれたのか。とにかく、あのひどい状態から逃れられているようで本当に良かった。
少し胃が重い気がするけど、いつもの朝と同じ景色だもの。きっとあの舞踏会で起こった事は夢なんだろう。あぁ、安心したと寝返りを打つと、知っている顔が不機嫌そうに私を睨みつけていた。
「ったく、おせぇな。さっさと起きろよ」
……ムカつく顔が見える気がするけど、きっとこれも夢。
もう一度寝たら、このムカつく顔もなく、お湯のようなスープと固いパンで始まるいつもの朝が戻ってくるはず。
私がゆっくりと目を閉じると、不機嫌そうな声の主が私の胸倉を掴んで無理やり自分の元へ引き寄せた。
「おい、貧乏男爵令嬢如きが俺を無視するのか」
「うわ、現実!?」
「何言ってんだお前……ははーん、起きたところに美しい俺の顔があったから、現実味がなかったのか。よかったな、現実だよ。愛しの婚約者様」
私は掴まれた胸倉を摩りながら、レオンハルトから離れた。
こいつのことはよく知っている。
超俺様ナルシストキャラで面倒くさい奴ナンバー1の「レオンハルト・グランツ」。
若くしてグランツ公爵家の当主、黒い髪に怪しげな赤い瞳、冷たい印象を抱かせるような見た目だが、このゲームで一番の美形キャラと言っても過言ではない。
しかし、本当に見た目だけ。狂犬だの戦争狂だの呼ばれているくらいの問題児。気も強いし、周りに気を遣うこともない。
ただ、公爵家という地位や見た目からか、彼を慕う貴族令嬢も多いのだけど。
そしてゲームでも勿論大人気のキャラクター。ただ、賛否がくっきりと別れるタイプで私はその否側の人間だった。レオンハルトが大好きな友人に勧められ、なんとなく1度攻略してみたが、この俺様加減にうんざりして1度きりで無理だった。
そんな奴と婚約だなんて絶対あり得ない……え、待って。今婚約って言った?
「はああああああああ!? 婚約!?」
「なんだよ、嬉しくねぇのか」
「嬉しい訳ないでしょ!? 誰があんたなんかと……」
「お前だよ、セシリア・ヘイスティングス」
けろっとした顔で答えるレオンハルト。
いいえ、『セシリア・ヘイスティングス』はユリアンと結ばれる予定なので絶対に違います。
起きた早々信じられない事態に頭が痛くなってくる。
私は頭を抱えながら、とにかく起こっている事態について把握する為に、レオンハルトに質問をした。
「大体、なんでそんな事になっているんですか」
「王女がしつこいからな、婚約者が必要だったんだよ」
「だから! なんでそれで私が婚約者なんです?」
「ちょうど隣に居たからな、お前が」
売り言葉に買い言葉のような勢いでどんどん口調が怒鳴り合いのようになっていく私達。
何この人、意味が分からない上に全然話が通じない。悪い意味でゲーム通り。超俺様ナルシスト。
大体、隣に居たからって何? 日本の諺に袖振り合うも他生の縁なんて言うけど、結婚までするってどんな縁よ。しかも、一番嫌いなキャラだなんて、神様は私にプレゼントをくれたわけじゃなかったのか。
頭の中がイライラで埋め尽くされそうなところを、深呼吸をして抑えながら、極めて冷静にレオンハルトにさらに問いかける。
「……それで、私と婚約される意味がわかりませんが。大体、閣下をお好きな令嬢なんて星の数ほどいらっしゃるでしょ。その方たちにお願いすればよろしいんじゃないですか」
「ふん、早速嫉妬でもしているのか。過去の事は気にするな、今はお前だけを見てるよ」
「ちーがーいーまーすー、閣下をお好きな方をお選びになられた方が事がスムーズだということです」
なぜだか私が嫉妬していると思い込んで、ふふんっと得意げに笑うレオンハルト。
すぐ否定すると、ちょっとイラついた顔をして、私にずいっと顔を近づける。
「ふーん、じゃあ今からお前が俺を好きになればいいんだな」
キスをするのかと思うほど近い距離に、バッと体を後ろに退ける。
推しキャラではないと言えど、こんなことをされてしまったら恋愛未経験の私は驚いてしまう。顔が熱い。こんな奴にドキドキと心臓の鼓動を早くなんてさせたくないのに。
キッと睨みつけながらレオンハルトを見るも、レオンハルトは顔を赤くした私を満足そうに見ながら、椅子から立ち上がった。
「明日、デートに行くぞ。迎えに行く」
「へ!? ちょっと! 急になんですか! ちょっとー!!」
レオンハルトは呼びかける私を気にも留めず、そのまま部屋を出て行った。
私はレオンハルトが出て行った扉に、思い切り枕をぶん投げた。
嵐のような男。社交界の問題児。
そんな男と急に婚約までする羽目になるなんて、絶対にありえない。
こんなの婚約解消よ! 絶対に破断にして、ユリアンと出会って素敵な恋愛をするんだから。
そうと決まれば、一度おじい様とおばあ様に直談判しなければ。
私はするっとベッドから滑り降りると、急いでネグリジェから服へと着替え始めた。
読んでいただきましてありがとうございます。
今連載しているものがすごく長くなる予定なので、さくっと完結できる中編くらいのものを書いてみたいなと書き始めました。
並行しながら書いていけたら良いなと思います。




