こんな日も悪くない
愛馬オニキスが戻り、ヴィンは毎朝欠かさず領主館の厩舎に行く。
仔馬を与えられた頃、母が黒いオニキスのジュエリーを父にねだっていたので、そんなにいいものならと漆黒の仔馬に名付けたが、母には微妙な顔をされた。
「おはよーす」
「!!」
背後から声をかけられヴィンはびくっとした。気配に全く気付かなかった。
「セオは非番か」
男はレイの護衛三人のうちの一人。
影の存在は何となく察していたが、初顔合わせは王都へ行った時だ。
短い茶髪に茶目、中肉中背で身軽。目立たないのをいいことに、どこにでも潜りこみ、色々な話を仕入れてくる。おばちゃん受けする愛想の良さがうらやましい。
大雨の際、壊れた橋もこの男からの情報だ。
「ヴィンが主の側についててくれるおかげで、俺らも前より休みがもらえるようになったよ」
頼りなげだが実力は確か。
「主にヴィンの恥ずかしいネタ探れっていわれてたのに、自爆してたね」
初恋の少女がドレス姿のレイだったあれ。
今でも悔しいやら恥ずかしいやら。
忘れたい。
「なんで知ってんだよ」
「屋根裏にいたからね」
カラカラ笑いながら、セオが去っていった。
護衛なのかなんなのか、いまだ謎。
ある日、厩舎の帰りに裏庭の奥の方からきな臭い匂いがした。
火事かと慌てて臭いをたどると……。
「おっ。ヴィンも食べるか?」
のんきに焚火をしている男がいた。
レイの護衛の1人でトーマス。
黒髪黒目。服は簡素だが黒ではない。
「わざわざこんなところで。何してるんだよ」
ヴィンは迷惑だと顔をしかめて見せた。
「焼き芋。農家のおっちゃんにもらったからさ。たまにはこういうの食べたいよな」
トーマスは罠が得意で、よく農家の見回りに行かされる。農作物を荒らす猪や鹿を仕留め、たまに持ち帰るので肉好きのヴィンとしては仲良くしたい。
「あとで主がチョコとマシュマロ持ってくるってさ。一緒にあぶると旨いんだって」
「火の始末だけ気をつけろよ」
領主公認の焚火だった。
呆れたヴィンだが小腹もすいたし、焼けるまで待とうと腰を下ろした。
「お待たせ」
レイがマシュマロとチョコ、栗まで抱えてやってきた。
トーマスは慣れた手つきで栗に切れ目を入れる。そのまま焼いたら爆ぜて大惨事だ。
「ヴィンもほら小枝拾ってきて。マシュマロを刺して」
王宮の毒見役が見たら絶句するだろうな。レイが小枝を木桶の水でしゃしゃっとゆすいでいる。
トーマスはさっそく火であぶった熱々のチョコマシュマロを食べていた。
「ウマっ! 庶民じゃなかなかチョコ買えない。さすが主!」
王子の護衛ってそれなりに稼いでるよな。庶民じゃないだろ。ヴィンが心の中でつっこむ。
「おい、後ろ」
いきなりトーマスが短剣をレイの後ろに投げつけた。
とっさに腰の剣に手をかけるが、レイは動かない。
後ろをみると、猛毒ではないが毒蛇が短剣にささり息絶えていた。
怖っ。毒蛇怖い。
気づいて仕留めるトーマスも怖い。
だが一番怖いのは、何事もなかったかのようにマシュマロを食べ続けるレイだった。
「お行儀良くないけど、これが一番おいしいよね」
短剣が顔のすぐ横飛んでったし、髪かすってたよな?
動じないレイが一番怖い。
レイは溶けたチョコがしみて美味しいと、また枝に手を伸ばす。
「栗も芋もほくほくしてます」
美人が芋食ってる違和感が半端ない。
「ここにいたか」
もう一人の護衛リアンを連れて、エリオットがレイを探してやって来た。
リアンはレイと背格好が似ていて、たまに髪色を金から白銀に変えて領主代役をしている。「遠目ならわかりませんよ」レイは楽ができると喜んでいる。
見つかってエリオットの小言が始まるかと思いきや、果実水をレイに。酒をトーマスとヴィンに渡し二人も加わる。
これ何かの行事か?
今日は雑貨屋休業なんだろうな。
トーマスがどこからか持ってきた肉も焼きだした。いつの間にか事務官アランや厩務員までいた。
こんな日も悪くない。




