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雪の女王からの招待

 クローク国よりもさらに北に位置するグレイシャス国から女王の戴冠式の招待状が届いた。


 王太子アルバートが参列するはずだったが身重の妻を同伴できず、出産も近いので参列をみおくることにした。第2王子のレオンも結婚式の準備などに追われ時間が取れない。そこで名代としてレイモンドが赴くことになった。父王も寒いところは嫌だと駄々をこねたから。


 季節は初冬、北の国には雪がちらつく。前王が急逝し、急ぎ戴冠式となった。


「まったく父上は本当に自由気ままで困る」


 馬車内は毛皮が敷き詰められ、厚着していたがレイは手をこすりあわせる。


 グレイシャスとは友好的でも敵対もしていない、あまり関りの国だが、お祝い事は行かねばならない。大事をとって今回双子は同行させていない。


「思ってた以上に寒い」

「ほら、これ飲めよ」


 少し唇が青い。王宮や客人の前以外で口調の軽くなったエリオットから少し強めの酒が渡されるが、レイは口を付けない。


「眠くなるし、初めましてが酒気帯びじゃ我が国が笑われるよ」


 もうすぐ着くからと、震えながら我慢した。


 王城につくと各国からの王族、使者が到着していて、見知った顔もある。


「あら、レオン様じゃないのね」


 そこには今日も豪奢な黒をまとうリリア姫がいた。


「私では何か不都合でも」

「できればレオン様にサインいただきたかったわ」


 帰国してから愛読書<騎士様わたしをさらって>の作者がレオンと知り悔しがっていたのだ。


「お子様方はどちらに」


 レイの後ろをチラチラとリリアが見る。


「今回は留守番です。悪い虫がつくといけませんから」

「もうすぐ婚約が調いますの。結婚式にはご家族をご招待しますわ」


 自国に帰ると留学帰りの伯爵子息と意気投合した。主に馬の話で。子息は帝王学を叩きこまれ中で今回は同行していない。


「おめでとうございます。兄レオンが伺いますよ」

「それはそれで魅力的」


 レオン兄様ごめん。かわいい甥のために犠牲になってください。


「ところでレイモンド様。今夜の晩餐会、エスコートをお願いできるかしら」

「仰せのままに」


 レイはリリアの手をとり唇を寄せる。レイも貴族だ。他国の次期女王を蔑ろにはしない。


 レイはグレースが持たせた華美すぎないグレーの上品な上下。雪の結晶を思わせる幾何学模様の刺繍が素晴らしく、リリアの黒いドレスとも合い、とても華やか2人だった。


「あらドレス以外も似合うじゃない」

「それ褒めてるつもり? 君の物言いはドレスと品格があってないよ」

「誰にも聞こえなきゃ問題ないわ」


 なんだかんだ言っても気安く話せる相手だ。慣れない地で楽に越したことはない。


「これはまた新鮮な組み合わせだね」


 低音の耳心地の良い声がして振り向くと、ロマンスグレーのいわゆるイケオジが声をかけて来たのだ。着やせするタイプなのだろうか、服の上からでも鍛えているのがわかる。


「クライオス公爵閣下、この度は新女王の戴冠おめでとうございます」

「堅苦しいのは好きじゃない。気軽にクレバスと呼んで欲しい」

「クレバス様、お会いできて光栄ですわ」

「リリア様も大変お美しくなられて。ぜひ私も結婚式にはお祝いに駆け付けたいものだ」

「もちろんですわ。招待状送らせていただきますね」

「君はレイモンド・ウィステリア公爵だね。噂の銀のスミレ姫は本当に男前だ。見惚れるよ」

「お褒めいただき有難く存じます」

「君とは1度じっくり話がしたかったのだよ。後ほど談話室で会おう」

「ありがとうございます」


 クレバスはまた後でねと離れていった。


「ステキね。レイモンド様もあれ目指しなさいよ」

「無茶苦茶を言うね。まぁ、いぶし銀も悪くないね」


 晩餐会のあと男性陣はそれぞれ遊戯室、喫煙室、談話室へ移動する。


「それはとても興味深いです。もっと続きを…」


 レイはクレバスの話に夢中になって聞いていた。


 政治、経済、戦術、社交、医術と色々な話題で話が尽きない。こんなに幅広く知識豊富な者を兄レオン以外知らない。レオンと違うのはすべてクレバスが経験しているとういう点。だからこそ耳を傾けずにはいられない。それにクレバスも若い時に妻を亡くしたという。半身を失った者が知る哀しみも同情ではなく分かり合えた。


「スミレちゃんは貪欲だね。いい子だから続きは明日にしよう」


 いつの間にかスミレちゃんと呼ばれていた。


 レイにあてがわれた客室が、なぜか移動してほしいと言われ少し狭い部屋に変わった。客が多く何か不都合が起きたのだろう。


 レイはエリオット達から今日の報告と明日の予定を聞いていた。エリオットとヴィンはレイの護衛として晩餐会には出ていたが、談話室にまでは行っていない。


「ではゆっくりとお休みください」


 エリオット達が退室しようとするとレイが引き留める。


「エリオット兄様、あとで暖炉の火を見に来て」

「わかった」


 少し間をおいて1度退室したエリオットがレイの客室に戻る。


「どうした?」


 いつもより優しい声音でエリオットが聞く。


「この部屋寒くない? 一緒に寝よ」

「子どもか」


 先ほどより顔色が悪い。


「そっちにつめろよ」

「ふふ、兄様暖かい。ここ真冬は来れないな」


 他国の。それもあまり国交のない国で警戒もあるが、具合が悪いとは悟らせたくない。


「熱は?」

「まだ大丈夫。寒気と少し鼻が詰まる」

「薬は?」

「飲んだから明日には治るよ」

「それにしてもヴィンを呼ぶかと思ったのに」

「だってヴィンは僕の隣じゃ寝れないでしょ。ここは兄様に甘えます」

「まったく、世話がやける弟だよ」

「兄様が結婚して侯爵家継いだらもう甘えないよ」

「それはそれで寂しいな」


 もぞもぞとエリオットにすり寄って、レイは眠りにつく。


 翌日調子を戻したレイは再びクレバスに誘われ親交を深める。特に医療面の話は知らないことも多く、この地でしか採れない薬草についてレイは興味深く聞いていた。


 新女王アガーテは16歳。雪のように白い肌をした聡明な王女だったが、父王が病で急逝し、悲しむ間もなく即位した。それを支えるのは婚約者のヘンリク17歳、幼い頃から仲が良く春には結婚式を予定している。


「本当に実行するの?」

「叔父様のためならしかたないわ」

「なら早くしないとね」


 今夜の舞踏会にと用意していた衣装をみてレイはため息をつく。


「これはどうしたものかな。随分と歓迎してくれるじゃないか」

「すぐに替えの用意を」

「いいよ、これで行こう。ひとつだけ用意してほしいものがある」


 メイドたちは青くなって、それを用意しに部屋を出た。


「また面倒に巻き込まれたな」

「行けばわかるでしょ」


 レイは今夜もエスコートをしようとリリアを迎えに行った。


「あなた寒いの?」


 レイはフワフワの暖かそうなマントを羽織っている。


 レイの着るシックな衣装と少し合わないのは急遽用意させたから。


「君はずいぶんと薄着だね、女性は冷やさない方がいいよ」

「また父親発言! 下に懐炉を仕込んだから大丈夫です」

「かいろ?」

「これよ」


 小さな袋の中に暖められた石が入っている。


「何これ欲しい!」

「あげません。騎士なら鍛えているんでしょう」

「ヴィン、用意してきて」

「ヴィンセント様を下僕扱いしないでよ」


 広間へ入る前に何やってるんだか。レイが調子を落としているのに気づいている。すぐ用意しよう。


 レイはリリアの手をとり広間に入場する。

 今夜も2人は注目の的だった、少しでもお近づきなろうと囲まれるが、クレバスが人垣をかき分け2人に近寄る。


「リリア姫もスミレちゃんも素晴らしい。あとでお2人にダンスの相手をお願いできるかな」

「スミレちゃん? あなた随分親しくなったわね。気をつけなさい」


 リリアが小声で、他国まで来て面倒は起こさないでよ忠告するが、心配無用だと返す。


「皆様、今夜は楽しんでいただけているかしら」


 アガーテ女王がヘンリクと共にレイに近づく。


「ウィステリア公爵は寒がりなのですね。室内にしては随分と暖かそうなマント。それはそれで素敵ですけど」


「そろそろ温まりましたし、ダンスも始まる。マントはもう必要ないですね」


 レイが妖しい笑みを浮かべる。


 また何か始める気だろうとヴィンは警戒する。


「ヴィンこれを」


 マントと白い上着を脱ぎ去りヴィンへ渡すと周囲からざわめきが起こる。


「レイモンド様、それは…」


 リリアが困惑している。レイの瞳にあわせた青紫のドレスシャツに白いトラウザーズ。正面からみれば完璧な姿も、後ろからみればドレスシャツが大きく切り裂かれ白い背中が丸見え。


「母のデザインをアレンジしてくださるとは。どなたがなさったかはわかりませんが、いかがですか?」

「ご令嬢方の目の毒ですし、お風邪を召す前に、お帰りになった方がいいのでは」


 アガーテがうろたえ、顔が引きつる。


「これは酷い。さあスミレちゃんこちらへおいで」

「叔父様お待ちになって」

「女王陛下。皆を鎮めて」


 クレバスがヴィンの手からマントを受け取りレイに掛け、そのまま退場した。


 エリオットもヴィンも後を追おうとしたが、あっという間に人に囲まれる。エリオットには商取引を。ヴィンは女性たちからダンスの誘いを。どうにか振り切った頃にはレイがどこにもいない。


 雪の降る中馬車で向かったのは、城から少し離れたクレバスの私邸。執事が恭しく迎える。


「すぐに湯あみと着替えの用意を」


 クレバスの指示に執事が下がる。


「風邪を引いたら大変だ。あれ少し体が熱いね」


 確かに少し重だるさを感じていた。


「これをお飲み。楽になるよ」


 クレバスは薬草茶をレイに渡した。鼻が詰まって匂いがよくわからないが、味は良く知る解熱効果のあるものだったので異物に気づけなかった。


「気分が良くなった気がします。ありがとうございます」

「先に少し横になるといい。今夜は雪が積もりそうだからゆっくりとここで休みなさい」


 部屋へ案内しようとクレバスに促されレイは後に続く。


 深く積もることもあるので私邸は3階建てだが、案内されたのは2階の1番奥の部屋。室内には分厚いカーテンがひかれ暗い。燭台と大きな机のようなものがあるのはわかる。


 ガチャンと後ろで鍵が閉まった。


「クレバス様、これはどういうことですか?」


 レイが少しぼうっとしてきた頭でクレバスに尋ねる。


「君とは愛しい妻を亡くしたという共通点があるから、協力してくれると信じているよ」

「何を言っている?(だめだ。目を閉じてはいけない)」


「少々魔女の力を借りたくてね。君にはその代償となってもらおう」

「代償?」

「私に愛しい妻と会わせておくれ。君はあの世で君の妻と会える。いい話だろう?」


「(狂ってる)」


「まだ薬が効かないのかな? そこに横になるといい。妻は淡い金髪に紫の瞳。多少違うが問題はなかろう」


 大きな台の上にナイフがみえた。


「(他に何かないか)」


 レイが使えるものがないか部屋中を見渡す。相手は他国の公爵で殺すのは悪手。ぼうっとした体で捕らえるのも難しい、クレバスは体術が得意と話していた。指輪の睡眠剤も耐性があるかもしれない。自分と同じように。


 燭台が目に入る。レイはクレバスが近づくのを待って燭台の火を自分のマントに点け、クレバスの頭に被せた。


「うわっ」


 とっさのことに避け切れなかったクレバスがもがく。


「(離れなくては)」


 思うように足が動かない。その時外からヴィンの声がする。


 窓辺にどうにかたどり着き、下を見るとヴィンがいる。窓をあけるとヴィンが気づいた。


「今行くから! あっ!!」


 逃がさないと顔に火傷を負ったクレバスがレイを捕えようとする。


「ヴィン!! 退け!!」


 声を振り絞って叫ぶと同時に、2階の窓からレイが飛び降りる。


 ドサッ。


「痛てて」

「僕の方が痛いよ」


 退けといわれても退くわけにいかない。受け止めようとしたが、軽いとはいえ成人男性だ。物語のようにはいかなかった。新雪がうまく衝撃はやわらげてくれたが、ヴィンは足を滑らせ背中から倒れた。頭だけは守ってもらえたが、あちこちぶつけたレイが痛いと涙ぐんでいる。


「2度あることは3度あるって本当だね」


 足首をひねったヴィンをレイが背に担いでいる。店の前で行き倒れてた時、国境防衛で怪我した時、今回で3回目。


「ヴィン、表の馬車にレイ様をお連れしろ」

「了解です」


  エリオットが私邸の中に飛び込む前に声をかけられ、とっさに返事はしたものの、まっすぐ立てなかった。


「おかげで目は覚めたし、背中は暖かいけど、重い、歩きにくい」


 馬車は目の前なのになかなかたどり着かない。


「すまん」

「いいよ。帰ったら一緒に寝よう。寝かさないけど」


「(意味わからん)」


 城に帰るとレイは高熱を出し、持ち込んだ薬を飲ませ休ませた。寒気がおさまらずヴィンで暖を取ろうとしたが、リリアから借りた湯たんぽ3個で許してもらう。エリオットにレイに添い寝だよと言われてヴィンも熱を出しそうだった。


 城内のアガーテの応接室。


 叔母を失くした叔父が妙な団体に引き込まれおかしな行動をとるようになり、調べてみたら生贄をささげて死者を蘇らせるなどと途方もない団体と分かった。最近はあまり表に出ることもなかったのに、晩餐会でレイモンド様に執拗に話しかけているのをみて叔父と引き離そうとしたこと。レイモンド様が少し叔母と雰囲気が似ていて、嫌な予感がしたというのだ。


「それで私を早く帰国させようとしたわけですね」

「はい。わざと寒い部屋にお通して、お衣装に細工するように命じたのは私です。申し訳ございませんでした」

「女王陛下が簡単に頭を下げてはいけませんよ。目論見がわからず困惑はしましたが、助けてくれようとしたのであれば感謝いたします」

「叔父にはお子がおらず、私もこのヘンリクも幼き頃より可愛がってもらい、犯罪に手をそめて欲しくなくて」


 涙ぐむアガーテの肩をヘンリクがそっと抱き寄せる。


「叔父はここより遠く離れた場所に命尽きるまで幽閉します」


 レイが連れ去られるときにエリオット達を囲んだ者も、クレバスの仕込んだ者たちだった。それ相応の罰が与えられることになる。


「僕もおかしいなと薄々はわかっていたよ。公爵はどこか遠くを見ていた。でも話だけなら聞いてあげられると思ってさ。オリビア会いたさに僕もおかしな団体に騙されると思う?」


 足の治ったヴィンにレイはアガーテからの話を聞かせていた。


「大丈夫。双子がいるし、気づけば俺やエリオットがそんな団体は先にぶっ潰してくるよ」

「そうだね、僕にはルーとアナがいる。君たちも。それにオリビアはずっと僕を見てるしね」

「そうか、良かったな」

「さあ帰ろう、お土産は何にしようかな」


 子ども達には雪の結晶をかたどった装飾品やや置物。ウィステリア染物の販売権とグレイシャス国の良質な木材の輸入権を持ち帰った。

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