迷惑な訪問者
「レイモンド様、おはようございます」
ちょっと裕福な商人風の男が訪ねてきた。
ギリギリ商人にはみえないこともないが、貴族がここへ来るため着替えたのだろう。
「レイです」
「レイ様、おは…」
「レイです」
「レイさん、至急のお手紙をお持ち…持ってきました」
こいつ容赦ねえなと、ヴィンは口をもごもごさせ青くなっている男に同情した。
「こちら領主館の事務官です。急ぎのものを届けてもらっています」
「どうも」
ヴィンは軽く挨拶したつもりが、事務官は後ずさってしまった。首をかしげるヴィンにレイが苦笑している。
「君は鏡みたことあります? 黒髪黒目で服も上下黒。上背もあるし、全身真っ黒で大きな剣さげてたら普通に怖いですよ」
自覚はあるが傭兵なんて見慣れてるだろう。何をいまさらと思う。
「僕と同じく木綿の服にしますか? 軽くてすごく動きやすいです」
「おまえこそ鏡見たことあんのか? 服変えたって貴族オーラ隠しきれてねえぞ」
「えっ」
うまく溶け込んでるとばかり思っていた。
「おかしいな…」
首を少しかしげる様子も上品この上ない。
「実は騎士服が重くて嫌いだったんです。筋力ないし、少しでも軽くしようと、剣は限りなく細く薄くしてみたんですよ」
一閃の誕生がそんな理由だったとは。聞かなきゃ良かった。
レイの剣はなぜか箒と一緒に立てかけてあるから、伝説級の剣とは思わなかった。すぐ手の届くところにあると便利でしょう。というのが理由らしい。
至急といわれた手紙をあらためたレイが珍しく眉間にしわを寄せ言った。
「ヴィン! 君の出番です!」
3日後、豪華な馬車が店の前に止まる。
カランカラン。
従者が恭しく扉を開けると、これから舞踏会にいくのかと思うほどのフリフリ豪奢なドレスをまとった赤髪の令嬢が入ってきた。
「領主館でこちらにレイモンド様がいらっしゃると聞きましたの。イザベルが来たと、取り次いでくださいませ」
先日知らせを持ってきた事務官が、奥に続く扉をちらっとみた。
「奥にいらっしゃるのね。通してくださらないかしら」
「あの、今取り込み中でして」
事務官は冷や汗を流しながら首を横にふる。
「お退きなさい」
扇をぱちんとしめて、令嬢は事務官を押しのけ奥へ入っていく。
「愛しのレイモンド様ーー。あなたのイザベルが参りました。お姿をおみせになってーー」
甘ったるい声とともに台所の扉を開けたイザベルが、口をあけたまま絶句する。
「あーんして」
なんとレイがヴィンの口元にスプーンを近づけている。
イザベルが2度見する。
「人の家にずかずかと上がり込むなんて、令嬢のすることではありませんね。見てわかりませんか? 今恋人と食事中です。ほらヴィン、私にも食べさせて」
レイが口を開けて待っている。
ヴィンは固まってうなずくしかない。
イザベルの顔は真っ赤になり、手で顔を覆うが、指の隙間からしっかり見ている。
「戦いが終わったら、すぐに婚約者の私の元へ帰られるかとお持ちしてましたのに。3年も音沙汰なしに我慢できず、国王様に問い詰めてこちらへ参りましたのよ。これは裏切りですわ!!」
「婚約者ねえ。元でしょう。破棄したと何度も伝えましたが理解されていない? その頭の中には何がはいっているのでしょうか。ご覧のように、私にはもう恋人がいるのであきらめてお帰りなさい」
ヴィンの口元についたスープを指で拭うとペロリと舐め、イザベルをちらっと見た。
「その青紫のドレスは私の瞳にあわせたのでしょうか? あなたの髪色と相性が最悪ですね。今後あなたのお相手の瞳が同じ青紫であっても、その色をまとうことを禁じます!」
ここで権威を惜しみなく使う王子強い。
令嬢はもはや金切り声をあげて何か叫んでいる。何言ってんのかわからない。
急ぎの手紙というのは、レイの婚約者と名乗る令嬢が訪ねていくからとの知らせ。こっちではもうどうにもならないから、自分で片付けろというもの。
父王から1年間は我慢しろと婚約をかわした。1年後、白紙に戻すのは嫌だとごねられたが、令嬢の生家で不祥事が発覚し破棄された。しかしイザベルはレイに執着し、他に婚約も結ばず、いまだ結婚を望んでいた。
「悪い子じゃないんですがいつも何か勘違いしていて、婚約破棄後も僕との結婚を吹聴するし、ゆくゆくは王家に嫁ぐ身だからと他のご令嬢をいいようにつかったり。 今度こそ決着つけますから、協力してくださいね」
協力とは恋人役だったが、向かい合って食事するのをみせつけるだけと言われ渋々承諾した。たしかにこれにはどんなご令嬢も心折れるだろう。折れて早く帰ってくれ。俺の心も折れる前に。
「レイモンド様、お見苦しいところをお見せしました。これでも理解ありますの。その…あの…お妾としてならその方認めますわよ。ただし別宅になさって」
まだ折れない? 鋼の心臓をお持ちの令嬢だった。
ふいにレイはヴィンの耳元に唇をよせふっーと息を吹きかけた。
「〇×△!!!!」
ヴィンが真っ赤になって石のように固まる。
これでも? 色気たっぷりのレイがヴィンにしだなだれたまま、横目でイザベラをみた。
ガラガラガシャーンと鋼の心臓が崩れ落ちたのち、我に返ったイザベルは無言で侍女に支えられ帰った。
その後、王都に戻ったイザベルは、禁断の愛をテーマに本を書き上げ、一部熱狂的な購読者を獲得したらしいとか。
「お・ま・え!! 何しやがる! 表出ろ!! 切り刻んでやる!!」
腹を抱えてレイは大爆笑している。目に涙を浮かべ、それでも笑いがこみあげてくるのか苦しそうだ。
「最終手段です。6年付きまとわれてましたが、やっと解放されました。何度破棄を伝えても通じなくて。話きけない時点で結婚なんて無理でしょう。ヴィンありがとうございます。名演技でした」
また笑いだした。
「くそ王子!!」
ヴィンは頭から水をかぶり羞恥で真っ赤になった顔の熱を冷ました。
「お礼に今夜は君のために、ヴァイオリン弾きますね」
夕食後の演奏会はヴィンの耳に心地よく響いた。