迷惑な話
ソフィアとグレースのおかげで、街並みが華やかになった。
街の警備隊の制服もグレースの手により一新され、これがまた女性たちの注目を集めた。制服は萌えになるらしい。
女性受けしそうな者を街の巡回に回してみたが、好みがばらばらで結局全員が巡回するようになった。
「僕もまだまだですね」
レイは事務官補佐に女性を登用した。
エレノアはグレースの筆頭侍女の娘で、レイと面識もあり即採用。
マリアは王都からきた貴族の娘で、流行りものが大好き。情報にも敏感ということで採用。
「領主館も華やぎました。これで残業も頑張れます」
事務官アランが一番嬉しそうだ。彼はまだ独身、あか抜けた彼女たちがまぶしく見える。
「ウィステリアの名前のとおり、藤の木を増やしましょう」
「噴水まわりは夜に明かりを灯して、ロマンティックにしましょうよ」
アイデアが出る出る。できるところから試していこう。
雑貨屋の増築も終わり、双子たちは移り住むはずだった。
「いくら隠居の身でもここじゃね」
ソフィアが雑貨屋に近い屋敷を買い取り、双子たちも一緒に住むことになった。
「お菓子屋さんには週に一度、私も出るわ。あとは子ども達にマナーなど教える日にあてます」
双子のための教育係もいるが、祖母がいれば心強い。なにせ王妃となった娘を育て上げた人だ。
レイは週末だけ双子の元へ泊りに行くことになった。
ある週末、子どもらを寝かしつけたレイが領主館に戻ってみると、執務室に少し違和感がある。
誰かが引き出しを開けた?
レイはエリオットとヴィンにだけ注意するよう伝えた。
「あら大変いい知らせですわ。近くの村にお湯の湧き出る場所が見つかったそうですよ」
マリアが嬉々として報告する。
「女性も足先だけなら、浸ってみたいものですね」
まさか人前で服は脱げない。女性専用にして外から見えなければ、足先がぎりぎりの許容範囲なのだろう。思いつくままにアイデアを書き出し始めた
「早速、視察しようかな」
レイは双子を連れて温泉の湧くという村へ向かった。
領主館から二時間ほど。のどかな景色に双子も飽きずに馬車に乗っていられた。これならご婦人方でも大丈夫だろう。
領主の急な訪問にも関わらず村民からは大歓迎。村長自ら案内を買って出てくれた。
「村はずれにお湯が沸き出まして、皆驚いておりますよ」
大木を切り倒した時、偶然掘り当て、急ごしらえの浴場を建てた。
「少し浸ってみてもいいかな」
「ぜひゆるりとお寛ぎください。すぐ準備させましょう」
村長はタオルや敷物など用意させ、あとは領主一行が静かに過ごせるように、係以外は人払いされた。
簡易な小屋は、柵で囲まれ外からは中が見えない。
レイが不意に立ち止まる。
「うっかり忘れるところだった」
「二人とも、お湯に入る前にしっかり水を飲んでおいで」
レイがうっかり?
あるはずない。
「飲んだら、トイレも済ませて、手もしっかり洗うんだよ」
「はい、おとしゃま」
良い子の返事をした双子は、トーマスとリアンに抱きかかえられ馬車へと戻っていく。
「それからヴィン。僕には十八番のブレンドティを用意しておいて。温泉から出たらもらうよ。濃いめがいいな」
「了解した。長風呂はやめておけよ」
「もちろんそのつもり。剣が錆びるといけない。トーマスに預けて」
小屋の中は濃厚な花の甘い香りで、むせ返るようだ。
「セオ、君は熱いの苦手だったね。入らなくていいよ」
「後ろで控えてる」
「そうして」
レイがズボンの裾を膝上までまくり、素足を湯に浸した。
「気持ちいいね。一人で入るにはもったいない」
レイは壁の向こう側に話しかける。
「入ってきなよ。そこにいるのでしょう?」
「お見通しですか」
「この国へ来るなと言ったのに、忘れた? 困った王子様だね」
そこには口元を布で覆い隠した、隣国のハロルドが立っていた。
「綺麗なおみ足を拝見できて、喜びに打ち震えています」
「お世辞はいいよ。そろそろ足がしびれてきたし、出てもいいかな」
セオが剣を抜くが、頭から熱い湯をかけられ、その場に蹲る。
「セオそのままで。ヴィンが解毒薬もってくるから」
「主、すまない」
「さすがですね。ここに入る前から知れてましたか」
「僕は薬草士だよ。匂いでわかる。麻痺毒をお湯にまでいれて、ずいぶんと警戒されているね」
「白銀の一閃を相手に手は抜けませんから」
「君のその香水も忘れてないよ」
「さすがわたしのレイモンド様だ。丁重にお連れしろ」
痺れて意識もはっきりしなくなり動けなくなったレイを、覆面の男が抱え上げた。
レイが意識を取り戻すと、薄暗い部屋に寝かされていた。
「お目覚めですか。寝姿もお美しい」
「目的は何?」
「あなた様もアリアンも手にできず悶々と暮らしていましたが、ある噂を聞いて会いに来ました」
「噂?」
「あなた様が凡庸な男のように、婚姻してお子までいるという馬鹿げた噂ですよ」
「凡庸ね」
「我が国にお連れしたいが叶わぬ事でしょう。せめてあなた様の肖像画でも持ち帰りたいのです」
「それだけ?」
「はい。それだけです」
ハロルドが手を叩くと、衣装を手にした男が入ってくる。
「お着替えください。お手伝いいたします」
「一人でできるよ」
足はまだ痺れていたが、レイは衝立の後ろで女性の夜着のような透けた服に着替えた。
「あなた様に平民のような服など着せられない。我が国の王族だけが許される、極上の布地がとてもお似合いですよ」
「まだ頭がはっきりしない。お願い。窓開けて」
レイの甘い声にハロルドは笑みを浮かべ、窓を開けさせた。
「画家が来る前にこちらのお茶をどうぞ」
レイはお茶に目もくれない。
「そんな特製のお茶を飲まなくても、願いをかなえてあげる。服は着たまま? それともせっかくだから脱ごうか?」
「レイモンド様はわたしをよく理解されている。素晴らしい!!」
レイの襟のリボンを外そうとハロルドが近づいたその時、飛んできたナイフが窓枠に刺さる。
「いいタイミング!!」
ナイフをつかみ取り、ハロルドの右手を斬りつけると、ぎゃーと泣き叫んだ。
服を持ってきた男は後ろを振り返らず逃げ出した。
「僕の剣を間近で見たかったのでしょう? 願いが叶って良かったね」
痛みにうめくハロルドの口にお茶を流し込むと、顔を赤くし目もうるんできた。
「よく効く媚薬だ。この悪趣味な服はお返しするよ」
ドカーンと扉を蹴破る者がいた。
「ヴィン落ち着いて。扉は開いてたよ」
「えっ」
窓から入ってきたトーマスがハロルドを縛り上げた。見張りたちはヴィンの連れて来た村の自警団によって捕縛すみ。
「迷惑な話ですよね」
十八番のブレンドティー。解毒薬を飲みながら、レイはヴィンに足をマッサージさせていた。
レイの作る薬はすべて数字で管理されている。
「気持ちいいです。痺れもなくなった」
「罠と知ってて入るか?」
「確証を得ないと叩きつぶせないでしょう」
「双子は風呂に入れて、念のため薬草茶を飲ませている」
「あれだけでわかってくれて、君たち本当に優秀だ。万が一にも双子に影響があったら大変だからね」
「なぜトーマスに剣を預けた?」
「取り上げられるのはわかっていたし、丸腰ならあちらも油断するでしょう。ならトーマスにナイフを投げいれてもらうのが一番かなって」
「無事でよかったよ」
ヴィンはポンとレイの頭に手を乗せた。
ハロルドは荒い治療のみで国に送り返された。
恥知らずと激怒した父王に廃嫡され、その後は怪しい噂しかない男爵の元に身を寄せているらしい。




