子守歌
家族がふえて半年が過ぎ、もうすぐ冬になろうかという頃。
レイの元にセオから深刻な報告があがった。
「主、近くの村で妙な風邪が流行ってる。急に咳と高熱を出して、薬草士も色々試してるがどうもおさまらない」
「今までの風邪とは違うってこと?」
「年寄りや体の弱い大人、それに子どもにも死者が出た。」
「それはかなり厄介だな。すぐブリジットに相談しよう」
数日後ブリジットと感染症に詳しい医師が離宮へやってきた。
村にいる薬草士も呼ばれ、患者数や聞き取った症状が説明された。
「原因を調べてみたんだが、どうもひと月前に村へ旅の一座が立ち寄った後から流行り出したらしい。行方を追ってみたら、半数の者が同じ症状の後に死んでいた」
レイは悲痛な面持ちで説明を聞いていた。
「とにかく感染者は隔離が必要ね」
レイが統治している村ではない。
だが放置と言うわけにもいかない。
普段からセオ達に、周辺の村を見回りさせていた。
「オリビア、子ども達も絶対に離宮から出てはいけないよ」
「わかったわ。村へはできる限りの支援をしましょう」
「もちろん」
レイは感染者を隔離するための建物や物資の手配を行った。
あまりの忙しさに離宮へ村から数名がお礼をしたいと訪ねてきて、オリビアがその対応をしたことに気づかなかった。
コンコン……
「オリビア、咳が出るの? 熱は?」
ここ最近オリビアの様子がおかしい。
レイと寝室を別にし、双子の世話も乳母たちに任せていた。
「大丈夫よ。いつもの風邪だわ」
「ブリジットに診察してもらった?」
「ブリジットは寝る間も惜しんで働いているわ」
「ダメだ。すぐ診てもらうよ」
いつもはオリビアに甘いレイもここは引かない。
「オリビアを隔離しましょう」
隔離といっても同じ離宮の中で、双子の部屋から遠く離れた部屋があてられた。
日に何度もレイが様子を見に来る。
「レイに感染したら嫌よ。大丈夫、ブリジットたちの薬が効いてるからすぐ良くなるわ」
青白い顔をしたオリビアがレイの入室を拒む。
「僕は鍛えた騎士だから頑丈だよ。それよりオリビアの顔が見れなきゃ死んじゃうよ」
「困った人ね」
オリビアが泣きじゃくる。
レイはその夜から強引にオリビアと同じベッドを使うようになった。
ブリジット達の懸命な努力で村の感染者も回復に向かい、新たな死者も感染者も出なかった。
しかし、半月が過ぎてもオリビアは回復しない。
やせ細っていくオリビアにレイは焦り始めた。
オリビアが寝ている時間、レイは調薬室にこもり、薬を作りつづけた。
……なかなか効果が出ない。
「コンコン……」
明け方咳き込むオリビアの背をなぜた。
「苦しい? 待ってて」
部屋を出ていったレイは、トレイにポットとカップをのせて戻ってきた。
「僕らの記念日のお茶だよ」
「あら。今日は何の記念日かしら」
「初めて喧嘩した記念日かな」
「ふふ。そんな記念日あったかしら」
オリビアが久しぶりに声を出して笑った。
出会った頃のように無邪気で、相変わらず妖精のようなオリビア。
今はなぜか、いつもより幼く見えた。
レイが淹れたのは、マロウブルー。
夜明けのハーブ。
お湯を注ぐと水色が変わる。
青く染まり、レモンを加えると紫からピンクへと色を変えていく不思議なお茶。
茶葉を専門に扱う店でそれを見つけ、二人にとって、記念日には欠かせないお茶になった。
「咳にも効くらしいよ。大好きな蜂蜜もたくさん入れて一緒に飲もう」
カップに注いで、オリビアへ渡す。
「綺麗で、甘くて温かい」
まるであなたのようね。
私、レイに何回恋に落ちたのかしら。
いつもそうだ。レイは私を一番に考えてくれる。
その時、かすかに子どもの泣き声が聞こえた。
「テラスの扉をあけて。あの声はルーね」
レイがテラスへ続く扉をあけ放った。
「ララ……お目めを閉じてわたしの愛し子…
…ステキな夢をみれますように……
ララ……朝にはかわいい笑顔をみせて……」
遠く離れた部屋にいるルーカスをあやすように歌うオリビア。
「もうすぐアナも目を覚ますわね。お腹すいてるのかしら、寒いのかしら」
母の顔に戻っていた。
「レイ大好きよ。レイに恋して、奥さんになって、母親になれた」
「これからもずっと一緒だよ」
レイに細い腕を伸ばすオリビア。
抱き上げテラスにでた。
夜明けの空は刻々と色をかえていく。
「今日はレイが初めて子どもたちに子守歌を歌う記念日になるわ。明日はそうね、レイがひとりでふたり同時に寝かしつけ成功記念日になるかも」
「オリビア愛してる」
「レイ笑って。笑った顔が一番好きよ」
笑おうとしたが、どうもうまくいかない。
「何だか眠いわ」
「僕も一緒に眠っていいかな?」
「ダメよ。アナが目を覚ましたらあやしてちょうだい」
口元に笑みを浮かべ、オリビアは目を閉じた。
レイはオリビアに何度も口づけし、その体を抱きしめ続けた。
たしかアナの泣き声が聞こえて、オリビアをそっとベッドにおろした。
どう歩いたのか記憶もないまま、客室で休んでいるブリジットに声をかけ、子ども部屋に行った。
目を覚ましたアナベルを抱き上げ、ルーカスの眠るベッドの横に座る。
「お母様は、眠り姫になっちゃった……」
レイが小さな声で歌う。
「……ララ……お目めを閉じてわたしの愛し子……ステキな夢をみれますように……
ララ……朝にはかわいい笑顔をみせて……」




