第十一話『樹の悩み』
第十一話です。よろしくお願いします。
さて、気を取り直して設営、設営。そう思い直し、設営に使えそうな人員に声を掛ける。
「樹! 望! 設営をしたい! 指示を出すからこっちに来てくれ!」
呼びかけられてこちらに来る二人。その内の一方、ミルクティーベージュの短髪をふわりと巻いている少女が開口一番、自分を呼び出したことに対して物言いをつける。
「なんで、私なのよ。力仕事なら隼でいいんじゃないの?」
隼より力あるじゃん。という率直な感想兼返答は、あまりにもデリカシーがなさすぎるので、心の中にしまっておこう。
「今、何か失礼なこと考えなかった?」
おっと、勘づかれたか。女の勘ってやつか? 鋭いな。
「いや、そんなことないよ」
「…………」
胸ぐらを掴まれ、引っ張られて、視点がガクッと引き下げられる。
ひな人形のように小さな面積に綺麗にまとまり整った顔が至近距離に迫り、卵型の大きな目が半分閉じられ、じとーっとした視線が俺の眼球に突き刺さる。
五秒間ほどその状態に耐えると、許してくれたようで、「まぁ、いいわ」と小声でつぶやきながら離れてくれた。
「望を呼んだ本当の理由は、連携力にあるんだ」
「連携力?」
呆けたような顔をして、コテンと首を傾げる望。
「そう、連携力。テントやターフの設営は確かに一人で行うこともできる。だが、それを円滑な連携を取れる人間二人で行うと、その半分の時間、否それ以上に短い時間で完遂させることができる。だから、隼ではなく、こういう手の知識が豊富で手際のいい樹と素晴らしい連携を取ることができる望を選んだんだ」
「ふ~ん、なるほど」
顎に手を当て、少し目を伏せ、望は考えるそぶりを見せる。さて、どうだ?
「樹。やるわよ」
二・三秒たった後、顎に当てていた手を腰に当て、お嬢様はそう宣言する。納得してくれたようだ。よかった。
本当の理由は、隼が調理方面に長けているのに対して、望お嬢様のそっち方面の腕が……、うん……、だったからというのは、黙っておこう。
え、ちょっ、お嬢様? なんでそんなに睨んでるんです? い、いや、別に、お嬢様を呼んだ理由は、樹との強い連携力ですよ、連携力。まっさか~、それ以外の理由があるわけないじゃないですか~。HAHAHAHAHAHA!
「で、何をすればいいの?」
呆れたような顔をしながら、望は俺に指示を仰ぐ。
「そうだなぁ……。機材と工具はもう運び込んでおいたから、俺の指定する位置に指定したものを設置してほしい。場所はブルーシートで示すから、その上にテントやらターフやらを立ててくれ。何を建てるのかの指定はこれで行う」
ターフが入っている袋とテントが入っている袋を漁り、その中に入っている小さな袋の中からそれぞれ一本ずつ金属製の細い棒を取り出し、二人に見せる。棒の形状は片方の端が尖っていて、もう片方の端がくの字型に折れ曲がっている。
「なにこれ?」
「これはペグって言ってな、テントとかターフを固定するために地面に打ち付ける金具なんだ」
「へ~~~」
「で、この二本何かが違います。何が違うでしょう?」
「え、何が違うの? 長さは同じぐらいよね。材質はどうなのかしら? 手に持ってみてもいい?」
「どうぞ」
二本のペグを望に手渡す。ペグを受け取った望は、その二本の金属棒をまじまじと眺めたり、一本ずつ持って手を上下させて重さを確かめたりして、二本のペグにある違いを探し、導き出された答えを口にする。
「太さと重さ! 太さと重さが違うわ!」
「正解! で、今回は太くて重い方をテントに使って、もう一つの方をターフに使う」
「で、ペグの違いによって何を建てるのかを指定するってことね」
「そうそう。そうゆうこと」
「わかったわ! 早速やるわよ、樹」
飛び付くように機材が置いてある所へと走り寄った望は機材等が入った袋を漁り始める。お転婆娘っていう言葉がぴったりとあてはまるよなぁ~、このお嬢様。
「お嬢。あなたの仕事は梟さんが場所を決めた後なので、大人しくしてください」
その一言によって、回し車の中を走るハムスターのようにせわしなく動いていた望の動きがピタリと止まる。さすが、保護者。
「それと、自分は梟さんと場所決めをしに行ってくるので、帰ってくるまでそこで待っていてください」
「ん? 付いてくるの?」
てっきり、ずっと望の御守りをする気かと思っていたから驚いた。
「あ、嫌でした?」
「嫌じゃないよ。むしろ、助かるしありがたい」
「そうですか。それならよかったです」
人当たりのいい笑みを浮かべる樹。
「ほんじゃ、いこっか」
樹の笑みに対して俺も笑みを返した後、体を翻し森の方へと歩み出す。
樹が後ろをしっかりと付いてきているかどうかを“眼”を使って探りながら、森を進む。
“眼”を起動した際に“まぁ~た、無駄遣いして~”と子供を叱るおかんのような声が聞こえてきた気がするが多分気のせいだろう。
森の中を歩いて三、四分。少し開けた場所に出た。周りは木々に囲まれていて、ここなら海からくる強い風にテントやターフが飛ばされる心配もなさそうだ。
「ここにしよう」
「いいですね。地面も平坦で程よく柔らかい。これは設営しやすそうですね」
早速、背負ってきたリュックサックの中からブルーシートを取り出し、二人で広げていく。もちろん、その上に目印となるペグを忘れずに置いておく。
一連の作業を終えてグータッチを交わした後、俺は先ほどから気になっていたことを樹に問いかける。
「樹。なんか俺に聞きたい、もしくは話したいことがあるんじゃないのか?」
驚いた顔をする樹。しかし、すぐに元の表情に戻り、フッと笑みをこぼす。
「そうですね。聞いてもいいですか?」
もちろん。俺がうなずくのを見て、樹は話し始める。
「二週間前、侵入者の男と戦ったとき自分痛感したことがありまして」
少し樹の表情が曇る。
「じ、自分って本当に弱いんだなって」
その言葉を言い切った後、樹は自らの唇を、自らを戒めるかのように強く噛む。
「あの場にいて、お嬢のそばにいて、お嬢を守れなかった……。守ることができる強さが自分になかった」
奥から零れ出そうになるものをグッとこらえながら話を続ける。
「こんな事初めてですよ。今まで戦ってきて、八年前の事件を生き延びて、その先の八年を生き抜いてきて」
こらえたものの溢れ出てきてしまったモノを服の裾でぬぐい取る。
「それで、悩んで、悩んで、悩んだ結果、強くなればいいという解決法とお嬢と二人で逃げればいいという解決法が浮かんで、浮かんでしまって……」
お嬢と二人で逃げてしまいたい。誰にも邪魔されず、平穏に暮らせる場所へと。それが自分の、俺の本心で、本当に選び取りたい選択肢。
「でも、後者の選択肢を自分が選んでお嬢を巻き込むことは、今の日本の情勢、世界の情勢、自分たちの立場、その他諸々、今自分たちを取り巻いているたくさんのことが許してはくれない。だから、自分は強くなるしかない……。そう、隊長や副隊長ぐらいに。でも……」
感情の昂ぶりに呼応するように自分の拳が固く強く握りこまれていくのを感じながら、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「でも最近、いくら鍛えても自分が強くなる実感が得られなくて……。そんな今の自分では、彼や彼女のように強くはなれない……、そう思ったんです」
葛藤に似た葛藤とは違うような、数秒後には葛藤だと断言してしまうような感情が心の中に渦巻く。
「だからっ‼」
次の言葉は聞いてほしい相手にしっかりと聞こえるように、相手から答えをもらえるように、その答えによって自分が成長できるように、顔を上げ、相手の瞳に視線を直接ぶつけるように、正面から梟のことを見据える。
「だから、教えてほしいんです。自分に何が足りないのか。あの二人と同じような強さを手に入れるために何が必要なのか。強くなるためには何をすればいいのかを」
何をすれば、どんなことがあったとしてもお嬢を守り通すことができるのかを。
「副隊長と隊長。自分が欲しい強さを持つあの二人はいつも特有の雰囲気を漂わせています。二週間前に戦った大男もそれと同じものを漂わせていました。そして、あなたもまた……」
貴方自身は自覚がないようですが……。
「お願いします。自分に、もう一つ上の段階に至る方法をご教授頂けませんでしょうか?」
深く深く頭を下げる。頭を下げること数秒。
「あのな、樹」
教えを願った相手からの返答が来た。しかし、その声は自信なさげに震えているような気がする……。
「すまんが、俺には隊長や副隊長のような強さはない。だから、非常に言いにくいんだけど……、お前が俺に感じたソレは多分勘違いだ」
勘違い……? そんなわけがない。じゃあ、今もあなたの周りを漂うように揺らいでいるその気迫のような何か、隊長たちも同じように纏っているその何か。私の目に見えるその何か(・)は何だというのか。ただ、貴方はそれを自覚していないだけ。だから、だから……。いや、勘違いなのか? 俺が勝手に妄想しているだけなのか? それを手に入れれば強くなれると、近道を勝手に作っているだけなのか?
「けどな、一つ……、いや二つかな? 二つだけ俺から言えることがある。だから、頭を上げて聞いてくれると嬉しいな」
?
何が梟の口から語られるのか? 疑問と若干の戸惑い、そしてほんの少しの期待を乗せ、深く下げていた頭を上げて梟と目線を合わせる。
「まずは一つ目。これは、俺が確信を持って言えることだ」
梟がこれから言うであろう自分に対しての助言を一言一句聞き漏らさないように耳をそばだてる。
「自分に何かが足りないと気付き、その何かを持っているかもしれない人に教えを乞う。その気づき、教えを乞うという行動。それができている時点で、樹は以前の樹より一歩先に進んでいる」
ここまで言い切って一息つき、口をつぐみ、一拍置いて開いた彼の口は震えていた。まるで、溢れ出そうになる感情を抑えるかのように……。
「強くなったとは言わない。軽々しく言えるものじゃないからな」
対面する顔面に優しい笑みが浮かぶ。
「そして、二つ目。これは……、なぜか知らないけどこれは言うべきことだと思ったから言わせてもらう」
首の後ろに手を持っていき、うなじあたりをさすりながら、梟は次の言葉を口にする。
「思いを乗せるんだ。すべてに思いを。守るために強くならなくてはという思いではなく、大切な人を必ず守るという純粋な思いを……」
そう語る彼の表情は先ほどまでと変わらない。優しいもの。の、はずなのだが……。
「まぁ、八年しか生きてない俺からの助言だ。二つ目なんかに関しては、お節介だと思って流してもらっても構わない」
何かが奥の方に詰まっているときに流れにくくなっている排水溝のような……、
「さぁ、望を呼びに行こう。さっさと終わらせて、他の作業も手伝いにいこうぜ」
そんな違和感が……。
「ほら、行くぞ!」
少し離れたところから声がかかる。考え込むのに思ったより時間を費やしてしまったようだ。
「はい!」
彼の元へ駆け寄る。
あ、感じた(そんな)違和感を考えるよりか前にすべきことがあった。
「話を聞いてくださり、ありがとうございます」
「いいってことよ。てか、役に立つような返答が出来なくてごめんな?」
「いえいえ、とても役に立ったというか、救われました」
とても参考になったのも、救われたのも本当のことだ。
すべてに思いを乗せるという発想は自分にはないものだったし、試してみたいものだった。
そして、気づく、行動する、その二つができている時点ですでに先に進めているという言葉は、何をやっても先に進めない、先が見えないといった自分の不安感を取り除いてくれた。
それよりも……、いや、考えるのは辞めといたほうが良さそうだ。
「本当か? まぁ、お世辞だとしてもうれしいね」
「お世辞じゃないですよ。さ、行きましょう!」
先ほどまでの重い話とは対照的な軽い足取りで二人は来た道を戻っていく。
読んでいただきありがとうございます。
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