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【98本目】パットン大戦車軍団(1970年・米)

 主演のジョージ・C・スコットが主演男優賞のオスカー辞退したのが政治的意図とかじゃなくてそもそもこういう賞レース嫌いな人だったからってエピソード、何だったらほほえましい。




【感想】


 1960年代後半から1970年代中盤にかけて、ハリウッドではアメリカン・ニューシネマが流行していました。


 アメリカン・ニューシネマの大きな特徴は、【英雄的な物語の否定】にありました。体制側の保安官や米軍将校がならず者やナチス兵をやっつける従来の映画に対して、反体制側の若者や強盗が保安官や警察相手に暴れまわり、やがて悲劇的に散る、という物語です。




 そんなニューシネマ全盛期のアカデミー賞の受賞リストを見たところ、1970年に、【パットン大戦車軍団】とかいう、ゴリゴリの戦争映画が作品賞を受賞してるじゃないですか。第二次大戦で戦果を挙げた将軍の名前を冠したタイトルからして【グリーン・ベレー】(ベトナム戦争をテーマにした戦意高揚映画。総スカンを食らった)的な愛国映画っぽいな、こんなタイトルの映画がこの時代にアカデミー作品賞獲るってどういうこと……?とか思い、興味深くなって視聴しました。


 戦史に疎い僕でも名前知ってるくらいのメジャー米国軍人の人生を題材にしたこの映画は、少し前に【猿の惑星】をヒットさせていたフランクリン・J・シャフナーが監督を務めており、この映画の上映から程なくして【ゴッドファーザー】を大ヒットさせるフランシス・フォード・コッポラが脚本を手掛けています。つまり、クオリティ的には心配せずにみられる作品のはず、と視聴前にはぼんやり思ってました。


 


 で早速見始めたのですが、まずオープニングロゴもなしにいきなり突然でかい星条旗をバックに、ジョージ・C・スコット演じる老人将校が演説で「アメリカ人は勝者を好み、敗者を容赦しない」とか「個人の権利がどうのと新聞に書いとるやつは、戦争の実際がまるでわかっとらん」とか明らかにヤバめだし時代に合わない発言を繰り出してるんです。そのシーン見た時点で僕は、あれ、まさかマジで【グリーン・ベレー】の二の舞の映画かな?と思ったんです。


 ですが問題は、その直後でした。チュニジアの戦地で、米軍の兵士たちの死体がゴロゴロ転がってる(しかも衣服や持ち物を原住民にパクられる)映像が挿入されるではありませんか。


 戦場に生きる兵士の勇姿をたたえておいて、直後に戦争の悲惨さを表現した描写が挿入されるという演出に、あれ、何かおかしいな? という思いが頭をよぎります。




 で、北アフリカ戦線に物語はパットンが着任するシーンから始まるのですが、着任するなりパットンはいきなり「戦争神経症は腰抜けが病気のフリしてるだけだから病院から追い出せ!!」という当時でだってありえないだろ、というレベルの体育会風(否体育会系)鬼隊長ぶりを見せてきます。


 え、こんな人が主人公なの!?正気?と、どういう視点で見ればいいのか迷っていたところ、続くシーンでパットン将軍の口から【自分はローマ人とカルタゴ人の戦いに居合わせていた】とかいう電波発言が飛び出します(その後も【18世紀に生きてた】【ナポレオンのロシア遠征は寒かった】などの発言が)。




 やがて中盤くらいになってナチ将校の口から、婚約者を車に乗せてる男性を強姦魔と勘違いして銃を突きつけるというエピソードと共に、【彼は商人からドルネシアを救うドン・キホーテです】【彼は現代に迷い込んだロマンの騎士です】というセリフが飛び出し、パットンがただの昔気質の鬼将校だった、とかじゃなくて、ただただシンプルに異常者であったことがこの辺から発覚していきます。




 異常者ぶりが露わになった後のパットンは、ヤバい言動を益々エスカレートさせていきます。英国軍に先回ってシチリアで戦果を挙げたいがために強引な進撃を実行する、そのために友軍まで巻き込む、極めつけにPTSD兵士へのパワハラ。その結果、遂にアイク(アイゼンハワー)からお叱りを受けて指揮官の地位をはく奪されることになります。




 その後の後半で、パットンは軍内で囮任務を任されたりして、明らかに厄介者扱いされることになります。


 なのに彼ときたら、戦争終わる前に戦果を挙げたい!!と戦友の前で駄々をこねたり、終戦直後にはどうせすぐ戦うんだからソ連の顔色をうかがうなと発言したり、全く反省することなく戦争異常者丸出しの言動を繰り返します。


 結局、彼が戦争根性をはっきり反省することは最後までありませんでした。


 (最後のモノローグでちょっとだけ反省がほのめかされてる?という程度)




 まあつまり、戦争で戦果を挙げた英雄なんて、つまるところ戦場の辛さを知らずにいられるだけの異常者だし、戦果のために部下まで巻き込むサイコ野郎なんだという、英雄と称される人物の一側面をリアルに描写した作品なんですこの映画。そう考えると、冒頭の演説シーンも一種の痛烈な皮肉に見えてきます。


 人によって見方の変わる映画なのかもしれませんが、僕の目にはアメリカン・ニューシネマとは違うアプローチながら、ある種のアンチ・ヒーロー映画である、という風に映りました。




【好きなシーン】


 それなりに迫力のある戦闘シーンとかも見どころですが、すごい歪だなって思うのは、パットンが戦争大好きと言っている割に、彼自身が戦闘に参加している描写がほとんどないんですよ。せいぜい後方で指揮をとったりしてるくらいで。




 現代戦では上官がすぐ死ぬわけにもいかないし当然といえば当然なんですが、今作ではびっくりするぐらい【戦場に出る兵卒、出ないパットン】という構図が強調されています。


 傷だらけの兵士がボロボロになりながら道を歩いてる横を部下の運転するジープに座って移動してるパットン、米軍兵士やナチ兵士の死屍累々とした光景を無傷でポエム詠みながら眺めてるパットン、といった感じで。




 【映像の世紀】第2集のラストでチャーチルの【これからの英雄は、アレクサンダーやナポレオンのように兵士たちと危険を分かち合うことなく、安全な事務室に座る】(要約)という発言があるのですが、戦大好きでありながら常に安全な立場に居座っているパットンの姿は、歴史上の英雄たちの時代にはなかった、現代戦の孕むどうしようもない闇を表していましたと思いますね。

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