雨が降り出す
足元が危うい。
前からも後ろからも「きゃっ」とか「ひゃっ!」とか「ふえっ!」とか「ぅおっっ」とか聞こえる。私も「あ」と思った時にはもう足が滑っていて、慌ててすぐそばに張り出していた木の枝を掴んだ。と思ったのに片腕をウエダが後ろから掴んでくれて、尻もちをつくのを防いでくれた。
「…ごめん」と慌てて言う。「ありがとう。びっくりした」
「ちゃんと足元見とけよ」
「いや、見てたんだけど…」
そうこうするうちに沢の少し開けた所にたどり着く。小さなせせらぎが途中広くなってぬかるみをつくり、また流れになっているような所。
ここでもまた点呼だ。
水本に1班から順番に確認されて、最後に私たちの6班だ。
「ジュン?」と水本に呼ばれる。
ちょいちょいと手招きされてそばに寄ると、「なんでタケノシタのメモ見ないの?」と聞かれた。
驚いて返事が出来ない。
水本がニヤつきながら言う。「いつ見るかいつ見るかって気にしてたからユウが」
パッとウエダの方を見てしまうとウエダが舌打ちした。
こそこそと水本に言う。「見てたんですか?ていうかウエダ君も知ってるんですか?」
「見てたよそりゃ。オレは担任だから」
思い切り怪訝な顔をしてしまう。
「いつ見るの?」と普通に聞いてくる水本。「気になってんでしょ?」
返事が出来ずに無言で担任を睨みながら首を振る。
「まぁな。そりゃ秘密だよな。よし、行ってよし」
何が行ってよしだ。例え目撃してたってそこはほっといてくれるのが大人の対応なんじゃないの?
が、周りが嫌にざわついている。みんなが見ている方を私も見ると、せせらぎの向こうの苔むした岩かげから白い服の…施設長?
施設長が来ていたのは白い服ではなくて、青白い長めの合羽だった。
「やっぱねぇ」と世間話をするように施設長が言う。「もうそろそろ雨振りますね。みんなもここらへんで合羽を出して着ておきましょう」
ザワザワザワザワ…
ガサガサと合羽を取り出す生徒たちと折り畳み傘を出す生徒たち。そして何も出さない子たち。
「あ~…」と大きなため息をつくように施設長が言った。「山の合宿に来る時には、例え良い天候が保障されているような時、所であっても、携帯の雨具を持ってくるのは当然の事ですよ。山の合宿、舐めてますねぇ」
ザワザワザワザワ…
「そんな事ではね、森から出られませんよ?」
ザワザワザワザワザワ…
「しかもこういったオリエンテーリングぽいものが予定されてる時はなおさらね。合羽が正解です。てか、合羽しかないじゃん!て事ですよ。傘はちょっとね。山歩きには適さないかな。はいじゃあ合羽ない人取りに来て」
どこから運んで来ていたのか大量のゴミ袋が出され、合羽を持たない子たちはそのゴミ袋を縦斜めに切りこんで、ポンチョのように首に巻く。
うちの6班で合羽を持ってきていないのはカリヤさんだけだった。
なんか可哀そう…普段可愛い感じを前面に出しているだけにゴミ袋ポンチョが全く似合わない。しかもウエダの前でなんて…
「はい、そっち貸して」とカリヤさんに、リュックから出してまさに着用しようとしていた合羽を差し出すタケノシタ君。
「ほら!ちょっと大きいけど」
「貸してくれるの?タケノシタ君のレインコート」小さい、消えそうな声で聞くカリヤさん。
「合羽な!」と言い直すタケノシタ君。「まぁ男だったらほっとくけどさ、女子一人、自分の班でゴミ袋とかちょっとね…なんか可哀そうだからしょうがないっていうか。まぁオレのじゃアレかもしれないけど」
カリヤさんが目をキラキラさせウエダをチラチラ見ながらタケノシタ君に言う。
「ほんとにごめん、タケノシタ君。ありがとう。私傘は持ってきてるんだけど、レインコート考えてなくて」
「合羽な!しおりにも書いてあったじゃん。まぁほんとならウエダに借りたいんだろうけどさ、仕方ないじゃん」
…いいなぁカリヤさん…タケノシタ君にそんな事言ってもらえて。タケノシタ君が言うと嫌味にもからかいにも聞こえない所が凄い。しかもタケノシタ君の合羽着れるとか…
私が忘れてたら貸してくれてたかな…
ますます気になるな!渡されたメモが。どんな内容でも早く見たい。
また歩き始め、私は心を決める。
よしもう見ちゃえ。
合羽をめくってジャージのズボンのポケットを探りメモを取り出す。
『彼女からメールがあった。また仲良くしたいって』
…あ~~~~。
やっぱね!と思う。そんなこったろうと思ってた。はいはい想像してましたってそういう感じ。
あ~でもショック…そんな事だろうなとは思いながらもやっぱりショック。他の、もっと自分が嬉しくなるような事も想像してたから。『カミバヤシの事が気になってる』とかね。『カミバヤシの番号教えて』とかね。『カミバヤシの事が好きでたまらない。今すぐ付き合おう』とかね。ないよねそんな話。
ないよね、と思いながら心の中でとめどなく舌打ちするゲスい私だ。
そしてメモは続く。『また仲良くしたい気持ちが残ってるのが半分。自分勝手なメールにムカついてるのも半分』
なんじゃそりゃ…乙女か!
私より可愛い字でそんな事書きやがって。
ゲスいと反省したそばからまた心の中で舌打ちをする。
私のどんな答えを待ってるんだ?ぐちゃっとメモを丸めてまたジャージのズボンのポケットにしまった。
「カミバヤシ!」
後ろから急に手首を掴まれてびっくりする。
掴んだウエダが言った。「合羽の裾めくれてるから」
「…あ…あ~…ありがとう」
パタパタと直す。
そして出発。第2展望台へ。今度はまた登りの道だ。
パサパサと周り中から合羽のすれる音。
私の前を歩いていたカリヤさんがパッと振り向き、極上の笑顔を向けて、後ろにいるタケノシタ君に言った。
「ありがとう!タケノシタ君!ほんとに貸してもらえて良かった」
タケノシタ君がゴミ袋ポンチョから少し手を出して大丈夫っていうジェスチャーで答える。
私に渡して来たメモは乙女な感じだったのに、こういうところは頼りがいがある感じだし、タケノシタ君、本当はどういう人なんだろう。ギャップがあっていいのかもしれないけど…




