悪癖持ち令嬢の呟き2
ごきげんよう。イネスです。
フェリックスと離縁した私を公爵家は歓迎してくれました。
離縁のお祝いパーティーをされる貴族令嬢は稀有でしょう。
爽やかな色のドレスに豪華な装飾品、会場に負けない優美な装いを身に着けたのは久しぶりです。
「おかえり。イネスの美しさを堪能できるドレスは久しぶりだ」
「おかえり、イネス。脆く、妻の心を手に入れられない男にうちは勿体ないわ」
「イネスが流行らせたドレスのおかげで、うちはさらに潤った。麗しき妹よ、新たな流行を開拓しないか?」
公爵邸で家族と情報交換しながら、久しぶりの賑やかな時間を楽しみました。
公爵令嬢に戻った私には求婚状がたくさん届いています。
求婚状にはなぜか元夫からのものもありましたが、公爵家に利はないので廃棄されました。
私への求婚という貴公子の流行に乗りたいだけの浅はかなフェリックスが気まずくないように、顔を合わせないようにしてあげました。
社交界に復帰したフェリックスは眺めるだけなら、容姿端麗で優しい貴公子なので妻になりたいご令嬢は多いので、より取り見取りですね。
次の縁談相手はフェリックスとは正反対の成り上がり伯爵位を下賜されたばかりの伯爵でした。
伯爵家と公爵家では家格がだいぶ違いますが、新たに流行を作る伯爵の才能はお父様の関心を引きました。
才能がある伯爵家と歴史と技術のあるうちが手を組み、大きな利が生まれるとお父様は楽しそうにこの縁談を決めました。前回の縁談は宰相として守りのためでしたが、今回は公爵家のためですから攻めですね。
フェリックスの時とは違い、今回はお見合いの席を設けられました。
縁談相手の伯爵のワイアット様は大きな花束を自ら持っていました。
「この度は機会をいただきありがとうございます。イネス様、どうか、私の妻になってください。イネス様に相応しくなるために、どんなことでも致します」
跪き、花束を差し出したワイアット様から花束を受け取りました。
もともと断るつもりはなかったので、笑顔で返事をし、婚約してすぐに婚儀の準備を始めました。
「美しい。どのドレスも似合います。全てを買いましょう」
「ワイアット様、ウェディングドレスは一着で構いません」
私のことを称賛してやまない婚約者との婚儀は滞りなく終わりました。
初夜を迎えるだろう夜に真っ赤な顔のワイアット様は夜着の私の前に跪きました。
「私がイネス様に相応しいと認められるまで、真の夫婦となろうなどと、身の程知らずな申し出は致しません。でも、部屋を別にするのは外聞が悪くなりますので、決して手出ししませんので、同じ寝室を使うことをお許しください」
二人目の夫は最初の夫とは正反対です。
初夜に夢も希望も抱いていない私はワイアット様の言葉に頷き、同じベッドで眠りました。
「目覚めて最初に美しいイネス様を見られるなんて、私は世界一の幸せものです」
幸せそうに笑うワイアット様の私を見つめる瞳は感情豊かです。
崇拝のような色もあり、常に一緒に行動することを望まれたので、教育には困りませんでした。
ワイアット様は価値あるものを見つける先見の明に優れていますが、生かすための手腕が未熟です。
ですが向上心の塊で努力家でもありますので、ぐんぐんと成長していきます。
「イネス様の側近は素晴らしい。私の家臣達に教えてくださる寛大な心も主譲りですね。心ばかりで申し訳ないですが給金を上げましょう」
「お待ちください。財政の立て直しが先決です。お気持ちだけありがたくいただきます」
ワイアット様と夫婦になり半年後には領地の畑が虫に襲われ、飢饉に襲われましたが無事に立て直しました。
飢饉を起こした虫避けの方法を襲われた領地を立て直しながら、見つけ出したワイアット様にお父様は感心され、国王陛下は喜ばれました。そして国益も上げ、異例の速さで侯爵位を授かりました。
侯爵になった夜にワイアット様は真っ赤な顔で言いました。
「手を繋いで眠ってもいいですか?」
「はい」
同じベッドで手を繋いで眠るだけなのに、なぜか緊張しました。
いつも手袋越しなので、他人の肌の温もりに慣れていないからでしょう。
成り上がりの侯爵家に平穏な時が流れるようになりました。
「ワイアット様も成長されましたし、私がいなくても安泰ですね」
嫁いだ頃より豪華になった朝食後のお茶を楽しんでいると、ワイアット様が立ち上がり、私の前に跪きました。
「触れてもいいですか?」
「はい」
私の言葉に嬉しそうに笑ったワイアット様は私の手を握りました。
「イネス様がいらっしゃらないと私の心は嵐に襲われ、うちは没落し、公爵家への恩も返せません」
「え?」
「私は当主としての器がありません。イネス様に相応しくあろうと、必死に取り繕っているだけです。イネス様が私の妻でいてくださるなら、相応しくあるために死に物狂いで励みます。美しいイネス様を狙う者に負けないようにさらに力をつけます。だから、どうか私を捨てないでください」
ワイアット様は生徒としては満点ですが、侯爵夫人はイージーモードではありません。
歴史のない侯爵家を妬む者、私へ求婚した方々も含め侯爵家を没落させようと様々な策略を披露されます。
「イネス、戻ってきてくれないか。今度こそ夫として、大事にすると約束する」
「答えは変わりません」
「僕はずっと、君が好きで、君と一緒にいるとうまく言葉がでなくて、それでも……」
「私と一緒ですと侯爵として相応しく振舞えないならやはり、離縁は賢明な判断でしたわ」
「イネス様、こちらでしたか」
「そんな男より僕の方が相応しい!!」
「私はどんなときも爵位に相応しい振舞いをする努力をする方を好ましいと思っていますの。それに私達の言葉は重いでしょう?一度口にした言葉を軽んじる者を」
「宝を手に入れたのに気づかず、感傷に酔い、失ってから足掻くのは惨めですよ。宝を手に入れるために死に物狂いになりたい気持ちはわかりますが、傷つけ、大事にしなかった過去は消えません。イネス様なら傷に寄り添い、絆を深めてくれるなんて、妄想と現実の区別もつかないとは……。せめてイネス様の黒歴史にならないような侯爵になり、節度ある付き合いを許してくださるイネス様に感謝し、それ以上は望みすぎです」
「傷ついていませんが、」
「たった一人でイネス様が向けられるべきでないものに立ち向かわれたお姿に感服致します。でも、私は悲しそうに微笑まれるより、自信満々に微笑まれる―――」
フェリックスをワイアット様が嘲笑いました。
ワイアット様は人を貶めることはほとんどありませんが、最近は嘲笑うことを覚えました。
私の影響でしょうか?
生まれてからずっと侯爵になるように育てられたのに、侯爵らしくない醜態を晒すフェリックスと違い、自らの力で成り上がり、常に品位ある振舞いをするように努力し、侯爵らしく振舞うワイアット様。
ワイアット様に手を伸ばすと、フェリックスとの言い合いをやめ、私の手を優しく包みエスコートする姿は紳士としても満点です。
***
帰宅した公爵邸では、プライベートなお茶会であり情報交換会が開かれていました。
「イネスお姉様は二度目の結婚をしたのに、いまだに離縁に向けて求婚状が届くなんて、愉快なこと」
「娯楽好きな方が多いのかしら……」
「イネスお姉様は姉妹で一番人気なのに、気付かないのよねぇ。恋愛に関してはポンコツ、かつ飽き性だから、ある意味一番難攻不落。子供の頃に王子様の初恋を木っ端みじんに砕いて、婚約者候補のご令嬢との仲を取り持つ残酷さ。捕まえておきたい男は必死よねぇ」
「貴方達の妄想の花畑は今日も健在ですわね」
「今のワイアット義兄様なら、仕掛けられる罠を回避できるのに、お姉様と刺激的な日々を送るためにあえて受けられるのよねぇ。まぁ、夫婦で倍返しにし、さらに利益を上げる腕には一層磨きがかかりましたけど」
「離縁を期待するなら、放っておけばいいのに、バカだよなぁ。その刺激が夫婦の絆を深め、イネスの飽き性という癖を封じているのに」
「フェリックスもワイアットも切磋琢磨し、国庫も潤い陛下も満足している」
「まぁ侯爵家が没落しても、成り代われるようにイネスが整えましたから、旦那様も鼻高々でしょう」
久々に家族との有意義な時間を楽しみ、侯爵邸に帰るとワイアット様と娘がお茶会をしていました。
ワイアット様と娘の盛り上がっている会話に心から驚きました。
「イネス様への求婚の権利を得るには義父上達から課題が出され、気付いたら伯爵になっていました」
「口を挟んで、申し訳ありませんが、その課題という名の無理難題は遠回しのお断りですわ」
「イネス様なら大歓迎です。おかえりなさいませ」
「お母様、おかえりなさいませ。お父様、続きを教えて」
「結婚式も挙げない、イネス様に執務を丸投げする、蔑ろにしかしない男に嫁がされた時は酒場が荒れました。ただ引きこもりの軟弱な侯爵は長生きしないだろうと店主に慰められ、義父上からのクリアできていない課題に励み、求婚の権利を手に入れました」
「真似してはいけませんよ。これは博打ですからね。賭け金が命の商談は絶対に手を出してはいけませんよ」
「イネス様の価値を考えれば、チャンスを頂けるだけでも、身に余る幸運ですよ」
「お母様、お父様はお母様に叱られてばかりだけど、駄目なの?好きなタイプじゃないの?」
「叱るのは期待しているからですよ。駄目な方や嫌いな方の相手にしません。貴方のお父様はどんなことからも、逃げずに向き合う誠実で真面目な方よ。国宝級の根気強さの持ち主よ。もしかしたら、この素直な人柄で詐欺に遭わず、成り上がった運の良さもあるかしら……」
「美しい妻と結ばれ、大切な家族を得た最高の運の持ち主でしょう。貴方達を守るためなら、手段は選びません」
「選んでくださいませ」
「イネス様が見張ってください。私はイネス様がいないと駄目な男ですから」
「叔母上が出版した物語のモデルはお母様でしょ?難題を与えて、愛を証明してくれた人と結婚するって言ったのに、誰とも結婚しないで故郷に帰ってしまったお姫様のお話」
「機会を得たのに、愛を証明できず、敗れた男は捨てられて当然ですよ。それに一度の愛の証明ではなく、ずっと証明し続けないと逃げられてしまうものですよ。愛する人と手を繋ぎ続けるためには、」
「愛の証明のために命を懸けさせるようなお願いをする心根の悪い方との付き合いはやめなさいという教訓に気付いてほしいのですが……お断りもきちんと見抜けるようになりましょうね。まぁ、まだ貴女は子供ですから、ゆっくり学びましょう」
飽き性かはわかりませんが、お父様や陛下の命がないので、わざわざ離縁する理由はありません。
人は完璧ではありませんので、生徒としては満点の夫が卒業しないように、色々謀をしているのは、何も言いません。
計画通りに事が進むことは稀なので、いつも代替案を用意するのが公爵家の常識です。
ですので、「私の代わりはいない」と毎日愛を囁く夫はうちの常識には当てはまりません。
価値を高めるように教育を受け、さまざまな称賛を受けてきましたが、代わりがいない唯一無二という言葉に心が揺れるのは秘密です。
「私はイネス様より長生きをして、イネス様の嫁ぐ回数の賭けに勝って、大儲けしますよ。そのお金で……」
「ワイアット様は賭博が好きなようですが、全て私に相談してくださるので許しますわ。でも、貴女はいずれは自分できちんと判断できるようになり、愚かなことをしてはいけませんよ」
「教育中は独り占めできるから、巣立ちたくないなんてお父様は子供ねぇ」
成長した娘に笑われながらも、イージーモードにはならない侯爵夫人としての日常が続いています。
そして山のように積み上がる娘への求婚状をワイアット様とともに吟味し、求愛資格を得るための課題を話し合う父娘にかける言葉を探しています。
娘を渡したくない父親とまだ嫁ぎたくない愛娘、素直にお断りすればいいのに、あえて手間をかける方法を選ぶのは血筋でしょうか……。
「歴史は繰り返すものらしいですが、繰り返したくないものがあるので、手は抜きません」
たった一度の離縁なのに、私に離縁癖があると思い込む家族のことは理解できません。
今のところ、離縁する気持ちは欠片もありませんが、言葉に重みがあるので、確証のないことは最期まで言えません。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




