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第7話:絶対の神盾と、初心者の釣り竿

壺の破片と共に『真理の扉』をすり抜けた俺たちを待っていたのは、荘厳な円形の祭壇だった。

王都の地下深く、神話の時代から誰の手にも触れられていない完全なる密室。その中央で、一つのアイテムが神々しい黄金の光を放って浮遊していた。

『真王の証』。

中盤のシナリオにおいて、魔王領への結界を解くために絶対不可欠なキーアイテムだ。

本来なら、世界中に散らばる八つの宝玉を集め、数多の試練を乗り越えた勇者だけが手にすることができる究極のアーティファクトである。

「おお……なんと美しい……」

シルフィアが、その輝きに目を奪われて感嘆の息を漏らした。

「しかし主様。祭壇の周囲をご覧ください。空間が歪んでいます……! あれは『神の断罪』。正当な資格を持たぬ者が一歩でも踏み入れば、肉体はおろか魂ごと原子レベルで分解される絶対の防衛機構……!」

シルフィアの言う通り、祭壇の周囲には青白いレーザーのような光の網目(即死判定のトラップ)が張り巡らされている。

これに触れれば、HPがカンストしていようが無条件で即死(強制ゲームオーバー)だ。

「正当な資格、ね。そんなお使いイベントを真面目にやってたらタイムが死ぬ」

「で、ではどうされるのですか? あの光の網を、再び壺で……?」

「いや、あそこは物理的な壁じゃないからオブジェクト・クリッピングは通じない」

俺はメニュー画面を開き、初期装備の中に眠っていた『一つのアイテム』をショートカットキーにセットした。

そして、おもむろにそれを取り出し、祭壇に向かって構える。

「……え?」

シルフィアが、間の抜けた声を上げた。

俺が手にしたのは、伝説の剣でも、魔法の杖でもない。始まりの街の横を流れる小川で、チュートリアルとして配られる『初心者の釣り竿』だったからだ。

「よし。ウキの軌道計算、ヨシ。トラップの周期、ヨシ」

俺は頭にフライパンを乗せたまま、真剣な眼差しで祭壇を見据え、手首のスナップを効かせて釣り竿を振った。

ヒュッ!

糸の先についたコルクの『ウキ』が、即死トラップの光の網の隙間を縫うように飛んでいき、『真王の証』の真上に見事にポチャリと落ちた。

「なっ……! 主様、何を遊んでおいでなのですか!? このような神聖なる儀式の場で、釣りを——」

「(このゲームのプログラム上、釣り竿の『ウキ』は【破壊不能な友軍NPC】として扱われている。つまり、環境トラップのダメージ判定を一切受けないんだよ)」

ジリリリリリリッ!!

光の網がウキを検知して激しいレーザーを照射するが、コルクのウキは焦げることすらない。

そして次の瞬間、ウキの当たり判定が『真王の証』の判定と重なった。

「よし、ヒット(接触)した。アイテム回収アクション開始!」

俺はコントローラーのボタンを連打し、リールを猛烈な勢いで巻き上げ始めた。

ズルズルズルッ! と、空中に浮いていた神聖なる『真王の証』が、釣り糸に引っ張られて祭壇から引きずり下ろされ、即死トラップをすり抜けて俺の手元へと飛んでくる。

「回収完了」

俺はポンッと飛んできた黄金のアーティファクトを素手でキャッチし、そのまま無造作にインベントリ(四次元ポケット)に放り込んだ。

「——」

シルフィアは、声も出せずにその光景を見つめていた。

彼女の常識は、またしても根底から破壊された。

(神の断罪を……ただの『遊び道具(釣り竿)』で突破した……!? いや、違う! あれはただの釣り竿ではない!)

シルフィアの脳内で、急速な論理の飛躍バグが発生する。

(主様は、物理的な肉体を危険に晒すことなく、己の魔力を『細い糸』として具現化させ、因果の彼方にある真理だけを一本釣りしたのだ! 空間を断ち切り、運命の糸を手繰り寄せる絶対の支配者……! ああ、なんという優雅な略奪……!)

「よし、必須アイテムは手に入れた。だが……」

俺が『真王の証』をインベントリに入れた直後。

ダンジョン全体が、激しい地震に見舞われたようにグラグラと揺れ始めた。

祭壇の光が赤黒く変色し、天井から巨大な岩の塊が次々と崩れ落ちてくる。

『不正なアクセスを検知しました。神聖防衛機構、パージプロセス(完全崩壊)を開始します』

何処からか、機械的で冷酷なシステムアナウンスが響き渡った。

「な、何事ですか!? 迷宮が……崩れていく!?」

シルフィアが悲鳴を上げ、落ちてきた瓦礫を短剣で弾き飛ばす。

「(来たな。正規のフラグを立てずにアイテムを取ったせいで発生する、『強制スクロール逃走イベント(デッドエンド・チェイス)』だ)」

本来なら、「アイテムを取る→感動のムービーが流れる→脱出」という流れだが、俺はムービーフラグを折ってアイテムだけを強奪したため、システムがパニックを起こして『即死の壁』を背後から迫らせてきているのだ。

背後の通路から、すべてを飲み込む漆黒の闇(ゲームオーバー判定の壁)が、凄まじい速度で迫ってくるのが見えた。

「主様! このままでは押し潰されます! 早くお逃げください、ここは私が殿しんがりを——!」

シルフィアが覚悟を決め、迫り来る『即死の壁』に向かって双剣を構えようとした。

だが、俺はその首根っこを掴み、小脇にヒョイと抱え上げる。

「馬鹿かお前。バフ要員(移動速度5%UP)が死んだら、この先のチャートが狂うだろうが。俺から絶対に離れるな」

「っ……!」

シルフィアの目が、驚きに大きく見開かれた。

(主様……! 足手まといである私を、決して見捨てないというのですか!? この絶体絶命の危機においてすら、私という存在を『必要だ』と……!)

「(ちっ、NPCはインベントリにしまえないから運ぶしかないんだよな。当たり判定がデカくなって面倒だが、加速バフには代えられない)」

俺は舌打ちしながら、迫り来る即死の壁に背を向けた。

そして、頭のフライパンをカンッと鳴らし、崩壊するダンジョンの中を——当然のように『後ろ向き』のまま、カニ歩きとバックジャンプを交えて猛然と逆走し始めた。

「よし、タイムアタック(逃走劇)の始まりだ! 振り落とされるなよ、NPC!」

「はいっ!! どこまでも、この命ある限りお供いたします、我が主様!!」

崩れ落ちる古代遺跡の天井、迫り来る絶対の死。

そのすべてを背後に置き去りにしながら、フライパンを被ったゲーマーと、彼に魂を捧げた暗殺者は、爆発的な速度でダンジョンを駆け上がっていく。

俺のただの「効率プレイ」が、世界を揺るがす神話バグの階段を、また一段、確実に上り始めていた。

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