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バグだらけのVRクソゲーでRTA走ってたら、なぜか現実の異世界だった件 ~「壁抜けカニ歩き」で魔王城をショートカットしたら、神の如き空間跳躍の使い手だと勘違いされています~  作者: 伊桜 瑠夏詩
第2章:魔王領シーケンスブレイクと、システム外の温もり

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第30話:内部テーブルの飽和と、書庫に刻む戦友の証

重力異常の迷宮を力技で突破し、幻夢の回廊を抜けた俺たちの前に姿を現したのは、圧倒的な知識の集積地であった。

魔王領の深部に位置する巨大な知の迷宮、『ガルドヴァ中枢書庫』。

ドーム状の途方もなく広い空間には、見上げるほどの高さを持つ黒檀の書架が幾重にも円心状に連なっている。天井に穿たれたステンドグラスからは、魔王領特有の赤紫色の光が差し込み、宙を無重力のように浮遊する無数の古い書物たちを不気味に照らし出していた。

空気はひどく乾燥しており、古い羊皮紙の匂いと、強力な魔法陣から漏れ出すオゾンのような焦げた匂いが鼻腔を突く。

静寂に包まれた大書庫の中央には、巨大な鋼鉄の門がそびえ立っていた。『全知の封門』と呼ばれるその扉には、四つの巨大な鍵穴が穿たれている。

(このガルドヴァ中枢書庫は、魔王軍の幹部たちが禁忌の魔法を研究するための施設だ。正規の攻略ルートであれば、この広大な書庫の四つの区画に散らばる『賢者の魔導書』を探し出し、それぞれを所定の台座に納めることで、初めてあの中央の扉が開く仕組みになっている)

俺はHP1の赤いオーラを静かに揺らめかせながら、固く閉ざされた全知の封門を見上げた。

四つの魔導書を探すお使いイベント。広大なマップを走り回り、各区画に待ち受ける中ボスを律儀に倒していれば、どれだけ急いでも優に一時間は持っていかれる。タイムアタックにおいて、そんな無駄なマラソンをしている暇はない。

「主様。この空間、ただの書庫ではありません。書架の影、宙に浮く本棚の裏……至る所に、侵入者を排除するための魔力反応が潜んでいます」

シルフィアが双剣を抜き放ち、俺の斜め前に立って鋭い視線を周囲へと巡らせた。

その隣では、レオンが大盾アイギスを構え、いつでも飛び出せるように重心を深く沈めている。

「いかなる伏兵が潜んでいようとも、我らが主様の歩みを止めることなど許しはせぬ。シルフィア殿、背後の死角は任せたぞ」

「ええ、レオン殿。貴方が受け止めた隙を、私の刃が確実に縫い止めます。主様には指一本、触れさせはしません」

かつては互いに牽制し合い、俺からの寵愛(と彼らが勝手に勘違いしているもの)を巡って静かな火花を散らしていた二人のNPC。だが今の彼らの間に流れているのは、同じ主君に仕え、同じ覇道を歩む者同士の、澄み切った戦友としての信頼だった。

(……良い連携だ。これなら、俺が『作業』に集中している間、十分に持ち堪えてくれるだろう)

俺はインベントリを開き、かつてのエリアで無限増殖バグを利用して増やしておいた『銅の剣』を百本単位でショートカットキーに登録した。

「二人とも、聞いてくれ。俺は今からこの扉の前で、少しばかり時間のかかる『儀式』を行う。その間、俺は一切の防御や回避行動をとれない。書庫の防衛システムが作動して敵の大群が押し寄せてくるだろうが、俺の作業が終わるまでの三分間、何があってもこの扉の前に敵を近づけるな」

俺の言葉に、二人は力強く頷いた。

彼らは俺が何をしようとしているのか、その原理など一切理解していないだろう。だが、主君が「時間を稼げ」と命じたのだ。彼らにとって、それは自らの命を懸けて成し遂げるべき最高の誉れに他ならなかった。

「御意! このレオンの命の炎が燃え尽きるまで、鉄壁の守りをお約束いたします!」

「主様はどうか、御心のままに。貴方様の背中は、私たちが必ず守り抜きます」

二人の頼もしい背中を見送りながら、俺は全知の封門の真正面に立ち、壁に張り付くようにして極限まで距離を詰めた。

そして、インベントリから『銅の剣』を足元に向かって捨てるコマンドを、限界を超えた速度で入力し始める。

(このゲームのアイテムや環境オブジェクトのデータは、内部の巨大なデータベースに一括で格納され、管理されている。このエリアのように浮遊する本や多数の装飾オブジェクトが存在する場所で、さらにプレイヤーが大量のアイテムを短時間にドロップし続けるとどうなるか)

チャリン、チャリン、チャカチャカチャカチャカッ!!

俺の足元に、捨てられた銅の剣が凄まじい勢いで山となって積み上がっていく。

(空間内に存在するオブジェクトの総量がシステムの設定上限を超えた瞬間、データベースの参照処理が渋滞を起こす。その結果、最も優先度の低い環境データの読み込みが後回しにされ、目の前の扉に設定されている『四つの鍵が必要』というロック判定のステータスが、一時的に欠落するはずだ)

これこそが、オブジェクト・オーバーロードによる強制ロック解除技。通称『テーブル飽和の鍵開け』である。

俺が銅の剣の投棄を始めたその瞬間、書庫の空間そのものが侵入者の異常行動を検知した。

ステンドグラスの光が禍々しい真紅に染まり、静寂を破って警報の魔笛が鳴り響く。

『警告。異常な魔力干渉を検知。防衛機構、ガルドヴァの機甲司書を起動します』

無機質なアナウンスと共に、巨大な書架の影から、六本の腕を持つ異形の鋼鉄の騎士たちが次々と姿を現した。その手にはそれぞれ異なる属性の魔法剣が握られ、赤い一つ目を不気味に点滅させながら、扉の前に立つ俺を目指して一斉に殺到してくる。

「来い、鉄屑ども! 貴様らの相手はこの私だ!」

レオンが咆哮を上げ、大盾を激しく打ち鳴らして広範囲挑発スキルを発動した。

『聖者の城塞』。ヘイトを自身に固定し、さらに物理防御力を極限まで高める騎士の絶対防衛技だ。四方八方から迫る機甲司書たちの六刀流の連撃が、豪雨のようにアイギスへと降り注ぐ。

ガキィィィンッ! ギガガガガッ!!

凄まじい金属音が書庫に反響する。

いかにレオンが王国最強の盾とはいえ、数十体の機甲司書から放たれる魔法剣の多重攻撃を完全に防ぎ切ることは不可能に近い。彼の分厚い鎧に徐々に傷が刻まれ、火花が散る。

「レオン殿、右の死角が空いています!」

そこへ、まるで一陣の風のようにシルフィアが駆け抜けた。

彼女の双剣が月光のように煌めき、レオンの盾の裏側に回り込もうとしていた機甲司書の駆動部――装甲の隙間にあるわずかな関節を的確に切断する。

「恩に着る、シルフィア殿! さすがは疾風の刃だ!」

「ふふ、貴方のその広すぎる背中のおかげで、私は存分に踊ることができます。さあ、一匹たりとも主様の御前には通しませんよ!」

シルフィアは微笑みすら浮かべながら、レオンという巨大な岩山を起点にして、蝶のように舞い、蜂のように敵の急所を穿っていく。

(……ああ。私は今、主様のために戦っている。ただの道具としてではなく、共にこの死線を越える相棒として)

シルフィアの胸の奥は、かつてないほどの清々しい充足感に満たされていた。

主様の腕に抱かれ、その温もりに触れる甘美な時間は、狂おしいほどに愛おしかった。だが、ただ守られるだけの存在に成り下がることは、誇り高きこの方の隣に立つ資格を失うことと同義だ。

だから彼女は、恋心を静かに胸の奥底に封じ込め、それを圧倒的なまでの闘志へと変換したのだ。私が主様を守る。この絶対の信頼関係こそが、彼と彼女を繋ぐ最も強く、最も美しい絆なのだと信じて。

「はぁぁぁぁっ!!」

シルフィアの双剣から放たれた『幻影の絶華』が、三体の機甲司書を同時にスクラップに変える。

それに応えるように、レオンがシールドバッシュで敵の陣形を大きく崩し、前線を完璧に維持し続けていた。

(……すげえな、あの二人)

俺は扉の前で限界を超えた指使いでアイテムを捨て続けながら、背後で繰り広げられる二人の死闘の音を聞いていた。

HPの減りを気にする必要もない。彼らが俺に敵の攻撃を届かせないことを、俺はすでに完全に確信していたからだ。

孤独にバグを追い求めてきた俺のRTAに、彼らの存在は本来イレギュラーなノイズのはずだった。

だが今はどうだ。彼らが背中を守ってくれているという安心感が、俺の極限の操作精度をさらに高めてくれている。ゲームのシステムやAIの枠を超えた、純粋な『仲間との共闘』という熱い感情の波が、効率主義の氷を溶かし、俺の心に確かな友情の火を灯していた。

(俺は一人じゃない。この狂った世界で、背中を預けられる最高のパーティメンバーがいる。……だから、俺も俺の役割を、完璧に果たすだけだ!)

俺の指先が、限界を突破してさらに加速する。

チャカチャカチャカチャカチャカチャカッ!!!

システム内のオブジェクト・データベース、許容量が、俺が投棄した無数の銅の剣によってついに限界値キャパシティを突破した。

空間全体が、処理落ち特有の不吉なノイズを立てて一瞬だけフリーズする。

そして。

『システムエラー。封門のステータス情報を取得できません。デフォルトの開放状態へ移行します』

ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォンッ!!!!

四つの鍵など一切集めていないにも関わらず、全知の封門が重々しい地響きと共に、独りでにその巨大な扉を開け放ったのだ。

「……よし、ロック解除成功だ!!」

俺が銅の剣の山を飛び越えて叫ぶと、激闘を繰り広げていたレオンとシルフィアが、弾かれたようにこちらを振り返った。

「おおおっ! 開いた! 鍵なき扉が、主様の魔力によって打ち破られたぞ!」

レオンが歓喜の声を上げ、盾で残りの敵を力任せに弾き飛ばす。

「さすがです、主様! さあ、敵の増援が来る前に、その扉の先へ!」

シルフィアもまた、乱れた息を整えながら、誇らしげな笑顔で俺の元へと駆け寄ってきた。

俺は開け放たれた門の向こう側――さらに深く、魔王の玉座へと近づく深層の暗闇を見据えながら、二人の仲間へと力強く頷き返した。

「よくやってくれた、二人とも。お前たちの完璧な守りがあったからこそ、この扉を開くことができた。お前たちは、俺の誇りだ」

その言葉は、計算されたフラグ管理の台詞ではない。俺の心の底から自然と湧き上がった、偽りない戦友への称賛だった。

俺の言葉を聞いた二人は、一瞬だけ時が止まったように目を見開き、そして次には、顔をクシャクシャにして、これ以上ないほどに眩しい笑顔を浮かべた。

狂信でも、依存でもない。それは、共に死線を潜り抜け、主君から最高の信頼を勝ち得た戦士としての、純粋な喜びの表情だった。

「さあ、行くぞ! 魔王の首まで、あと少しだ!」

俺たちは三人の足並みを揃え、HP1の赤いオーラと、仲間との確かな絆という名の最も強力なバグを背負いながら、ガルドヴァ中枢書庫の奥深くへと突き進んでいくのだった。

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