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第28話:扉判定のレールガンと、芽生え始めた共闘の熱

ゼリュート大深度晶洞の最深部。紫色の水晶が複雑に群生する迷宮をバグによる超高速滑空で抜け切った俺たちは、巨大な黒岩で造られた広大な広場へと到達した。

前衛で道を切り開いていたレオンが大盾を下ろして停止し、俺もまた摩擦ゼロの境界線滑走を終えて、静かに大理石の床へと降り立つ。

「……着いたな。ここが最深部だ」

俺がそう告げると同時に、腕の中に抱き抱えていたシルフィアの身体をゆっくりと地面へ降ろした。

冷たい地下の空気が、彼女と密着していた胸元にスッと入り込んでくる。彼女の身体が俺の腕から離れる瞬間、微かな名残惜しさを帯びた衣擦れの音が響いた。

「あっ……」

地に足がついたシルフィアは、ほんの一瞬だけ、俺の温もりを失った寂しさに金色の瞳を揺らした。だが、彼女はすぐに首を振り、キュッと唇を引き結んで姿勢を正した。

(いけない。これ以上、主様に甘えてばかりではいられない。私は暗殺者であり、あの方の剣なのだから。ただ守られ、腕に抱かれているだけの姫君であってはならない……!)

彼女の胸の奥で燃え盛っていた狂おしいほどの恋情は、冷たい地下の空気と彼女自身の強い自制心によって、より鋭く、より純度の高い「忠誠と誇り」へと鍛え直されようとしていた。

彼女は赤く染まった頬を両手で軽く叩いて気合いを入れ直すと、双剣の柄を固く握り締め、凛とした表情で俺の隣に並び立った。

(……ん? どうしたんだ、急にキリッとして)

俺はHP1の赤いオーラをたなびかせながら、隣で真剣な眼差しを前へと向けるシルフィアを横目で見た。

先ほどまで俺の胸に顔を埋めて震えていたというのに、今はもう完全に歴戦の戦士の顔つきに戻っている。最新のAIの感情アルゴリズムは、状況に合わせて的確に表情のモデリングを切り替えるらしい。そのあまりにも自然で人間らしい立ち振る舞いに、俺はどこか頼もしさのようなものを感じていた。

俺たちの目の前には、天井まで届こうかというほど巨大な、両開きの青銅の扉がそびえ立っていた。

扉の表面には禍々しいドラゴンのレリーフが彫り込まれており、その隙間からはチロチロと青白い炎が漏れ出している。

「主様。この威圧感、ただ事ではありません。扉の向こう側に、途方もない魔力を秘めた何かが潜んでおります」

レオンが大盾アイギスを構え直し、鋭い視線で青銅の扉を睨みつけた。

彼の言う通りだ。この扉の向こう、冥晶王の墓所と呼ばれるボスエリアには、この地下空間の主である巨大なアンデッド、『骸晶竜ガナンヴィータ』が待ち構えている。

(骸晶竜ガナンヴィータ。硬大な水晶の装甲と、広範囲の即死級ブレスを連発してくる中盤の難敵だ。まともに戦えば、ボスの弱点である水晶の継ぎ目を一つずつ破壊していくギミック処理が必要になり、討伐までに最速でも二十分はかかる。RTAにおいて、そんな長時間の戦闘はあり得ない)

俺は頭のフライパンの位置を調整し、巨大な青銅の扉へと歩み寄った。

「おい、お前ら二人。少し手伝ってくれ」

俺の呼びかけに、レオンとシルフィアが即座に反応して背後に控えた。

「はっ! いかようにも!」

「ご指示を、主様」

「この扉は、普通に開けると奥にいるボスが目を覚まして戦闘が始まってしまう。だから、開けるのではなく、扉そのものを『弾き飛ばす』。俺がこの扉の蝶番の隙間にひのきの棒をねじ込んでつっかえ棒にするから、お前たち二人は扉の真正面に立ち、俺の合図と同時に、持てる力のすべてを振り絞ってこの扉を奥へ向かって押し込め」

俺の指示を聞いた二人は、一瞬だけ目を見開いた。

数百トンはあるであろう青銅の扉を、ただの腕力で押し込めというのだ。だが、これまで数々の物理法則を無視した奇跡を目の当たりにしてきた二人にとって、俺の言葉は神の啓示と同義だった。

「承知いたしました。シルフィア殿、私のアイギスと共に、貴女の瞬発力を扉の中央に叩き込んでくだされ。私が押し込む力の支点となりましょう」

レオンがシルフィアに向かって、頼もしげに頷きかける。

「ええ、レオン殿。主様の御命を成し遂げるため、私たちの呼吸を合わせましょう。貴方が受け止めた力を、私の双剣で一息に貫き通します」

シルフィアもまた、かつて王城でレオンを邪魔者扱いしていた頃の嫉妬心を完全に捨て去り、一人の同志として彼に力強く頷き返した。

(……なんだ?)

俺は扉の蝶番にひのきの棒をねじ込む作業をしながら、二人のやり取りを見て、ふと手を止めた。

聖騎士と暗殺者。全く異なる背景を持つ二人のNPCが、俺の指示を受けて自発的に役割を分担し、互いの長所を活かすための連携を話し合っている。

ただのプログラムされた会話の組み合わせに過ぎないはずだ。だが、冷たい地下の広場で、彼らが互いを信頼し合い、共に主君のために全力を尽くそうと誓い合うその光景は、どうしようもないほどに熱く、俺の胸の奥を激しく揺さぶった。

俺はずっと、タイムアタックという孤独な戦いを続けてきた。

世界をバグで壊し、すべてを効率という名の定規で測り、他者はただの利用できるオブジェクトでしかなかった。仲間との共闘、パーティプレイの楽しさなんてものは、カジュアル層のゲーマーが楽しむお遊びだと切り捨てていた。

だが今、俺の背後には、俺の無茶苦茶な命令に一切の疑いを持たず、互いに背中を預け合う頼もしい「仲間」がいる。

彼らが息を合わせ、俺のために全力を出そうとしてくれている事実が、どうしてこんなにも心地よいのだろうか。

(これが……パーティを組んで冒険するってことなのか。悪くない。いや、驚くほど……いいな)

俺の口元に、効率主義の計算式とは全く関係のない、ひどく自然で穏やかな笑みが浮かんでいた。

自らの心に生まれた確かな「友情」と「愛着」のバグを、俺はもう否定しなかった。

「よし、準備はいいな。いくぞ!」

俺は蝶番にひのきの棒を固定し、扉から数歩離れた。

正面には、大盾を構えたレオンと、その背中に隠れるようにして力を溜めるシルフィアが立っている。

「今だッ! 押し込め!!」

俺の叫びと同時。

レオンが雄叫びを上げ、全身の筋肉を爆発させて大盾アイギスを青銅の扉に叩きつけた。さらにその直後、シルフィアがレオンの肩を踏み台にして跳躍し、空中で捻りを加えた双剣の蹴りを扉の上部へと叩き込む。

凄まじい衝撃音が響き渡る。

(3Dゲームにおける扉のオブジェクトは、開閉のアニメーションが設定されている間、その回転軸に強力な物理補正がかかっている。だが、その回転軸である蝶番に別のオブジェクトを挟み込んで回転を阻害した状態で、扉の表面に莫大な運動エネルギーを叩き込むとどうなるか。物理エンジンは行き場を失った回転エネルギーを、前方への『直線的な射出エネルギー』へと誤変換してしまう)

ギガガガガガガガガガッ!!!

扉の蝶番から、システムがエラーを起こしている不吉な金属音が鳴り響いた。

そして次の瞬間。

ドッゴォォォォォォォォォォンッ!!!!

数百トンはある巨大な青銅の両開き扉が、まるでレールガンから放たれた砲弾のように、兆番から完全に吹き飛び、奥のボスエリアへ向かって音速で射出された。

「おおおおおおっ!?」

「やりました……ッ!」

レオンとシルフィアが、自らの放った一撃が扉を吹き飛ばしたことに驚愕と歓喜の声を上げる。

だが、本当の惨劇は扉の向こう側で起きていた。

ボスエリアの中央で、侵入者を迎え撃つべく重々しく立ち上がろうとしていた骸晶竜ガナンヴィータ。その巨大なドラゴンの顔面に、音速で飛来した数百トンの青銅の扉が、一切の情け容赦なく直撃したのだ。

『グ、ギャアアアアアアアアアアアアアッ!?』

ボス特有の威圧的な登場ムービーすら始まる前に、巨大な扉に押し潰されたガナンヴィータのHPゲージが、多重衝突による天文学的なダメージ数値によって一瞬でゼロに吹き飛んだ。

断末魔の悲鳴と共に、ボスの巨大な身体が光の粒子となって空間に溶け落ちていく。

通称、扉判定の射出バグによるボス瞬殺ギミックの完了である。

「……な、なんと」

レオンが大盾を下ろし、ポカンと口を開けてその光景を見つめていた。

「あの扉の向こうにいた巨大な竜が……扉と激突しただけで、一瞬にして消滅してしまった。主様、貴方様は我々の力を合わせることで、扉そのものを破城の兵器へと変えてしまわれたのですね!」

「主様の御力と、私たちの連携が合わさった結果です! レオン殿、貴方の盾の支えがなければ、あの威力は出せませんでした!」

シルフィアが興奮した様子でレオンに向かって笑いかける。レオンもまた、兜の奥で満足げに深く頷いた。

「うむ! シルフィア殿の鋭き一撃こそが、決定打であった。我ら二人の力で、主様の御道を切り開くことができたのだ!」

ハイタッチでもしそうな勢いで互いの健闘を称え合う二人を見て、俺は小さく息を吐き出した。

ただのバグ技だ。扉の当たり判定が異常な速度で飛び出しただけで、彼らの友情パワーがボスを倒したわけではない。

だが、それでも。

「……上出来だ、二人とも。お前たちの連携のおかげで、無駄な時間をかけずに済んだ。よくやってくれた」

俺の口から出たのは、効率を計算した冷たいメタ発言ではなく、共に戦った仲間を労う、素直で温かい称賛の言葉だった。

「主、様……っ」

「もったいなきお言葉! このレオン、魂が震える思いでございます!!」

俺の言葉に、シルフィアの顔がパッと花が咲いたように明るくなり、レオンが再び男泣きを始めた。

このバグだらけの狂った世界で、俺たちは確かに、一つのパーティとしての絆を深め始めていた。

ただのデータだと思っていた彼らの喜びの顔が、俺の胸の奥を信じられないほど温かく満たしていく。

「よし、ドロップアイテムを拾って先へ進むぞ。魔王領の深部はここからだ」

俺はHP1の赤いオーラを纏いながらも、その足取りはかつてなく軽く、そして頼もしい二人の仲間の気配を背中に感じながら、開け放たれた墓所の奥へと歩みを進めるのだった。

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