第20話:多重パリィの反射砲と、最強の盾の屈服
大理石の破片が舞い散る王城の地上回廊。
吹き飛んだ扉の土煙の向こうから、重厚な金属音が一つ、また一つと響いてきた。
現れたのは、身の丈ほどもある巨大な白銀の大盾を構えた一人の巨漢だった。
聖国が誇る最強の武人にして、いかなる魔の侵攻も退けてきた絶対の守護者。聖騎士長レオンである。
「……何者だ。地下の宝物庫から扉を吹き飛ばして現れるとは」
レオンの低く響く声には、歴戦の猛者特有の張り詰めた殺気が宿っていた。
彼の背後には、王城の緊急事態を検知して起動した自動防衛システムである、三体の巨大なミスリル・ゴーレムが赤黒い瞳を光らせて稼働準備に入っている。
シルフィアが息を呑み、双剣を構えた。
「主様、あれは聖騎士長レオン。そして背後のゴーレムは王国の最終防衛兵器です。まともに戦えば、軍隊すらも全滅する布陣……!」
(出たな、中盤の負けイベント。あのでかい盾を持った騎士は攻撃を一切受け付けない無敵モードに入っていて、背後のゴーレムが放つ即死極太ビームでプレイヤーは強制的に全滅させられるんだよな)
正規の進行であれば、ここで一度全滅して地下牢に捕らわれ、そこから脱出劇が始まるという面倒なシナリオが待っている。
だが、RTA走者がそんな悠長な負けイベントに付き合うわけがない。
「排除対象、確認。魔力充填開始」
三体のゴーレムの胸部が眩く発光し、大回廊のすべてを消し飛ばすほどの極太の魔力ビームが放たれようとしていた。
「くっ……防衛システムまで暴走しているのか。侵入者よ、貴様らの罪は重いが、ここで塵にするには惜しい。私の背後に隠れろ!!」
レオンは敵であるはずの俺たちに向かってそう叫ぶと、大盾アイギスを床に突き立て、自らの全魔力を込めて光の障壁を展開した。
聖騎士長の誇り。たとえ大罪人であっても、法の裁きを受けさせるまでは守り抜くという、愚直なまでの正義感だ。
(よし、デコイ(囮)が完璧な位置にヘイトを集めてくれた。敵の無敵モードすらも利用させてもらうぞ)
俺はHP1のまま、赤い火事場バフのオーラを引いて猛然とダッシュし、レオンの真後ろ、その広大な背中にピタリと張り付いた。
「な……!? 貴様、なぜそこに……」
「いいからその盾、絶対に動かすなよ」
直後、三体のゴーレムから即死の極太ビームが束となって放たれた。
圧倒的な破壊の奔流が、レオンの展開した大盾に激突する。
「ぐおおおおおっ!!」
レオンが血を吐くような悲鳴を上げた。いかに無敵の盾といえど、システムが設定した即死攻撃の圧力は凄まじい。このままでは数秒で押し切られる。
だが、俺が待っていたのはこの瞬間だった。
俺はインベントリから初期装備のひのきの棒を取り出し、レオンの背中……正確には、彼の構える大盾の当たり判定の裏側に向かって、猛烈な勢いでペチペチと棒を振り下ろし始めた。
(アクションゲームにおけるジャストガード、通称パリィ。敵の攻撃を受ける瞬間に盾を弾くことで、ダメージを無効化して跳ね返すシステムだ。だが、このクソゲーは味方からの攻撃判定でもパリィの反射処理が作動してしまう)
ペチッ、ペチッ、カカカカカカカカカッ!!
俺の高速の武器振りがレオンの盾の裏側に触れるたび、物理エンジンはそれをパリィ成功と誤認した。
ゴーレムから受け続けている即死ビームの莫大なダメージ数値が、俺のひのきの棒の連打によってコンマ一秒の間に何百回と反射処理され、指数関数的に増幅していく。
『パリィ成功。反射ダメージ乗算……エラー、エラー』
「な、なんだこの力は……!? 私の盾から、あり得ないほどの力が湧き上がって……ッ!?」
レオンが驚愕に見開いた目の前で、彼の大盾から信じられない光景が放たれた。
ズバァァァァァァァァァァァンッ!!!!
増幅限界を突破した反射エネルギーが、レオンの盾を起点として、まるで超新星爆発のような逆流ビームとなって撃ち出されたのだ。
光の奔流は三体のミスリル・ゴーレムを一瞬で蒸発させ、そのまま王城の分厚い城壁を彼方の空まで綺麗に円形にくり抜いて消え去った。
王城の地上回廊に、静寂が訪れる。
「……え?」
「……ば、ばかな」
シルフィアとレオンが、ぽっかりと空いた城壁の大穴と、完全に消滅した最強の防衛システムを交互に見つめ、呆然と立ち尽くしていた。
俺はひのきの棒をしまい、無傷のままレオンの背後からスッと横に歩み出た。
「よし、強制全滅イベントのスキップ成功。タゲ取りご苦労だったな、タンク(壁役)」
俺が声をかけると、レオンはビクッと肩を震わせ、そしてゆっくりと俺の方を振り向いた。
彼の歴戦の瞳には、かつてないほどの戦慄と、そして底知れぬ敬意が渦巻いていた。
(……理解した。この男は、私の盾の強さを一瞬で見抜き、あえてその背後に立つことで、私の防御力を文字通り限界まで引き出したのだ)
レオンは震える手で大盾を下ろした。
(ただ庇われるのではない。背中から私を鼓舞し、彼自身の内なる闘気を私の盾に注ぎ込むことで、あの絶対の破壊光線を跳ね返してみせた。私の未熟な盾を、これほどまでに極限まで活かし切る者が、この世に存在したとは……!)
レオンにとって、それは武人としての魂を完全に打ち砕かれ、同時に最高の主君を見出した瞬間であった。
ガシャンッ、と重々しい音を立てて。
聖国最強の騎士は、頭にフライパンを被った血まみれの男の前に、深く両膝をついた。
「……恐れ入りました」
レオンの腹の底から絞り出すような声が、回廊に響く。
「貴方様は武神の化身か。これほどまでに私の背中を、私の盾を信じ切り、そして力を与えてくださるとは。このレオン、たとえ国を敵に回そうとも、生涯貴方様の『盾』としてお供する覚悟ができました!!」
(お、なんかタンクNPCが勝手にパーティーに加入したな。まあ後半のボス戦で囮が必要だから丁度いいか)
俺はシステムメッセージの『レオンが仲間に加わった』という通知を適当に閉じ、頭のフライパンをコンッと鳴らした。
「さあ、王城のフラグはこれで全部折った。次は魔王城のワープポイントを解放しに行くぞ。付いてこい、NPCども」
「はっ! この命、どこまでも主様のために!!」
「御意。この命を懸けて、主様の背中をお守りいたします!!」
最強の暗殺者と、最強の聖騎士。
二人の狂信者を両脇に従え、後ろ向きにカニ歩きをするRTA走者は、崩壊した王城を後にする。
世界を壊す第1章の旅はここで終わり、世界そのものを書き換えていく神殺しの狂騒録が、いよいよ真の幕を開けたのだ。
【第1章・完】
ここまでお読みいただき、ありがとうございます! これにて第1章完結となります。
次章からは新パーティーでの魔王領編がスタートし、キャラクターたちの心理や関係性もさらに深く、熱く動いていきます。
毎日の執筆の励みになりますので、もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ぜひ下部の【☆☆☆☆☆】から評価やブックマークをいただけますと幸いです!
第2章も、引き続きよろしくお願いいたします!




