第11話:ダメージブースト(爆風抜け)と、贖罪の血
スラム街の大暴動を背後に残し、俺たちは王都を二分する巨大な壁の前に到達した。
王都の外縁と、特権階級が住む中心部(貴族街・王城)を隔てる『絶対防壁』。
その中央にそびえる分厚い鉄格子の門は、スラムの暴動を警戒して完全に封鎖され、城壁の上からは無数の弓兵がスラム側に矢を番えていた。
「主様、あの門は物理的な強固さだけでなく、上位の封印魔術が何重にも……」
「(この門を開けるには、正規ルートだとスラムで身分証明書を偽造する『10連続お使いクエスト』が必要なんだよな。冗談じゃない、そんなのやってたら日が暮れる)」
俺はシルフィアの解説を完全にシャットアウトし、先ほど闇商人から巻き上げた『違法な火薬爆弾』をインベントリから一つ取り出した。
そして、重厚な鉄格子の門にピタリと背中を向け、自分の足元に爆弾をコロンと転がす。
「……主様? なぜ、爆弾をそのような足元に? 門を破壊するのなら、もっと装甲の薄い蝶番を狙うべきでは……」
「壊す? 違うぞ。このゲームのオブジェクト(門)は『破壊不可属性』がついてるから、いくら爆破しても傷一つつかない。使うのは爆風の方だ」
俺はシルフィアの腕をがっちりと掴み、自分の胸に抱き寄せた。
「ひゃっ……!?」
突然抱きすくめられ、シルフィアの顔がカッと朱に染まる。
「(NPCを置いていくと門の向こう側にワープしてこない厄介な仕様だからな。しっかり判定を重ねておかないと)」
俺はシルフィアを抱えたまま、爆弾が起爆するタイミングに合わせて、空中で小さく後方へジャンプ(バックステップ)した。
「よし、ダメージブースト(爆風抜け)、起動!」
ドガァァァァァァァァンッ!!!!
違法火薬の凄まじい爆発が、俺たちの足元で弾け飛んだ。
本来なら、周囲数十メートルを消し飛ばす即死級の威力。その爆風のエネルギーが、ジャンプして空中に浮いていた俺の身体に直撃する。
「ぐっ……!」
HPバーがゴリッと削られ、レッドゾーン(瀕死)に突入する。
しかし、これこそが狙いだ。アクションゲームにおいて、大ダメージを受けた際に発生する『特大のノックバック(吹き飛びモーション)』。
その暴力的な反発力が、背後にあった『破壊不可の鉄格子』の当たり判定と激突し、物理演算が完全に狂い出す。
「(門の当たり判定とノックバックのベクトルが相反した時、システムはプレイヤーの座標を『障害物の向こう側』へと強制的に押し出す!)」
ズバァァァンッ!!
俺とシルフィアの身体は、爆炎と共に、決して開くはずのない分厚い鉄格子を「幻影のようにすり抜け」、王都の内側へと文字通り弾き飛ばされた。
「かはっ……!」
俺は貴族街の美しい石畳に背中から着地し、少しだけ血を吐いた。
HPは残り「1」。だが、死んでいなければRTAにおいては無傷と同義だ。
「しゅ、主様ぁぁぁっ!!」
俺の胸の中で(当たり判定が重なっていたため)無傷だったシルフィアが、俺の口元の血を見て悲痛な叫びを上げた。
「なぜ……なぜご自身を傷つけるような真似を!? あの門を越えるためだけに、神たる貴方様が、ご自身の血を流す必要などどこに……!!」
シルフィアの瞳から大粒の涙が溢れ、俺の頬に落ちる。
彼女の眼には、今の俺の行動がこう映っていた。
(あの防壁は、富める者が貧しき者を締め出すための『傲慢の象徴』。それを壊すために、主様はあえて武力を使わず、スラムで苦しむ者たちの『痛み』を自らの肉体で引き受けたのだ……!)
ただのバグ技の反動による流血。
それがシルフィアの狂信のフィルターを通ると、途端に『聖なる贖罪』へと変換されてしまう。
(自らの血を代償にしてまで、隔絶の壁を越え、我々を光の差す場所へ導いてくださる……。ああ、この方はどこまで慈悲深く、そして孤独な闘いを……!)
「(よし、残りHP1。これでパッシブスキル『火事場力(瀕死時、移動速度と攻撃力が大幅上昇)』が発動したな。この状態で王都を駆け抜けるぞ)」
俺はHP回復アイテム(さっき50個も盗んだエリクサー)を使うことなく、血を拭ってスッと立ち上がった。
「泣くなNPC。ダメージは計算通りだ。むしろ都合がいい」
「都合が、いい……? 己の身を削ることが、ですか……?」
「ああ。ここからは少しでもタイムを縮めたいからな。この状態(瀕死)が一番速い」
シルフィアは息を呑み、そして深く、深く頭を垂れた。
(『これ以上の犠牲を遅らせないため、己の命を削ってでも急ぐ』というのですね……。御意。このシルフィア、貴方様の流した血の一滴まで、決して無駄にはいたしません……!)
俺たちが立ち上がった場所は、噴水が水を打ち、白亜の豪邸が立ち並ぶ美しい『貴族街』のメインストリートだった。
遠くの城壁の上では、突如として門の内側に現れた俺たちを見て、衛兵たちがパニックを起こしている。
「よし、まずはあの噴水広場の『ファストトラベル(ワープ)ポイント』を解放する。その後は貴族の館を片っ端から壁抜けして、隠しアイテムを乱獲だ」
俺は頭のフライパンをコンッと叩き、瀕死の赤いオーラ(火事場バフ)を身に纏いながら、王都の優雅な日常をバグで徹底的に蹂躙すべく、凄まじい速度のバック走を開始した。




