Episode2 竜討伐の行方
カルミアとロベリアは、火竜の群れが頻繁に目撃される山脈へと足を運んでいた。
ここに来るまで半日程、かなりの距離だ。日も完全に落ち辺りはすっかり暗闇に包まれている。
「あそこに見えるのが火竜だ。どれも幼竜ばかりだが、甘く見てはならない。鱗はダイヤモンドよりも硬く、爪は黒曜石よりも鋭く、頭も賢いが故に度々......おい、聞いているのか?」
「あの...ちょっと、休みませんか......」
カルミアは「はぁ...はぁ...」と息を切らし、ロベリアの話が頭に入って来ないほど疲労していた。
移動は飛行魔法で上空を走行。利点は移動できる距離が長く、早さも兼ね備えている。仮に馬を使った場合、かかる日数は三日程。その距離をたった半日で移動できるのだ。
しかし魔法の長時間使用には、かなりの魔力を消費すると同時に集中力も必要なため体力を削られる。
「全く情けない、これくらいの移動で息を切らすなど......もっと体力をつけんか、未熟者め」
「す、すみません...」
何も言い返せない。山菜採りに外出をしていたとは言え、平らな道のりで距離もさほど無い。ほぼ家に引き篭もっていた研究ばかり……その反動が今になってきている。
「まあ良い、そこで見ていろ」
ロベリアは右手を正面に翳し、詠唱を唱え始めた。
すると上空には無数の魔法陣が現れ、詠唱と共に魔力が増幅され、輝きを帯びる。
そして次の瞬間、詠唱完了と同時に放たれる閃光は火竜目掛けて一直線に脳天を貫き通した。鱗が無くとも硬い皮膚を貫通する威力と、その精密な動作。
「もう、終わっちゃった...」
これが大罪の魔女No.3、傲慢の魔女の実力......すごい。
あっという間だった。数十匹の火竜を数秒で一掃してしまったのだ。
目の前の出来事に唖然とするカルミア。しかし、ロベリアは神妙な表情をしている。
「……妙だな」
「何がですか?」
「先ほども言ったが、ここにいる火竜はどれも幼竜ばかりだ。まだ自力で狩りが出来ず防衛もままならない。だから普通は二、三匹ほど親竜が一緒にいるはずなのだが……」
ロベリアさんが悩んでいる。こんな姿、普段は見せないのに……私も何か力になれない、かな。
「……あの、火竜は群れで行動する種族なんですよね」
「ああ、そうだ」
「前に本で読んだ内容なのですが、群れで行動する生物は効率性を兼ね備えた、警戒心の強い生き物。それと同時に臆病でもある、と」
「――とりあえず、下に降りて小竜を調べる必要があるな」
二人は亡骸の元に近づき、状態を確認する。すると驚いた事に意外な共通点があった。どの個体も身体の一部に致命的な傷があったのだ。それも傷跡からするに同種族によるもの。
「なるほど、つまりこいつらは......親に捨てられた幼竜ということか。賢が故に仮の効率を重視した結果がこれか」
「親に、捨てられた……そんな、酷い」
カルミアは胸元の近くで拳を強く握りしめた。
「情を抱くな、私たちは役目は、増え過ぎた竜を討伐する仕事の一つに過ぎない。竜は人類にとっては脅威の存在……我々にしかできないのだ」
「わかってます」
「ひとまず、情報源である近くの村に立ち寄ろう。親竜の行方に関する手掛かりが得られるかもしれないからな」
「はい」
二人は情報源である近くの村、ムスカリに立ち寄る事にした。
ムスカリは人口約百人程の村で、果樹農業が盛んで村の主な収入源にもなっている。市場には新鮮な果物が並び、仕入れに来る商人も度々目にする。そして今日は、収穫を祝う年に一度の祭り、収穫祭が行われている。毎年、周囲の村からも人が訪れ、一層賑やかな光景になる。
カルミアは、それを楽しみにしていた。
――しかし、瞳に映ったのは悍ましい光景だった。
「なんだ、これは……」
辺り一面が火の海と化し、上空には大型の火竜が群がっていた。恐らく親竜と思われる。
村人たちは混乱状態、まだ全ての避難が終わっておらず、中には怪我人や無残な姿の者、泣き叫ぶ子どもの声、非難を呼び掛け誘導する大人たち……被害は深刻だ。
この状況に音が歪む、足の感覚も消え、息が苦しい。
「――チッ! 幼竜は狩りを効率化する時間稼ぎの罠だったのか……カルミア! 私は火竜を討伐します。あなたは村人たちの避難を手伝いなさい!」
「……あ、あぁ……」
「カルミア・ジーニアス! 立ち止まっていても状況は悪化するだけです! 良いですか、あなたは大罪の魔女、その責務を果たせないのなら――ここで死になさい!」
私の、責務?
なんでロベリアさんは、こんな私なんかを竜討伐に同行させたんだろう。
一般魔法は波程度の技術と火力。得意魔法も固有魔法も、戦闘向きじゃない。どうして私は大罪の魔女に選ばれたのか、ずっと不思議に思っていた。私なんか、ただの足手まといなのに……。
パチンッ!
柔らかいものを叩くような音が頭に響いた。同時に左の頬に痛みを感じる。
私は正気を取り戻した。
「聞いているのですか! いつまでも怯えているな! ずっとそうやって、ここにいるつもりか!? 辺りは火の海、生き残るため恐怖と闘いながらも足を動かし逃げる者、大切なものを守るために勇気を振り絞り前に立ち誘導する者、お前は、そのどちらも見殺しにするつもりか!」
「――がいます。違います! 私は、私は人を殺す事は絶対にしません……残された人々の命は、私が守ります! それが大罪の魔女の、私の責務です!」
「だったら、さっさと行動に移せ! 火竜は、私が相手をする」
「はいっ!」
カルミアは村人と一緒に避難の誘導、救出、応急処置、防護、その役割を真っ当した。
前線では激戦が繰り広げられている。あの数を一人で相手をするのは簡単な事じゃない。ロベリアさんも苦戦している。
「くっ! この程度の傷では、私は殺せませんよ!」
だけど、対等に戦えている。やっぱり、実力は本物だ……。
戦闘開始から一時間、持久戦が続く中、村人の避難が終わった。
「ロベリアさん! 村人の避難、全員完了しました!」
「わかった……カルミア、少し離れていろ」
「はい……?」
カルミアが後退すると、ロベリアから流れる風向きが変わった。
「……我が名はロベリア・デルフィニウム。大罪の魔女が一人、傲慢の魔女。貴様の所業は侮辱と見なし、万死に値する!!」
固有魔法とは、生まれながらにして自身しか扱う事が出来ない特別な魔法。それを扱い、思いのままに発動が出来る素質を持つ者たちを、人々は大罪の魔女と呼ぶ。
彼の固有魔法、それは――
「業火の流星」
魔力と物質を組み合わせた無数の流星を起こす。
攻撃範囲が広く、威力も高いため、直撃した際は絶命を逃れられない。また衝撃時に起こる爆風は遠くまで届き、立っているのもやっとの風力。
数十体の親竜は同時に焼却され、骨すら残らず灰となった――。
「魔力も残り僅か……帰り道には十分な量だ。討伐完了、私たちの仕事は終わった、帰るぞ」
「ま、待ってください!」
予想外の出来事もあり、竜討伐は夜明けまで続いた。
太陽の光が辺りを照らす。すると無残にも原型をとどめていない、崩壊した村の様子があらわとなった。夜とは違い、全体がはっきりと見える。
「もうすぐ、援助隊がやってくる。私たちの姿を見られては面倒だ」
「分かってます。でも、少しだけ時間をください」
カルミアは一歩前に足を踏み出すと、詠唱を唱え始めた。
「――我が名はカルミア・ジーニアス。大罪の魔女が一人、色欲の魔女」
すると目先の植物は枯れ、蟲は息絶える。しかし彼女の道後には草花が咲き、徐々に範囲が広がる。
無き枯れ果てた大地に新たな生命の息吹が宿る。やがて背後は草木に覆われ、どこからともなく小鳥がやって来た。
負傷したロベリアは痛みが安らぐ感じと同時に心地よい温もりを味わった。
「全ての精気を吸い尽くし、新たな生命の息吹となり、大地に恵みをもたらせ」
これが彼女が戦闘向きでは無いと言われる固有魔法。
「再生の息吹」
「――全く、いつ見ても戦闘向きでは無い魔法ですね……でも、彼女の優しさが象徴された、とても心地の良い魔法ですね」
色欲の魔女、またの名を四季緑の魔女、カルミア・ジーニアス。
二人の数先には新たな命が宿る、大きな大木が、後に村の象徴となった。
「さあ、帰りますよ」
「――はいっ!」
彼女の笑顔は、人々を優しさで包み、心温まる、大罪の魔女には似つかわしい程、可愛らしかった。
私は、そう感じた気がした。




