Episode2 竜討伐の行方
固有魔法とは、魔力を持つ人間が独自で保有する特別な魔力、それを魔法へ変換した際に発動できる魔法を示す。また古い書物には、たった一人で国を滅ぼす程の固有魔法を扱う者が存在したと記載されており、その者たちは、人間を罪に導く可能性があると人々のに見做され、欲望や感情の皮肉を込めて、七つの呼び名を与えられた。それが大罪の魔女と呼ばれ、人々から恐れられている。
その内の一人、〈色欲の魔女〉カルミア・ジーニアス。彼女の先頭を飛行するのは、〈傲慢の魔女〉ロベリア・デルフィニウム。二人は、火竜の群れが頻繁に目撃される山脈へと足を運んでいた。
道中、カルミアはロベリアから竜について質問をされていた。
「お前、竜については、どのくらい知識がある?」
「えっと、書物で読んだ程度ですが――」
竜には六つの種族があり、火竜、水竜、緑竜、地竜、白竜、黒竜、それぞれに特徴となる属性を持っている。
また竜の鱗はミスリルに匹敵するほどの強度を誇る。知能も高く、空中からの遠距離魔法攻撃を得意とするので、討伐が難しいとされている。
「――くらい、です」
「ほう、それなりには知識があるようだな。しかし肝心な事を忘れている。ついたら模範解答を出してやろう」
「は、はあ……」
それから上空を飛行して半日程、かなりの距離を進み、やっと目的地の山脈に着いた。日も完全に落ち辺りはすっかり暗闇に包まれている。
二人は状況確認も踏まえ、離れた所から竜の様子を伺うことにした。
「あそこに見えるのが火竜だ。どれも幼竜ばかりだが、甘く見てはならない......おい、聞いているのか?」
「あの...…ちょっと、休みませんか......。あと、暗くて見えないです」
「魔力探知をすればいいだろう」
カルミアは「はぁ...はぁ...」と息を切らし、ロベリアの話が頭に入って来ないほど疲労していた。
飛行魔法で上空を走行でき、最短ルートかつ早さも兼ね備えている。仮に馬を使った場合、かかる日数は三日程。その距離をたった半日で移動できるのだ。
しかし魔法の長時間使用には、かなりの魔力を消費すると同時に集中力も必要なため体力も削られる。
「全く情けない、これくらいの移動で息を切らすなど......もっと体力をつけんか、未熟者め」
「す、すみません...」
何も言い返せない。山菜採りに外出をしていたとは言え、平らな道のりで距離もさほど無い。ほぼ家に引き篭もっていて研究ばかり……その反動が今になってきている。
「まあ良い、そこで見ていなさい。今、模範解答を見せましょう」
ロベリアは右手を正面に翳し、詠唱を唱え始めた。
「熱き炎の輝きを放ち、閃光となり、闇を切り裂け」
すると、火竜が寝ている巣の上空に、無数の魔法陣が現れ、詠唱と共に魔力が増幅されて、輝きを帯びる。高魔力の異変に気が付いたのか、幼竜たちが目を覚まし、辺りを警戒し始めた。しかし、ロベリアの詠唱は終わりを告げる。
「熱光線」
次の瞬間、詠唱完了と同時に放たれる閃光は複数の火竜目掛けて一直線に脳天を貫き通した。その精密な動作と威力に、カルミアは圧倒押された。
「もう、終わっちゃった...…」
これが大罪の魔女No.3、傲慢の魔女の実力......すごい。
あっという間だった。数十匹の火竜を数秒で一掃してしまったのだ。
「竜の鱗は強度が高く、攻撃が通りにくい。だが、頭には鱗がついておらず、そこが弱点となる」
「でも私、あそこまでの火力はでないです」
「そんなもの、魔力を圧縮させればいいだろう? それより少し気になる事がある。付いて来い」
「あっ、待ってください!」
魔力を圧縮って……簡単に言うけど、出来たら苦労しないのに……。
ロベリアたちは幼竜の亡骸を調べるため、魔力探知で安全を確保しつつ、火竜の巣へと足を踏み入れた。巣はいくつもの藁で構成された簡単なものだった。
「あの、勝手に入って大丈夫なんですか……」
カルミアが小声でロベリアに質問するが、その耳には声が届かなかった。何やら神妙な表情で、幼い火竜の身体を見ていた。
「……妙だな」
「どこか、おかしい所があるんですか?」
「ここにいる火竜は、どれも幼竜ばかりだ。まだ自力で狩りが出来ず防衛もままならない。だから普通は二、三匹ほど親竜が一緒にいるはずなのだが……これを見てみろ」
ロベリアが指示した箇所を見てみると、幼い火竜の後ろ足に深い傷があった。出血は止まっているが、骨が露出するほどの深い傷がつけられている。これでは痛みでまともに動くことすらできない。
しかも、ここにいる幼竜全てが、同じ症状。
「これ……鱗を貫通して、傷がつけられています」
「竜同士の縄張り争いに巻き込まれたにしても、傷が深すぎる。だが、魔法の類だとしても――」
「……ロベリアさん」
口を割るように、カルミアが小さく声を挟んだ。
「前に書物で読んだ内容なのですが、群れで行動する生物は効率性を兼ね備えた、警戒心の強い生き物、と書いてありました。まだ防衛も出来ない幼竜に、親竜が一匹も残っていない」
「そうだな」
本当は、こんなこと考えたくない。でも、仮説が正しいとすれば……。
カルミアはロベリアの顔を見て答えを出した。
「もしかして、この子たちは見捨てられた、んじゃ……」
「……その可能性は高いな。この怪我では狩りには足手まとい。ましてや数が多すぎて、防衛も不向き。自分たちの狩りを優先的に考えるなら、捨てたほうが効率が良い……か」
「……酷い、です」
カルミアは胸元の近くで拳を強く握りしめた。
「竜は人類にとっては脅威の存在……殺す側が、情を抱くな」
「わかってます」
「ひとまず、近くの村へ行ってm親竜の行方に関する手掛かりを探そう。行くぞ」
「……はい」
複雑な感情を抱きつつ、その場を後にした。
親竜の行方を調べるため、二人は情報を得られそうな山脈の近くにある、ムスカリ村へ向かうことにした。
ムスカリ村は人口約百人程の村で、高い標高を利用して育てられる天然香料が、村の主な収入源にもなっている。品質も良く、高価格で取引されるものある。そのため商人の間では、それなりに有名な村なのだ。
「確かムスカリ村は今日、収穫祭が行われている」
「収穫祭ですか?」
「年に一度の祭りだ。この時間でも起きてるだろう。情報を聞き出す手間は、多少省けそうだ」
お祭り……きっと賑やか何だろうなぁ。
近くの村には祭りといった風習は無く、目にすることは無かった。少しの期待が、カルミアの気持ちを軽くした。
村に足を踏み入れた瞬間、祭りの賑わいが押し寄せてきた。飛び交う人々の声、はしゃぎ回る子どもたちの笑い声が重なり、村全体が活気に満ちている。と思っていた。
――村に着いた時、瞳に映ったのは悍ましい光景だった。
「なんだ、これは……」
辺り一面が火の海と化し、上空には大型の火竜が群がっていた。恐らく親竜と思われる。
村人たちは混乱状態、まだ全ての避難が終わっておらず、中には怪我人や無残な姿の者、泣き叫ぶ子どもの声、非難を呼び掛け誘導する大人たち……被害は深刻だ。
「――幼竜は狩りを効率化する時間稼ぎの罠だったのか……カルミア! 私は火竜を討伐する。お前は村人たちの避難を手伝え!」
「……あ、あぁ……」
この状況に音が歪む、足の感覚も消え、息が苦しい。
「カルミア・ジーニアス! 立ち止まっていても状況は悪化するだけだ! 良いか、お前は大罪の魔女、その責務を果たせないのなら――ここで死ぬ事になるんだぞ!」
私の、責務?
なんでロベリアさんは、こんな私なんかを竜討伐に同行させたんだろう。
一般魔法は波程度の技術と火力。得意魔法も固有魔法も、戦闘向きじゃない。どうして私は大罪の魔女に選ばれたのか、ずっと不思議に思っていた。私なんか、ただの足手まといなのに……。
パチンッ!
柔らかいものを叩くような音が頭に響いた。同時に左の頬に痛みを感じる。
「聞いているのか! いつまでも怯えているな! ずっとそうやって、ここにいるつもりか!? 辺りは火の海、生き残るため恐怖と闘いながらも足を動かし逃げる者、大切なものを守るために勇気を振り絞り前に立ち誘導する者、お前は、そのどちらも見殺しにするつもりか!」
怖い。
逃げたい。
それでも――あの子たちの泣き声が、耳から離れなかった。
「――がいます。違います! 私は、私は人を殺す事は絶対にしません……残された人々の命は、私が守ります! それが大罪の魔女の、私の責務です!」
「だったら、さっさと行動に移せ! 火竜は、私が相手をするっ!」
「はいっ!」
カルミアは村人と一緒に避難の誘導、救出、応急処置、防護、その役割を真っ当した。
前線では激戦が繰り広げられている。あの数を一人で相手をするのは簡単な事じゃない。ロベリアも苦戦を強いられている。
火竜の放つ炎がロベリアの左腕を掠めた。
火竜はそれを見逃す事は無かった。知能が高い竜は、すぐに行動を学習。再び放った炎は視界を覆った。次の瞬間、ロベリアの足元の地面が爆ぜる。
「……っ!」
初めて、彼が舌打ちした。
「この程度の傷では、私は殺せませんよ!」
ロベリアの口調がいつも通りに戻っていた。それは状況の整理と冷静さを取り戻した、仮面の姿に。
戦闘開始から一時間が過ぎた。持久戦が続く中、村人の避難が終わり、ロベリアへ報告を告げる。
「ロベリアさん! 村人の避難、全員完了しました!」
「わかった……カルミア、少し離れていろ」
「はい……?」
カルミアが後退すると、ロベリアから流れる風向きが変わった。
「ここで一気に肩を付けるっ! ……我が名はロベリア・デルフィニウム。大罪の魔女が一人、傲慢の魔女。貴様の所業は侮辱と見なし、万死に値する!!」
彼の固有魔法、それは――魔力と物質を組み合わせた無数の流星を起こす。
「業火の流星」
攻撃範囲が広く、威力も高いため、直撃した際は絶命を逃れられない。また衝撃時に起こる爆風は遠くまで届き、立っているのもやっとの風力。
数十体の親竜は同時に焼却され、骨すら残らず灰となった――。
「魔力も残り僅か……帰り道には十分な量だ。私たちの仕事は終わった、帰るぞ」
「ま、待ってください!」
予想外の出来事もあり、竜討伐は夜明けまで続いた。
太陽の光が辺りを照らす。すると、無残にも原型をとどめていない村の様子があらわとなった。木々は燃え炭となり、建物は崩壊。祭りの最中と思われる形は残らない程に、被害は大きかった。
「村を立て直すには、それなりの時間と財力が必要となる。しばらくは貧しい生活になるだろう」
「……っ」
言葉を出そうにも、息が詰まる。
自分たちに出来る事は、何もない。
「もうすぐ、国の援助隊がやってくる。私たちの姿を見られては面倒だ」
「分かってます。でも、少しだけ、時間をください」
せめて、明るい未来を、村の人たちに見せてあげたい。
カルミアは一歩前に足を踏み出すと、詠唱を唱え始めた。
「――我が名はカルミア・ジーニアス。大罪の魔女が一人、色欲の魔女」
すると目先の植物は枯れ、蟲は息絶える。しかし彼女の道後には草花が咲き、徐々に範囲が広がる。
無き枯れ果てた大地に新たな生命の息吹が宿る。やがて背後は草木に覆われ、どこからともなく小鳥がやって来た。
負傷したロベリアは痛みが安らぐ感じと同時に心地よい温もりを味わった。
「全ての精気を吸い尽くし、新たな生命の息吹となり、大地に恵みをもたらせ――」
これが、彼女は戦闘向きでは無いと言われる固有魔法。
「再生の息吹」
「――全く、いつ見ても戦闘向きでは無い魔法ですね……でも、彼女の優しさが象徴された、とても心地の良い魔法だ」
二人の数先には新たな命が宿る。大きな大木が、後に村の象徴となる事を、彼女はまだ知らない。
魔力のほとんどを使い切ったカルミアは、視界が少し滲み、ふらついた。
「おっと……全く、お人好しな所も、相変わらずでしたか……」
「はは……すみません」
その言葉と同時に、彼女はロベリアの腕の中で笑っていた。
「さあ、帰りますよ」
「――はいっ!」
カルミアは自力で起き上がり、ロベリアの後に続いて歩いた。
彼女の笑顔は、人々を優しさで包み、心温まる、大罪の魔女には似つかわしい程、幼い子どもの様だった、と。私は……そう感じた。




