Episode14 再会の道しるべ
「トレニア!? な、なんでここにいるの!?」
カルミアの目の前に現れたのは、紛れもなくトレニアだった。彼女はメイド服に付いた土埃を軽く払うと、いつもと変わらぬ明るい表情を見せた。
「それはもちろん、ご主人様を助けに来たからです!」
胸を張り、迷いのない即答。
混沌とする状況の中で、カルミアは困惑を隠せなかった。
「助けにって……どうやって、ここまで来たの? 場所だって伝えてないのに……」
「えっと……」
トレニアは顎に指を当て、ほんの少し考え込む。
「……魔法で?」
「魔法って……トレニア、魔法使えないでしょ……」
魔力を持たないはずの彼女が、どうやってこの学園に辿り着いたのか。その答えは――ほんの少し前。一時間ほど遡る。
◇ ◇ ◇
森の奥、カルミアの自宅。
太陽がうっすらと差し込む室内で、トレニアはテーブルに肘をつき、口を尖らせていた。
「あーあ……ご主人様がいないと、今日も退屈で死にそうです」
誰に向けるでもなく零れた愚痴。つい最近まで賑やかだったはずの部屋は、一人減っただけでも妙に広く感じられ、風の音だけが静かに通り抜けていく。
「暇すぎて、掃除も手につきません」
普段なら落ち着きのないトレニアが、珍しく椅子から立ち上がらない。トレニアが不貞腐れていると、耳元で鈴の様な音が聞こえた。
「うんうん、その気持ち分かるよー」
同時に軽い調子の声が、すぐそばから返ってきた。
「愉しみがないと、なーんにもやる気、起きないよねっ」
「そうなんですよー……って、あなた誰ですか!?」
気づけば、部屋の中央に見知らぬ少女が立っていた。
「不審者ですか……いったい、いつから……」
扉が開いた音も、足音もない。だが、そこに立つ姿は不自然なほど馴染んでいる。無遠慮で、どこか人懐っこい笑顔。まるで最初から、この家にいたかのような自然さだった。
「ヒバナはヒバナだよー……それよりさ。メイドちゃんも、学園に行きたい感じかなー?」
ヒバナは淡々と話を進める。
「……どちらかと言えば、ご主人様と一緒にいたい、ですね」
迷いも、照れもない正直で真っすぐな、即答だった。
その言葉を聞いた瞬間、ヒバナの表情が「ぱっ」と明るくなる。まるで、その返事を待っていたかの様だった。
「だったらさ。その願い――ヒバナが叶えてあげよっか?」
「……本当ですか。ご主人様に会えるんですか!?」
トレニアの目が、その期待に「キラリ」と輝いた。疑うという選択肢は、最初から存在していない。ご主人様に会えるのなら、なんでもよかった。
「任せてよー!」
ヒバナは肩に掛けたカバンを漁り、何かを取り出す。布擦れの音の後、掌に乗ったのは小さな魔石だった。それを掲げると、再び軽い調子に口調を変えた。
「テッテレー。てーんーいーまーせーきー(転移魔石)!」
淡く輝く石の内部には、細かな紋様が幾重にも刻まれている。ただの装飾ではない。魔術に詳しくなくとも、それが特別である事は一目で分かった。
「これはね、転移先の座標が刻まれた特別製の魔石なの。魔力を持たない人でも、その場所になら一瞬で移動できちゃう優れものなのー!」
「なんと……便利な時代になりましたねー」
素直な感想に、ヒバナは満足げに頷く。
「でしょ、でしょ! 馬車での移動なんて、もう古いの。魔法で空を飛ぶ? でもそれって、一般的じゃないでしょ? もっと手っ取り早く、簡単に、楽に移動がしたい! そんな願いを叶えてくれるのが、この魔石ちゃんなのっ!」
ヒバナはトレニアに魔石を渡し、笑顔で答えた。
「ところで……どうやって使うのですか?」
「そ、ん、な、の、簡単だよ。砕くだけ」
「なるほど……」
トレニアは魔石をじっと見つめる。掌に伝わる、ひんやりとした感触。その背後で、ヒバナが「ちなみに――」と何かを説明しようと背を向けた、その瞬間。
「えいっ」
――パキンッ。
軽い音と同時に、床へ魔法陣が走った。幾何学模様が淡く発光し、空気が一瞬だけ歪む。
「ちょ、ちょっと!? それ片道しか使えな――」
しかし、ヒバナの声は最後まで届かなかった。眩い光が弾け、視界が白に染まる。光が収まった後、そこにトレニアの姿はなかった。
ヒバナは「ぽかん」と口を開け、一言ぼやいた。
「……もう、行っちゃった?」
――転移後。視界が白く弾け、次の瞬間。
「おー……本当に一瞬ですね!」
足裏に伝わる感触が変わった。木の床でも、土の地面でもない。硬く整えられた石畳の冷たさ。
顔を上げたトレニアの目の前には、聳え立つ巨大な校門があった。黒鉄で組まれた門扉には精巧な装飾が施されている。
「この門の先が学園でしょうか? だとしたら、ご主人様は目前! 早速入ってみましょう」
だが、門は固く閉ざされていた。辺りに人影はなく、不自然なほど静かだった。
「えーっと……誰かいませんかー? 門を開けて欲しいのですがー」
声を上げ、問いかけるが返答は返ってこない。首を傾げ、少し考える。するとトレニアは、何を思い立ったのか、門に沿って外周を歩き一周する。塀の高さは校門と同じく統一されている。他に入口らしき場所は無し。トレニア再び「うーん」と首を傾げ、少し考える。
今度は何かを閃いたのか「ぱあ」と表情が明るくなる。
「ジャンプして、飛び越えましょう!」
トレニアは軽く屈伸し、両腕を振る――次の瞬間。
地を蹴った音すら小さく、トレニアの身体は宙を舞った。高さ数メートルはある校門を、まるで段差を越えるかのように軽々と飛び越え、内側へ着地する。
「よしっ」
何事もなかったかのように、服の裾を払う。
「さて……ご主人様はどちらでしょうか」
周囲を見回した、その時。違和感に足が止まる。
学園の中には、あちらこちらと魔獣がうろついていた。その様子に眉をひそめる思考を巡らせる。
「学園って……魔獣を飼育する場所でしたっけ?」
以前、ロベリアに学園とはどういった場所なのか。その様な会話をしていた。会話の中には動物を飼育していると、聞いた覚えはあるが、魔獣に関しては何も聞いていない。
トレニアが、まじまじと様子を伺っていると、物陰から一匹の魔獣が咆哮を上げ、トレニアへと突進してきた。
「――グァアアッ!!」
気づいた時には、すでに間合いに入っていた。
だが、トレニアは慌てない。半歩、体を捻り、ごく自然な動作で蹴りを放った。それは魔獣の胴体を正確に捉えた。
鈍く重い衝撃音が響き、魔獣の巨体は宙を舞う。
獣の悲鳴が空気を引き裂き、そのまま二階部分の校舎へと叩きつけられた。
――ガシャァンッ!!
窓ガラスが派手に砕け散り、木枠が軋み、魔獣の身体は室内へと突き抜けていく。静まり返っていた学園に、衝突音が響いた。
少し遅れて、トレニアが声を上げる。
「あ、あわわわ……壊してしまいました……!」
割れた窓を見上げ、申し訳なさそうに両手を胸元で合わせる。「弁償はデルフィニウム様がしますっ」と言わんばかりに。
「魔獣も中に入ってしまいましたし……とりあえず、様子を確認しましょう」
一拍置いて、気を取り直したように頷く。
トレニアは軽く膝を曲げ、跳ねるように地を蹴った。壁を掴むこともなく、砕けた窓枠を越えて、二階の室内へと、またもや難なく侵入する。
教室の中は荒れていた。倒れた机、散乱した椅子、床には砕けたガラス片。
その中央では、先ほどの魔獣は完全に伸びきり、ぴくりとも動かない。
「ふう……どうやら被害は最小限に収まったみたいで、何よりです」
胸を撫で下ろすように息を吐き、額に落ちかかっていた前髪を、そっと指で払った。
「……ここに、ご主人様の姿は無いですね。他の部屋にいるのでしょうか?」
トレニアはドアを開け、廊下へ一歩踏み出し周囲に目を向けた、その瞬間。視界の数メートル先に、見覚えのある人物の姿が映り込んだ。その顔を認識した途端、思わず声が漏れる。
「あっ――」
高身長で細身の身体。金色で腰程まで伸びた長髪。紅い瞳。それらの特徴だけで誰か分かってしまう。
「デルフィニウム様じゃないですか!?」
「っ!?」
トレニアの声に、ロベリアも反応した。それと同時に、一緒にいる女もトレニアを認識すると、その場で動きが止まった。
その隙に、トレニアはロベリアとの距離を一気に詰める。
「どうして、デルフィニウム様がいるんですか!? まさか……ひとりだけ、こっそりご主人様に会いに来たんですね! 酷いです! 私だけ仲間外れにしてー!」
「そんなわけあるか! 悪いが今は話をしている場合じゃ――」
「というか、あの女は誰ですか?」
トレニアは、ぴたりと視線を横へ移した。
「さっきから私の方を、じっと見て来るんですが……そういう趣味ですか?」
嫌悪感を抱く、その表情は汚らわしい者を見てるような険しい顔だった。
「……メイド?」
エルフ女は眉をひそめ、嘲るように口元を歪めた。
「いったい、どこから湧いてきたのでしょう……まあ、答えなどどうでもいいのですが。二人まとめて、殺処分します!」
短剣を両手に構え、殺気を解き放つ。床を蹴る音すら立てず、エルフ女の身体が滑るように距離を詰めた。標的はトレニアに当てられた。殺気を纏った刃が交差し、風を切る。だが――エルフ女の視界から、トレニアの姿が消えた。次の瞬間。
「――がっ!?」
腹部に叩き込まれる、重く鋭い衝撃。鈍い音とともに、エルフ女の身体が宙を舞い、壁へと叩きつけられる。その衝撃で壁が軋み、埃が舞った。
「かはっ……な、なんですか……この、怪力は……!」
エルフ女は床に崩れ落ち、苦悶の声を漏らす。
「人間が、出せる力の領域を……遥かに、超えている……」
「どうやら、分が悪いようですね」
ロベリアが淡々と告げる。
「あなたでは、彼女には勝てません」
「(骨を何本かやられた。今の状態では、メイドの速さを上回る事はできないでしょう……)」
エルフ女は歯を食いしばり、ロベリアへと視線を向けた。
「せめて、あなただけでも――!」
「……暴力的ですね」
ロベリアは一歩も動かず、静かに魔力を展開する。
「重圧」
発動と同時に、エルフ女は再び身体が、叩きつけられるように、今度は床へ伏せた。まるで見えない巨岩を全身に載せられたかのような圧迫感。呼吸すらままならない。
「ま……魔術師、だけでも……!」
「その執念は認めましょう。ですが、あなたの負けです……トレニア。拘束しなさい」
「はい!」
返事と同時に、トレニアは軽やかに動いた。ロベリアから渡された縄で、無駄のない手際でエルフ女の手足を押さえ、確実に拘束する。
「あなたの素性は、後で伺うので。覚悟しておいてくださいね」
その声音には、感情らしい起伏がなかった。
淡々とした口調であるがゆえに、逃げ場のなさだけが際立つ。
「……」
「ああ、それと」
ロベリアは、思い出したように言葉を継ぐ。
「私は、魔術師ではありません」
ゆっくりと、しかし確実に。エルフ女を見下ろし、静かに言い切った。
「――魔女です」
その一言が、空気の温度を変えた。
エルフ女の喉が、ひくりと鳴る。理解したくない事実を、否応なく突きつけられたかのように。
そして――エルフ女の視線が、わずかに揺れた。
ロベリアではない。その背後に立つ、メイド姿の存在へ。
「……?」
先程の軽やかな動きで揺れたホワイトブリム。その陰から、ほんの一瞬だけ覗いた、それ。
――滑らかな曲線を描く、角。
あれは、人のものではない。紛れもなく――魔族の証。
この場に立っているのは、魔女と魔族。エルフ女はようやく悟った。自分が踏み込んだのは、最初から勝ち目のない領域だったのだと。
「私は……ただの囮。使い捨ての存在……そこの魔女。なぜ私を殺さない?」
「魔女は、如何なる理由があっても……人を殺すことは、禁忌ですから」
エルフ女は、どこか納得したように目を伏せた。
「……あの人とは……違う、のですね……」
「あの人? おい、それは誰の――」
「デルフィニウム様!」
ロベリアが言いかけた所で、言葉を遮られる。
「ご主人様が、どこにいらっしゃるかご存じありませんか?」
緊張感も無い言葉に、ロベリアは呆れた表情で一言だけ答えた。
「あいつなら、中庭の方へ向かった」
「分かりました! ありがとうございます!」
トレニアは、すぐさま踵を返すと、床を蹴る音が響くのと同時に、その場から姿を消した。
――そして、全速力で中庭へと駆け出し、現在の状況へと発展した。
◇ ◇ ◇
「まあまあ、細かいことは気にしないでくださいよ~。それより、ご主人様との再会ですよ? もっと喜んでくれても良いじゃないですか~」
そう言って、トレニアは無邪気に笑った。
「……久しぶりにトレニアの姿を見られて、本当に嬉しいよ。でも――今は、余韻に浸る場合じゃない」
カルミアの視線が、ゆっくりとそれへ向く。男は蹴られた衝撃で、植物園に吹き飛ばされた。威力から推測するに、地面に倒れ、動けなくてもおかしくはない。
「心配はいりませんよ~。ご主人様に危害を加えようとしたので、顔面に一発――」
「……これ以上、何も……」
掠れた声が、静まり返った空気を裂いた。
「……何も、傷つけるな……」
「っ……!」
トレニアが振り返るより早く、カルミアが一歩前に出る。
「トレニア、気を付けて……。魔力質が――さっきと違う」
「え? それって……」
男は、ゆっくりと身体を起こした。
致命傷のはずの蹴りを受けた顔には、血も腫れもほとんど残っていない。
「どいつも……こいつも……」
男の声が、低く、濁る。
俯いたまま、額に垂れ落ちた前髪を指で引っ掛けると、まるで邪魔なものを振り払うように、荒々しく掻き上げた。
「馬鹿にして……コケにして……弄んで……見下して……」
カルミアの胸に、強烈な違和感が走る。
「お前らも、同じだろ?」
男は、歪んだ笑みを浮かべた。
「彼女を面白がって……弱いからって、踏みつけて……。何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度もっ!! 心を傷つけタッ!!」
それは先程までの不安定な揺らぎではない。憎悪と執着が、形を持ったかのような濃度だった。
「……これだから、貴族は嫌いなんだ」
「ご主人様、あの男……なかなか、しぶといですね。私の本気の蹴りで、動ける相手は初めてですよ」
「アアァ、負けず嫌いが、取り柄なんだ」
男は、歯を見せて笑った。
「何度だって――立ち上がってやるサッ!」
この時、違和感は確信へと変わった。
魔力質の変化。性格の乖離。瞳孔は狂い、感情だけに支配されている。
もしかして、魔力瘴気の影響を受けているのかも……。
「サァ――ここからが、本番ダァ……!」
役者は全員揃、次回ついに決着の時……‼




