第一章 幸せな婚約者たち
「アリシア、君は今日も美しいね」
「まあ、ヴィクトル様ったら。昨日も同じことをおっしゃいましたわ」
「昨日の君も美しかった。今日の君も美しい。それの何が問題なんだい?」
侯爵令嬢アリシア・ジル・ローゼンベルクは、扇子で口元を隠して微笑んだ。
目の前にいるのは、婚約者であるヴィクトル・ウィル・グランツ公爵令息。
輝く金髪に、澄んだ青い瞳。
スラリと長い手足に程よくついた筋肉が逞しく、頼り甲斐があるように見える。
社交界では王太子にも引けを取らない美青年と評判で、アリシアとは十六歳の頃から婚約している。
二人の婚約は、両家の事業提携を背景に結ばれたものだった。
ローゼンベルク侯爵家は王国最大級の商会を傘下に持ち、グランツ公爵家は広大な領地と鉱山、港湾施設を所有している。
侯爵家の商才と公爵家の資産。
両家が手を組めば、王国の経済に大きな影響を与えるほどの利益が生まれる。
そんな大人たちの思惑から始まった婚約だったが、当の二人は驚くほど仲がよかった。
ヴィクトルはアリシアを溺愛し、アリシアもまた彼を愛していた。
少なくとも、アリシアはそう信じていた。
「結婚式まで、あと半年だね」
ヴィクトルが嬉しそうに言った。
「ええ。衣装も決まりましたし、つぎは招待客の確認と招待状の作成、それから披露宴のお料理ですわ」
「早く君を妻にしたい」
そういうとヴィクトルはアリシアを見つめながらそっと手を握る。
その青く澄んだ瞳の奥に熱を感じる。
「……ヴィクトル様」
アリシアはその白い頬に熱が宿るのを感じる。
この人と結婚するのだ。
この人と家庭を築き、この人とともに年を重ねていくのだ。
そう思うだけで、胸が温かくなった。
――三週間後。
その幸せが、跡形もなく崩れることになるとも知らずに。




