新しい出会いの雰囲気
周囲を覆っていた霞はやがて、草原をそよぐ風に流されていき、俺は一人だけになった。
改めて、腰に手を当てつつ深呼吸をする。
「…フゥン!」
鼻息を勢いよく吹きだしたのち、周囲を確認する。
「…とにも、かくにも」
後方を含めて、ぐるりと一周、見回す。
「まずは…道を探すか」
クッキーの型で切り抜いたかのように、鬱蒼とした森林に囲まれたそこには、およそ人工物の類は見当たらない。
時間的には…太陽がほぼ真上にあるから、取り敢えず「昼」という事にしておこう。
季節は兎も角、およそ半日で夜になり、俺はこの原野で闇に呑まれるわけだ。
さあ、出番だぞ、俺の腹時計、頼りにしているからな。
草原の上を、当てもなく歩き始める。
喉かな風景だ、コンクリートジャングルに揉まれた精神が癒されていくのを感じる。
…ふと自分の履いている靴が、ビジネス用の革靴であったことを思い出す。
およそトレッキングには向かないそれを、苦笑いを浮かべつつ見つめ、歩みを進めると、森林の端、薄暗い原生林の前に立った。
杉…程度ならわかるが詳しい植生までは、俺の知識からではわからない。
だが、自分の故郷の田舎の風景によく似ている。
どうやら、植物の類は地球とほぼ同じそれが自生しているようだ。
「…ここを抜けるのかぁ」
故郷のそれによく似ていたとしても、やはり勝手の知らない土地の森を歩くのは正直怖い。
見慣れた森であっても、迷うときは迷うものだ。
それが未知の世界の森ともなれば、及び腰にもなるものだ。
「だけど…」
見回す限り、この草原は周囲を森林に囲まれている。
怖かろうが、この森を進まねば、最初のステップも踏めないのである。
短く息をつき、未知の森林を抜ける意思を固めたところで、ふと視界の端にキラリと光るものに気づいた。
「…?」
どうやら、少し歩いた森と草原の境の大木の根元から、それは発せられているようだ。
陽の光を反射して、いまもキラキラと光を放っている。
どうにも気になり近づくと、ある程度の距離から、否が応でもその存在を把握することになる。
「…人、か?」
異世界であることを否が応でも実感させられる。
正確には、人であった「モノ」であろう。
本来ならそこにある筈の頭部がなく、鈍く輝いた鎧の中は空洞になっていて、若干の白い影が見え、身をすくませたが、本人はほぼ朽ちていることがわかる。
相当の年月を経たのだろう、一部には蔦が絡み、それが辛うじて人の形をある程度保っている。
不思議と恐怖は無かった。
それがもう朽ち切ってしまっているからであろうか。
「…もしかして、狂気がうんたらって…女神さまが言ってたのも関係してるのかな」
更にその遺骸らしきものに近づくと、確かにそれは恐らく「人」のもので、骨すらもほとんど風化してしまっているのがわかった。
しゃがみ込み、真正面から見据える。
金属の鎧は、大小の傷は目立つものの、未だに日の光を反射する程度の輝きを保っている。
真鍮か金か、素材まではわからないが、見事な意匠の鎧だ、位の高い人だったのかもしれない。
ふと、横をみると、兜が半分土に埋まっているのが見えた。
手をかけ持ち上げると、それは空っぽですでに持ち主らしきものはなくなっている。
「なんだか、墓暴きみたいで心苦しいな…。
すいません…」
兜を鎧の横に置き、手を合わせて拝む。
そして気づく、鎧の傍らに輝きを放つものがある。
そこには、鎧の様に見事な意匠の剣のような何かが…。
「…!」
とっさに手を伸ばしてしまう、もし身を守る武器があれば、この後も心強いが…。
草に覆われたそれを持ち上げると。
「…そう、うまくはいかないか」
そこに剣は無く、あるのは鞘のみだった。
白地の見たこともない素材に、鎧と同じく金属で見事な意匠があしらわれている。
持ち上げると、余程長い刀身だったのか、やたら長さのあるそれを、両手で持ち上げる。
片手で持ち替え、地面についてみる。
杖にはちょうどよさそうだ。
「すいません」
近くの花をいくつか摘み取り、一人草原を眺めて逝ったのであろう彼か、彼女に手向ける。
そして、後ろ髪を引かれる感覚はありつつも、ありがたくその鞘をいただいていくことにした。
鞘を杖として使えたのは、正直助かった。
革靴での森林トレッキングはつらく、杖が無ければ疲労度は桁違いに増えていたに違いない。
改めて、鎧の人に感謝を伝えつつ、一人森の中を行く。
道すがら、何回か鹿やリスに出会ったが、それ以外は何事もない、穏やかな森だ。
しばらく歩いていると、耳に微かに水音が響いてくる。
「…!」
あわてて耳を澄まし、水音の方へと足を速める。
水場、それも川ならありがたい。
水音を頼りに進むと、そこには池程度の水場があった。
池の中心には朽ちた…いや、辛うじて新芽が吹いているような古木があり、どうやらその木の洞から、水がわき出しているようだった。
「すごい…」
思わず声が漏れ出た。
あの古木の下から湧水が偶然噴き出したのだろうか、自然の造形美というのは本当にすごいものである。
近寄ると、幾つかの魚影を確認することができた。
遠浅で気の周囲だけ深みがあるのか、濃い青色に染まっている。
湧き出た水は、小さな小川から森の更に奥に流れているようだ。
澄んだ綺麗な水だ、直接飲むことができるかはわからないが…。
『………ッ!!』
思わず、周囲を見回す。
森の葉擦れの音に交じって、確かに悲鳴のようなものが聞こえた。
動物のモノだろうか…いや。
『…けて…!!たすけてぇッ!!』
それは「人」の悲鳴だった。
小川の流れる方から、それは聞こえてきたようだ。
鞘を手に持ち直し、悲鳴のあがった方へ走り出す。
小川の周囲は水辺に生える背の高い草に覆われ、腰ほどの高さのそれをかきわけ進む。
するとすぐに、砂利で覆われた岸部になっていき、視線の先の光景が目に飛び込んでくる。
粗末な掘っ立て小屋のそば、焚火のたかれた傍で、何かが何かに覆いかぶさっている。
そして、もう一つの影…。
「子供!?」
何かに覆いかぶさっているそれに、子供が必死に棒きれを叩きつけている。
それに、覆いかぶさられているのは…。
考えるより先に、体が動いた。
小川を水しぶきを上げてわたり、砂利に足をとられながらもそれに向かって走り寄る。
棒きれを持った子供と目が合う、少女だ、顔には血が滲んでいる。
こちらをみて、驚きに歪みながらも、どこか安心したように泣き顔に皺を寄せる。
「た、たすけ…たすけてぇ!!」
鞘を両手で持ち、走る勢いを殺さぬように、後ろに構える。
そして、バッティングセンターさながら、渾身の力を込めて俺はそれに鞘を横殴りで叩きつけた。
ビキビキと太い枝を折るような感覚が腕に伝わる。
後ろから思いっきり、尻から、恐らく肋骨くらいにかけて振り切った鞘はそれにめり込み。
覆いかぶさっていた影は面白いように小川めがけて吹き飛んで行った。
力の行く先を失った体はくるりと空を切り、俺は砂利の上に転げる。
肘から、肩にかけて鈍い痛みが走る、だがそれを無視して起き上がり、水しぶきの上がった小川を見つめる。
しぶきを上げ続けるそれは、やがてむくりと起き上がり、荒い鼻息を上げてこちらを見た。
「…猪…なのか…?」
思わず声が出る、およそ大人の人間位の体躯のそれは、口から4本の歯を生やし、噴煙の様に水を噴き出す鼻はまさしく猪のそれだった。
よほど怒り心頭なのか、唸り声のような声と金切り音を上げながら、それはこちらを睨みつけてくる。
ほとんど虚勢で構成された精一杯の睨みをきかせながら、俺は少女たちの前に出る。
鞘を片手で持ち、精一杯体が大きく見えるように手と足を広げて、猪に向かい立つ。
「うわああああああああぁあぁぁあぁッッッ!!!!」
祖父母直伝、山で野生動物に出くわした際に行う、決死の威嚇である。
自分でも驚くほど響いたそれは森に響き渡り、木々を微かに震わせた。
一瞬身を震わせた大猪は、小川の中でずりずりと後ずさりをはじめ、やがて足を引きずりながら対岸へと逃げ去っていった。
荒く息を吐きながら、対岸の木陰を睨み続ける。
やがて、先ほどまでの喧騒は嘘だったかのように、辺りをせせらぎと葉擦れの音が包んでいく。
慌てて、少女たちへと駆け寄る。
あの猪に覆いかぶされていたのは、どうやら少女より一回り大きい少年のようだ。
少女は少年の傍らで、彼の左腕の辺りを必死に抑えている。
「…見せて!!」
不思議と頭は冷静だった。
俺は少女をわきにどかし、抑えられていた二の腕の辺りを見る。
言葉を失う。
ぐったりとした少年の左腕、二の腕の中ほどから先は、文字通り皮一枚で残りの腕と繋がっている状態だった。
「おにぃちゃ…!おにちゃあぁあぁ!!」
再び少年に近寄ろうとする少女を押退かし、腰の合皮のベルトを抜き取る。
俺に大した医療知識はない、だが今血を止めなくてはならないのは、長年の映画、アニメの視聴経験からわかった。
ベルトを少年の腕に巻き付け、留め具を用いて渾身の力で締め上げる。
「…が、あ…あああああぁあぁ!!??」
痛みで覚醒したのか、少年が狂ったように暴れ出す。
足が顎に直撃し、軽く衝撃を感じたが、少女に目を向け怒鳴りつける。
「手伝ってくれ!」
「…お…おにぃ…」
「助けたいんだ!早く!!」
顔に少年の飛び散らせた血が降りかかる。
少女は心の底から怯えたような顔をしていたが、俺の呼びかけに答え、近くまで寄ってくる。
「何か刃物は!?」
「…は、はぃ…!」
少女は鉈のようなものを俺に手渡してきた。
それを手に取り、腕を辛うじてつなぎとめていた薄皮を切り離す。
もはやそれくらいの痛みはショックで感じないのか、少年は大きくは動かない。
「右手を抑えてッ!」
少女は涙を零しながらも、少年の腕に縋りつくように抑える。
俺はボタンをちぎりながらシャツを脱ぎ、腕周りを強引に引きちぎると少年の腕の傷口に当て、縛り付ける。
少年は大層暴れたが、少女の協力のおかげでどうにか、出血は大分抑えられたようだ。
痛みの山が収まったのか、再びぐったりと力を失う少年を前にして、俺は少女に向き直る。
「大人は!?」
「…お、おと…おと…」
「大人は近くにいないのかッ!?」
少女は身を震わせながらも、こちらをまっすぐ見つめてくる。
「む、村が、すぐ近くに…あります!!」
おれはその言葉を聞いて、少年を背中に背負い、残ったシャツの切れ端で少年の腕を包んで脇にかかえる。
「案内してくれ!!」
…
少女は大分落ち着きを取り戻したのか、道案内は比較的スムーズだった。
「…こ…こっち!こっちです!!」
「はぁ…!はぁ…!!」
神人の体…というには、疲れの良く回る体に鞭打ちながら、俺は木々の間を走り抜けた。
住み慣れているのか、少女は跳ねるように進み、やがて目の前に開けた空間が広がった。
丸太で組まれた格子が周囲を取り囲み、乾草の屋根に板張りの住居群は、村というにはあまりに原始的な
ものだった。
少女が先導するまま、俺は村に向かって走りよる。
なにやら物見やぐらみたいなところから、「止まれ」だの「動くな」だの聞こえたが、そんなこと知ったことではない。
少女と共に、開け放たれた村の入口を駆け抜け、周りを取り囲む村人をかき分けて、正面にたった男性に少年を預ける。
少女は女性に抱き留められ、ワンワンと泣き出している。
「止血はできたと思います!!
で…でも…きっと、まだ危ないと思います!」
「…!?
わ、わかった!!こっちだ!!」
男性と共に村人をかき分けて駆け出す、一人の老人が立つある一軒家の前で止まり、中へと促される。
家の中の藁にゴザのようなものの敷かれた場所に少年を横たえ、老人に自分の行ったことを告げる。
「血は止まっておる、まだ顔色もいい。
命を拾うかもしれん!
湯を沸かすように村の者に伝えよ、ありったけじゃ!!」
「おう!」
中年男性が家を飛び出し、老人と向かい合う。
「手伝います…!」
「…!?…あぁ!頼む!!
傷口を抑えている布地を変える!外してくれぃ!!」




