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転生付与術師オーレリアの難儀な婚約  作者: カレヤタミエ


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220/220

220.神力の暴走と祈りと勇気

 象牙の塔を後にして拠点に戻り、ドアを開けた途端、とてもいい香りが漂っていた。


「おかえりなさい、オーレリア」


 アリアが出迎えてくれたその後ろ、広間のテーブルの上には料理が所狭しと並べられていて、なぜかテーブルにはジーナとロゼッタ、ノーラとともにウォーレンとライアンも座っていた。


「おかえり、オーレリア。お邪魔してます」

「ウォーレン、いらっしゃい。……すごく豪華な食事ですね」

「今日は用事が早く終わったので、ジーナさんと一緒にいろいろ買い込んでたら楽しくなってしまって。調子に乗って買いすぎて私たちでは食べきれないので、黄金の麦穂の皆さんも誘ったんです」

「エリオットは家族と約束があって、アルフレッドはヤボ用があるって断られちゃったんだ。それで俺たちが」

「そうだったんですね」


 アリアは計画的な人だし、好きなものにはお金を惜しまないけれど、反面不必要な買い物をするような人ではない。


 最近重い雰囲気が漂うことが多かったので、明るい気分にしようとしてくれたのだろう。アリアは頼れる仕事のパートナーであるけれど、それ以前にとても優しい友人なのだ。


「ありがとうございます、アリア」

「買いすぎたんだから、そこは注意するところですよオーレリア。ウォーレンさんとウォーロック卿がビールを箱で持ってきてくれたので、開けましょう」

「はい!」


 手を洗って席に着き、まずはビールで乾杯をして、並べられた料理を取り分けながら口にしていく。


 拠点での食事は大抵大人数になりがちだけれど、客を招いてビールを開けるとぐっと特別感が増すし、アリアが用意してくれた料理はとても美味しかった。


「このミートパイ、美味いな」

「屋台通りの東側にある人気な店だよ。最近は連日列が途切れないけど、今日はたまたま空いててすぐ買えたから、ラッキーだったね」

「いろいろなお店が並んでいるのに、ついいつも同じところで買ってしまうんですよね」

「買いに行く人で、好みが結構はっきり出ますよね」


 最近はすっかり屋台で買い物をするのに慣れた様子のアリアであるが、すでに贔屓の店もできたらしい。


 アリアが言うには、使っている香辛料や食べた時の食感で鮮度や品質の管理がいいところは間違いないのだそうだ。


 並んでいる品ぞろえが多いとついふらふらと近づいてしまうオーレリアとは目の付け所が違うようである。


「でも、たまにふいに買った料理がやけにおいしい屋台とかあるよね」


「そういうところはあっという間に人気店になって、そのうち店を構えて屋台通りから消えてしまうのが玉に瑕ですね」

 そうやって、屋台通りの店構えは新陳代謝をしていくらしい。

 骨付きのソーセージを切り分けてマスタードをたっぷりつけてかぶりつくと、ピリリとした酸味と肉と香辛料の香りがダイレクトに口の中に広がる。それをビールで流し込むと、おいしさが口いっぱいになる気がする。


「オーレリア、ミートパイ切り分けようか」

「あ、お願いします」


 口の中が油っぽくなったらピクルスの盛り合わせをつまんでリセットする。

 料理を囲んで和気あいあいと話をしていると、とても楽しい。反面、こんな時間がずっとは続かないことに胸の奥が痛んだ。


「それで、オーレリア。象牙の塔はなんだって?」


 ほどよくビールが回り、料理も半分ほどつまんだところでロゼッタがそう切り出した。

 紙ナプキンで口元を拭って背筋を伸ばし、シルヴァンとジェシカが話したことを整理して、できるだけわかりやすいように説明する。


 あらかたの話を黙って聞いた後、ロゼッタは胸の前で腕を組んで、なるほどねと告げた。


「新大陸いいじゃないか。あっちの大都市は中央大陸より発展してるぐらいだって聞くし、魔法使いなら仕事には困らないって有名だしさ。さすがに連中も新大陸までは追っかけてこないだろうし、ついでにフルウィウスも振り切れるなら願ったり叶ったりだ」


 そう言うとロゼッタはパンと膝を叩いた。


「旅暮らしは慣れたもんだし、新しい土地で心機一転やっていくのはいい案だと思うよ。船旅なら時々多少水を溢れさせたって、海に流れていくだろうしね」


 明るく前向きにそう言うロゼッタに、ノーラは静かに首を横に振った。


「それはダメ。新大陸にはダンジョンがない」

「別に、ダンジョンを探索するだけが冒険者の仕事じゃないさ。昔みたいに隊商の護衛をしたり、野獣に困っている村から依頼を受けて討伐したり、いくらでもやりようはあるよ」


 明るく言ったロゼッタに、ノーラはもう一度かぶりを振った。


「ロゼッタは言っていた。ダンジョンを踏破するのが夢だって。新聞に名前が載って、たくさんの人に認められて、すごい冒険者だって言われたいって。そしたらロゼッタを受け入れなかった故郷を見返すことができるって」

「ノーラ、あんなの酔っ払った時のたわごとだし、もうそんなこと、どうだっていいんだ」

「ロゼッタにとって大切な夢だから、諦めちゃだめ。そうしたら、ロゼッタはきっと後悔する」

「ノーラ!」


 苛立たしげに名前を呼ぶロゼッタに、ノーラは僅かも怯んだ様子を見せなかった。その代わり、ぐっと眉に力を入れて、強い瞳でロゼッタを見つめる。


「ロゼッタが私のために夢を諦めるぐらいなら、私は神殿に行く。元々あそこが私の居場所だった。ロゼッタはみんなから好かれているし、大事にされてる。私がいなくても、いつか必ず夢を叶える」


 それでは駄目なのだと、ノーラが一緒でなければ意味がないのだと言ったロゼッタの言葉を思い出して口を挟もうとしたものの、ノーラだってロゼッタのために真剣なのだということが伝わってきて、声が出なかった。


 お互いがお互いを大切にしていることは、傍目から見ても明らかなのに、どうしてすれ違ってしまうのだろう。


「私は駄目だよ。本当は弱くて臆病なのを、強い態度で隠しているだけだ。でもあんたが横にいてくれれば本当に強くなれる気がするんだ。だから、ノーラ……ノーラ?」


 ノーラの薄い唇が上下し、開いた唇からはあはあと荒い吐息が漏れている。何かを抑え込むように真っ白な両手で自分の体を抱きしめるようにして、ノーラが立ち上がると椅子ががたん、と固い音を立てて倒れる。


「おい、どうしたんだ、ノーラ」

「だめ、駄目!」


 叫ぶように言った次の瞬間、オーレリアの目の前に親指と人差し指で輪を作ったようなサイズの水の弾が現れる。


 えっ、と思った時にはそれは広間の空間にいくつも浮かび上がり、ぽかんとした次の瞬間、まるで激しい雨のように降り注いだ。


「きゃっ」

「オーレリア!」


 瞬く間に床に足の甲近くまで水がたまり、隣に座っていたウォーレンが腕を伸ばしてくる。そのまま抱き上げられて目をぱちぱちさせたものの、水の弾は新たに浮かび上がっては落ちてくることの繰り返しだった。


「失礼」


 隣では、ライアンがウォーレンと同じようにアリアを抱き上げて、足元を濡らす水から遠ざけていた。豪雨さながらに上から降ってくるので、すでにその場にいる全員がびしょ濡れだけれど、紳士としての行いなのだろう。


「ジェシカ!」

「魔力をぶつけて消していますが、これではきりがありませんね。ノーラさん、どうか落ち着いてください」

「ノーラ!」


 ジェシカとロゼッタの呼びかけにもノーラは自分を抱きしめる形のままうずくまって、首を横に振った。


「駄目、止められない」


 いつも抑揚のない声で感情をにじませないことの多いノーラだけれど、その声はまるで泣いているように響いた。


「ロゼッタ、神官長を呼んで」

「駄目だ、ノーラ。頼む、落ち着いてくれ」

「ロゼッタの夢の手伝いをしたかったのに。ごめんなさい」


 その言葉にノーラが諦めてしまったのが伝わってきて、ぐっと唇を引き締める。


 このまま神力の暴走が続けば、どうなるのだろうか。

 一度は治まるかもしれないし、周辺を水浸しにしても止まらないかもしれない。


 どちらにしても、ノーラは神殿に行ってしまうだろう。


「ウォーレン、二階に」

「分かった」


 行きたいので降ろしてくれと言おうとしたのに、最後まで告げる前にウォーレンはオーレリアを抱きかかえたまま、勢いよく階段を上ってしまう。


 一人を抱えているというのに素早くも全く危なげのない動きで、抱き上げられたまま階段を上るというかなりスリリングな状況だというのに恐怖心はわずかも感じない。


 さすがプラチナランクの冒険者だと、場違いな感心をしている間に二階にたどり着いていた。

 オーレリアの部屋の前で、ようやく床に足をつけることができた。


「ウォーレン、その、少しここで待っていてもらえますか?」

「わかった。でもオーレリア」


 何か言いかけてウォーレンは緑の瞳でしっかりとオーレリアを見つめる。


「何をするつもりか、分からないけど、無茶はしないでくれ」

「はい」


 頷いて素早く部屋に入り、小物を入れている引き出しを開けて、ちょうどいいものはないかと中を物色する。


 オーレリアは元々それほど多くの装飾品を持っているわけではなく、手持ちのものはウォーレンとともに買い求めたものとセラフィナから貰ったビーズの指輪くらいだ。


 その中から一番シンプルなものを指に取った。


 真鍮製のそれは、両親の形見の小物の中に混じっていた、おそらく母の普段使いしていたものだろう。


 ――ダンジョンのセーフエリアには、魔物は入ってこない。


 中央大陸では、魔物はダンジョンからのみ生まれるもので、時々弱い個体がダンジョンの外に迷い出ることがあっても、外で繁殖をすることはない。


 ダンジョンの中には魔力が漂っていて、その中では魔力と打ち消しあう神力は強く減退すると聞いた。


 そしてダンジョンのない新大陸やザフラーンには、空気中にうっすらと魔力が漂い、野生の魔物もいるらしい。


 これまで当たり前だと思っていたけれど、中央大陸の在り方のほうが、特異なのだとしたら。


 ダンジョンで付与術の術式を目にした時には混乱していたけれど、あれが人為的なものであるのは間違いなかった。中央大陸の魔力がダンジョンに集まっていて、そのため空気中の魔力がほかの大陸よりも薄いのだとしたら。


 セーフエリアで見たあの術式が他にもあって、その土地の魔力を吸っているのだとしたら。


 セーフエリアで見た術式を思い出す。


 魔力、封鎖、結晶化の他、上部、下部、封印という文字がうっすらと見えた。

 もっとちゃんと見ておけばよかったと思っても、後悔先に立たずだ。


 ザフラーンには魔力を抑えるための道具があり、実際に使っているのをセラフィナに見せてもらった。ということは、力を抑える方法そのものはあるはずなのだ。


 神様の力が強すぎて、ノーラの制御を越えているなら、ノーラ自身をセーフエリアのように神力から隔離できれば、その力を抑えることができれば、日常の暮らしに影響を出さないまま、冒険者も続けられるはずだ。


 そこまで考えて、緊張にごくりと喉を鳴らす。


 ウォーレンの持っている【鎮痛】の護符のように、肉体に直接影響を与える付与は医療付与と呼ばれ、神殿に所属する付与術師のみに使用が許されている。


 付与魔術の力は強い一方で、解明されていないことも多く、人体に影響を与える付与術などどんな作用が出るか分からない。


 過去に苦しんでいるウォーレンに【鎮痛】を付与したハンカチを渡した時も、ルールを侵してしまった罪悪感に苛まれたし、オーレリア自身恐ろしくて、そうした付与術を使おうなどと思ったことはなかった。


 ――でも、このままあの二人を放っておけない。


 目まぐるしく思考が行き来して、頭が熱を持ったようにひどく熱い。

 母の形見の指輪を両手でぎゅっと祈る形に握り締める。


 ――ママ、私に力を貸して。


 一度深く息を吸って、指先に魔力を込め、術式をなぞる。


 ――魔力ではなく神力。外の力から、ノーラさんを切り離すイメージで。


 セーフエリアを思い出しながら【神力】【封鎖】の後、【封印】の文字をなぞり、魔力が指輪に馴染んでふっと消えたところで、ぽたりと濡れそぼったにんじん色の髪から滴が落ちた。


 立ち上がると強すぎる緊張感のせいか、足元がふらついてしまう。ドアを開けると、ウォーレンはそこで待っていてくれた。


「オーレリア」

「下に行きます。……ウォーレン」

「うん」

「その、手を、握っていてくれますか」


 情けないけれど、この期に及んで足ががくがくと震えている。返事より先に、ウォーレンはしっかりと手を掴んでくれた。


「大丈夫、ちゃんと支えてるから」

「……はい」


 おかげで小走りで駆け下りた階段でみっともなく転ぶようなこともなく、広間に戻ることができた。


 すでに水はくるぶしより上までたまっていて、中を進むと次々と生まれてくる水の玉が顔や体にぶつかってくる。


「ロゼッタさん、これをノーラさんに」

「オーレリア?」

「もしかしたら……なんとかなるかもしれません」


 指輪を受け取ると、ロゼッタは呆然とその真鍮の指輪を見下ろし、一度オーレリアを見て、それから頷いた。


「ノーラ」


 固く体を抱え込む形のまま動こうとしないノーラの手を取り、やや強引に引きはがす。嫌がるように首を横に振った、ノーラの白い長い髪が揺れた。


「馬鹿だな。泣くくらいなら、いっそ絶対神殿には帰らないって言いな」

「泣いてない」

「嘘を吐くのも、我儘を言うのも下手なんだよな、あんたは」


 そう笑って、ロゼッタはノーラの手を取り、小さな手に少し迷ったあと、親指に指輪を嵌めた。


 瞬間、浮いていた水球がすべて床に落ち、一際激しい水音が立った後、しんと静まり返る。


「……治まったのか?」


 数瞬おいて、ロゼッタが尋ねると、ノーラはようやく顔を上げた。


「うん、フルウィウスの気配、感じない」


 呆然とノーラが言い、一瞬間をおいて、広間にいた全員の視線がオーレリアに向けられる。


 その何とも言い難い居心地の悪さに何か上手いことを言わなければと焦ったものの。


「あの……このことは、どうかご内密に」


 そんな言葉を、ようやく絞り出せただけだった。


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― 新着の感想 ―
厄介なことになるのは目に見えているし恐ろしいが、友達のピンチを見過ごすことはできない オーレリア主人公してるぜ…
――ママ、私に力を貸して。という短い一文にオーレリアの本当に切羽詰まった緊張感が最大限に込められていて一読者的にも思わず手に汗握るシーンでした!あとライアン×アリア、有りよりの有りです。
伏線の使い方が上手いです! オーレリアはどこまでもオーレリアらしいなって、思いました。 ロゼッタとノーラのやりとりも良かったです。
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