218.月明りと昔話
「あたしは南部の生まれでさ」
煙草を消すと、ロゼッタは中庭から見える月に視線を向けたまま、ぽつりと言った。
「葡萄を育てていて、人間より羊の数が多くて、移動手段が三日に一度の馬車ぐらいしかないような田舎の村でね。そんなところで魔法使いなんて産まれちまったもんだからさ、周りからは持て余されててね」
私はこんな性格だしさ、とロゼッタは、苦笑まじりに続けた。
「村には他に属性魔法を使う奴なんていなかったし、ガキの頃から負けん気が強くて、近所の悪ガキたちにからかわれたら飛びかかって泣いて謝るまで殴りつけるような真似をするもんだから、まあ遠巻きにされちまうよねそれは」
ロゼッタの口調は軽いものだったけれど、いつも快活できっぷのいい彼女としてはどこか寂しさを感じさせた。
「決定的だったのは魔力が強くなってきた思春期の頃、気持ちが昂ぶった時に母親に火傷をさせちまってね。田舎だから親は絶対みたいな空気が王都よりずっと強くてね。親に怪我をさせるんじゃ、他人なんて焼き殺されるんじゃないかって噂になって、親は親で子供を躾けられない情けない奴って噂されてね。家に居場所がなくなったから、十五で家を出たんだ」
この世界の成人は十六歳であり、女性は成人した後も勤めに出ても工場の宿舎などに入る以外は、結婚まで実家で過ごすことが一般的だ。
十五歳で、しかも女性では、生活の糧を得ることも難しかったのではないだろうか。
「その年じゃ冒険者になることもできないから、紹介状のいらない仕事を転々としたよ。火の魔法は水の魔法ほどではないけど行商の隊列には重宝がられるから、大体は用心棒ついでの火起こし係として隊商と一緒に移動して回る暮らしをしてた」
「そうなんですね」
ロゼッタはこともなげに言うけれど、十五歳で家を出ていろいろな土地を転々とする暮らしは、決して楽なものではなかっただろう。
どんなに居心地が悪く肩身が狭いと思っていても、成人した後も叔父夫婦の家から飛び出す勇気はとうとう持てなかったオーレリアにとっては、その強さが眩しいぐらいだった。
「ま、そうやっていろんな土地を移動して、十六になって冒険者の資格を取った後もそんな暮らしを続けていたんだ。私は成り行きで家を出たから先立つものが少なくてね。多少金を貯めて装備を揃えてから冒険者稼業を始めたかったってこともあったし、特に魔法を使える冒険者はどこに行っても仕事に困らなかったから」
そうしてロゼッタは、十七の時に立ち寄った村でそのとき行動を共にしていた隊商の仕事が終わり、秋も深まっていた頃だったため、冬はその村で越そうかと考えていたのだという。
「宿もとれて本腰を入れて冬越しの準備をしようかってときに冬眠を前にした山の獣が畑を荒らすっていうんで、その調査を頼まれたんだ。始末してくれれば報酬は上乗せすると言われて、渡りに船だったこともあって調査のために山に入って、そこであの子を見つけたんだよ」
落葉の始まっている森の中で真っ白な衣装を着ていたノーラはとても目立っていたらしい。
「死んでるのかと思ったけど、かろうじて息はあってね。細くて小さくて、なんとも頼りない子供だった。連れ帰ると村の連中は、なんだか関わりたくないって感じで歯切れが悪くてね。二日くらい私の部屋に泊めて飯を食わせた後、結局あの子を連れて別の町に移動することにしたんだ」
かなり衰弱していたというので、もしそこでロゼッタに発見されていなければそのままということもあっただろうし、獣に襲われる可能性だってあっただろう。
「どうしてそんな態度だったんでしょう」
「小さくて、あまり産業のない村にとっては、近くに神殿の神域があるとなったら神殿からの客も増えるし、落とす金も馬鹿にできないものなんだろうね。別にその村が水神の信者だったってわけではないんだけど、神殿と揉めたくないって気持ちが強かったんだと思う」
なんとも嫌な話である。思わずオーレリアが眉根を寄せていると、ロゼッタははぁー、と尾を引く息を吐いた。
「何ていうかねえ、あんな小さな子がそうやって周りの大人から持て余されて居場所がないことに、私はすごく腹を立てていたんだけど、ノーラはそんなこと全然気にしちゃいないんだよ。ご飯を食わせればありがとうって言うし、ちゃんと寝ろって言えば素直に毛布に包まるところとかね。辛いことがあったばかりのはずなのに、人間の汚いところを知らない小さな動物みたいで……そんなあの子を見てると、なんていうか、故郷を出てからずっと、ここで燻ってた怒りとか、苛立ちとか、ま、寂しさとかさ。そういうのが、すごく下らないことに思えたんだ」
ここ、とロゼッタは腹に手を添えると、声を出さずに唇を笑みの形にする。
「喧嘩早くて気の強いあたしより、どこかぼんやりしてて見るからに弱っちそうなあの子の方がずっと強かった。冬の間に少しずつ飯を食わせて体が回復して、春になってそこからどうしようかって話になった時、二人で王都に行こうってことになったんだ」
そこからしばらくロゼッタとノーラはそれまで彼女がそうしていたように隊商の護衛をしたり、こまごまとした依頼を受けてお金を貯めながら、ノーラが十六歳になって冒険者の資格を取った後、王都に来てそこからダンジョン専門の冒険者として活動を始めたという。
「あたしは自分のことだけだと後先考えないところがあるから、ノーラが一緒にいてくれるといいブレーキ役になってくれるんだ。ノーラはあの通りちょっとぼんやりしてるからね。お互い補い合って、うまくやってくることができたんだよ」
「二人は、良いパートナーなんですね」
「……うん。あの日ノーラに出会わなかったら、あたしはきっと、どっかで駄目になっていたんだろうな」
オーレリアの知るロゼッタは、面倒見が良い姉御肌で、出会った時から多少圧倒されつつも世話になる場面ばかりだった。
ノーラと出会う前の彼女がどんな人だったのか分からないけれど、ロゼッタがそう言うのならばきっとノーラの存在が今のロゼッタを作ったのだろう。
「最深部を踏破したいという目標は本当だよ。いつかあの子とそれを達成するつもりで今までやってきた。でもそれはあたし一人じゃ意味がない。はじかれて、居場所がなくて、そんな二人が力を合わせればすごいこともできるんだって証明したいんだ。あの子と一緒じゃなかったら、駄目なんだよ」
オーレリアに話しながら、ロゼッタは自分の心を整理しているような様子だった。
「二人ならきっとできますよ。私はそう思います」
「ありがとう。こんな話を聞いてくれて」
「いえ、聞けて良かったです」
――私も、その姿が見たい。
ロゼッタとノーラが経験を積んで、いつか黄金の麦穂に続く最深部の踏破をする姿が見てみたい。
パレードの先頭で、たくさんの人に祝福されながら、双星はすごいパーティーだと、ロゼッタとノーラは最高のパートナーだと言われている姿に、心からの拍手を送りたい。
「もうちょっとあがいてみないとね。私の夢はそう簡単には諦められないから」
「はい」
そのためにできることがあるなら、協力したい。
月明かりの下、二人きりでロゼッタの彼女が普段見せない柔らかい部分を見て。
心からそう思った。




