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転生付与術師オーレリアの難儀な婚約  作者: カレヤタミエ


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212/212

212.仲裁依頼と選べる自由

「義姉上、お疲れ様です」


 セラフィナとの面会を終えて控え室に戻ると、ウォーレンの上の弟であるヴィンセントがウォーレンの隣のソファに腰を下ろし、優雅な仕草でお茶を傾けていた。


 オーレリアがセラフィナと面会している間、ヴィンセントやその下の弟であるアイザックがこっそり控え室に訪れてウォーレンと交流を持っているのはこれまでもよくあったことなので、まだ緊張はあるけれどそれほど驚きはしなかったものの、いまだに「義姉上」と呼ばれるのは少しばかりこそばゆく感じてしまう。


「お疲れ様です、ヴィンセント殿下」


 二人の向かいの席に座ると、ウォーレンがお茶を注いでくれる。


「ありがとうございます、ウォーレン」

「ちょっと冷めてしまったけど」

「王宮のお茶は、不思議と冷めても美味しいですよね。やっぱり、茶葉が違うんでしょうか」

「どうだろう? 最初に淹れてくれた人の腕がいいのもあるのかも」


 ヴィンセントやアイザックが来ている間は人払いがされているため、新しいお茶やお菓子が運ばれてくることがないので、こうしたやり取りもすっかりお馴染みになってしまった。


 冷めたお茶は渋みが出やすいものだけれど、カップを傾けてみても、多少濃くなっているだけで舌に残る渋みはなく、よい香りが広がるだけだった。


「ダンジョンの見学もお疲れ様でした。戻ったカイラム殿下から、とても面白い場所だったと伺いました。兄上にはもう体調は回復したと伺ったのですが、直接義姉上のお元気そうな姿を見ることができて良かったです」

「ありがとうございます。カイラム殿下はもちろん、ギルドにも黄金の稲穂の皆さんにも充分配慮していただいたのに、やはり足手まといにしかなりませんでした」

「無事に帰っただけで充分です。それに兄上にも、土産話を聞かせていただきましたし。ふふ、アイザックに羨ましがられてしまいますね」


 冗談めかして言うヴィンセントに、オーレリアもふっと気の抜けた笑みを漏らす。


 ウォーレンの弟二人は大変に彼に懐いているが、特にアイザックは無邪気にウォーレンを慕っているので、その様子が目に浮かぶようである。


「義姉上、セラフィナ姫のご機嫌はいかがだったでしょうか」

「お元気でした。いろいろと話を聞かせていただきましたし、出していただいたお菓子も美味しくて」

「それならよかったです。セラフィナ姫が外部の人間と個人的な時間をとるのは義姉上だけですので、姫もずいぶん心を慰められていることでしょう」


 ヴィンセントとセラフィナの面会は、おおむね週に一度程度、カイラムの立ち合いの元だというし、ザフラーンでは未婚の男女が親しくすること自体を忌避する文化があるようなので、女同士の気安さからのんびり会話ができるのは、実質オーレリアだけらしい。


 周囲には常にサーリヤたちがいるとはいえ、セラフィナは友情に飢えている様子を見せることも少なくない。


 オーレリアもそれほど頻繁に訪ねてこれるわけではないし、寂しく感じることもあるのではないだろうか。


「セラフィナ殿下は、他に同性のご友人をお作りにならないのでしょうか?」


 セラフィナは高貴な身分の女性であるものの、気さくで優しい人だし、アリアやレオナから王侯貴族の女性は社交をとても重要視するとよく聞かされていた。


 ヴィンセントと正式に婚約するかどうかはまだわからないにせよ、いずれ中央大陸に嫁ぐならば今からこちらで社交していても不思議ではないような気もする。


 それに対してヴィンセントは紅茶のカップに軽く口をつけ唇を湿らせてから、穏やかに言った。


「ザフラーンは帝室の力が強すぎて、帝家に属する女性は社交をする必要がないという文化らしいのです。レイヴェント王国に嫁いでいただける場合は、ザフラーンでの習慣を崩す必要はないという条件が含まれているので、社交をするかどうかは姫の裁量に任されています。何人か高位貴族や傍系王族の女性と会う機会はありましたが、今のところ、義姉上以外の友人を作りたいとは思っていない様子ですね」

「そうなのですね……」


 ザフラーンは西大陸の全土を支配する巨大な帝国であり、正式な国交はないとはいえ、様々な伝聞が流布されている。


 【出水】の術式を保持しているなど、おそらく中央大陸からは失われた術式を他にも所有している可能性もあるだろうし、全く違う資源や技術など、国交が開かれれば多くの新たな文化が伝わってくる可能性は大きいはずだ。


 セラフィナがただ嫁ぐだけでも、帝国との強い縁が生まれることになり、その恩恵は計り知れないのだろう。


 オーレリアには、政治や王宮の思惑などはよく分からないけれど、セラフィナ個人が王妃としての役割を果たすかどうかを二の次にしても、中央大陸で彼女を迎えたいという国は決して少なくないはずだ。


 セラフィナ自身はヴィンセントを気に入っているようだし、またヴィンセントも、セラフィナを憎からず思っているのが見ていて伝わってくる。


 ウォーレンの弟であり、自分の友人である二人がうまくいってくれればと思わずにはいられないけれど、国と国の問題はそれこそ個人の感情だけではどうにもならないことが多いのだろう。


「できるだけ会いにこれるよう、調整しますね」

「ありがとうございます。姫もとても喜ぶと思います」


 ヴィンセントのセラフィナに対する優しさがじわりと滲むような声だった。


 瞳の色以外、容姿はウォーレンとはあまり似たところがないけれど、そうした心の柔らかさのようなものが、この二人はよく似ているように思える。


「それと、今日は姉上にご相談というか、お話がありまして」

「はい、どのようなことでしょうか」


 改まって話があると言われて少し緊張したものの、ヴィンセントより先にウォーレンが心配そうな様子で話してくれた。


「ノーラさんの身柄と今後について、水神フルウィウスの神殿から王宮に仲裁依頼の申請が届けられたそうなんだ」


 意外な言葉に思わず目を見開くと、ヴィンセントも神妙に頷く。


「神殿は国から独立した機関ではありますが、同時に国が信教の自由と保護を認めているという一面もあります。互いに悪意はなくとも、信仰が絡むと神殿と一般との摩擦が起きることもありますので、そうした場合は国の機関が仲裁に入ることもあるんです」

「ロゼッタさんと神殿が揉めた時にオーレリアが仲裁に入ったから、今のノーラさんの後見というか、後ろ盾がオーレリアだと思ったみたいなんだ」

「ああ、なるほど……」


 拠点に二人を招いたのは彼女たちがトラブルに巻き込まれるのではないかと心配したからだし、神殿の人たちへの対処はほとんどジェシカがしてくれて、オーレリアはオロオロとしていただけなので、後ろ盾というにはあまりに頼りない盾な気もするけれど、そう受け取られても仕方がなかったかもしれない。


「よっぽど話がこじれない限り、個人間の話し合いを飛ばして王宮に仲裁の申請が来るのは珍しいんだけど、たぶん俺とオーレリアが婚約していることもあって、高位貴族との話が拗れてから仲裁を申し出るより、先に公的な機関に間に入ってもらう方が得策だと考えたんじゃないかな」


 神殿の人たちとロゼッタが揉めているときに仲裁に入ったおり、ジェシカがオーレリアのことを侯爵家の当主の婚約者だと告げたことがあった。


 あの時もかなり剣呑な雰囲気だったし、神殿の人たちから見れば、すでにひと悶着あった後だという認識でも不思議ではないだろう。


「すみません、その、ご迷惑をおかけして」

「全然迷惑なんてことはないよ。俺は少し話をしただけだけど、ノーラさんは神殿には帰りたがっていないんだよね?」

「はい。本人から、神殿からは放逐されたと伺っていますし、パートナーのロゼッタさんの口ぶりでは、かなりひどいやり方だったようですので……」

「どうして神殿が今更翻意したのかは分からないけど、嫌がる人に首に縄をつけて連れ戻すなんて許されないし、双星が冒険者の仕事を再開するためにも、きちんと話し合いをして諦めてもらった方がいいと思う」


 ウォーレンの言葉はもっともだ。


 ずっと今のままというわけにはいかないし、王都を出て姿をくらませてもいいと言うロゼッタに、ノーラはそれは駄目だとはっきりと言っている。


 ならば双方の意見をすり合わせて、ノーラの意思を神殿に受け入れてもらえるように話し合いを持ったほうがいいのだろう。


「それにノーラさんの神力の制御についても心配だしね。むしろこのタイミングで神殿が接触してきたのには、何か意味があるのかもしれない」

「義姉上がお望みでしたら、こちらから信頼のおける調停人を選定して立ち合いを行わせます。決して悪いことにはならないよう、充分に配慮致しますので」


 ヴィンセントはあくまでオーレリアの、いやウォーレンの味方をしてくれるようだ。

 とても心強いことである。


「ありがとうございます。一度拠点に戻って、ノーラさんとパートナーのロゼッタさんにもお話をしてみてもいいでしょうか」

「もちろんです。仲裁を申し込まれたからといって、必ず話し合いを行わなければならないわけではありませんから」

「そうなんですか?」

「はい。トラブルは速やかに解決するに越したことはありませんが、話を聞いた限りでは限りご友人を放逐したことは神殿も認めていますし、今は一般の市民であるならば、神殿の意見を突っぱねることはできます」


 だが、それで神殿が諦めるという保証もなく、いつかのように双星の拠点に押しかけたりすることもあるかもしれない。


 あちらから公的な機関に仲裁を依頼してきたのだから、はっきりそうと分かる形で拒絶したほうがいいのだろう。


「神殿にとって、有能な巫女はそれだけで価値がある存在ですから、戻ってきてほしいという気持ちはあるのでしょうけれどね。自由に生きられる人は、自由に生きた方がいい。私はそう思います」

「……そうですね」


 その言葉は軽やかだったけれど、どこかしっとりと重たく、この国の次期国王という重要な立場でありながら、おそらくは選べる自由と呼べるものはほとんど持ち合わせていないのだろうヴィンセントの心を写し取っているようだった。


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