206.セーフエリアと謎多きダンジョン
「全く、先遣隊は何をしていたんだい」
皮肉っぽく言いながらアルフレッドは立ち上がり、ウォーレンに告げる。
「ウォーレンが現場に行くより、ジーナに合流してもらった方が手っ取り早い。斥候に出ているジーナを探してくれ。カイラム殿下とオーレリア嬢は、ここで警護をつけて待機してもらおう」
「いや、グロウモスの数が多い。警護対象にはセーフエリアに移動してもらった方がいい」
「そこまでかい?」
ライアンの言葉にアルフレッドは眉間に皴を寄せる。カイラムやオーレリアの警護は黄金の麦穂が引き受けているけれど、先にルートを巡回して目立った異変がないか確認は済んでいるはずなのにと、不愉快そうな様子だった。
「グロウモスの蛹には隠密効果がある。近くの木に脱皮したばかりのグロウモスの蛹の残骸が山ほど残っていたよ。幼虫や成虫が少しいる程度ならともかく、群れの繁殖シーズンにぶつかったんだろう」
「それは、ついてないね」
アルフレッドは神妙に呟いたあと、軽く肩を竦める。
「オーケー、リーダー。それなら事態が収まるまでセーフエリアに移動してもらうのに賛成だ。万が一のことがあったらいけないからね」
「俺は戻ってジェシカに加勢する! ライアンとアルフレッドがいればセーフエリアまでの先導は充分だろう」
「あっ、おいエリオット……! ったく!」
エリオットはそう言うなり駆け出し、アルフレッドは苛立ったように髪をぐしゃぐしゃと掻きむしっている。
「俺も行くよ。ライアンとアルフレッドがいれば問題なくセーフエリアまで連れて行ってくれるから、オーレリアはそこでじっとしていてくれ」
「ウォーレン……」
「本当は俺が守ってあげたいけど、この場ではジェシカ以外に周辺の探索が得意なのは俺だから」
ウォーレンはそう言うとオーレリアに何かを言いかけて、ぐっと唇を引き締める。
「そばで守ってあげられなくてごめん」
それは本当に彼が言いたかった言葉とは少し違っていた気がするけれど、責任感の強い彼のことだ。カイラムや自分を置いていくのが心苦しいのだろう。
「大丈夫です。私ものすごく臆病ですから、ちゃんとライアンさんとアルフレッドさんの言うことを聞いて、セーフエリアでおとなしくしています」
我ながら情けない宣言ではあるけれど、エリオットのように飛び出しても役に立つどころか足を引っ張るのは目に見えている。この場で自分にできるのは、指示を聞いてできる限り静かに待っていること、その程度だ。
「うん、すぐに始末して迎えにいくから。ギルドがいい肉を用意してくれてるから、夕飯までには片付けるよ」
「それは楽しみです」
あえて明るく言って、ウォーレンはすぐに駆けだした。彼の周囲の草が渦を巻くように揺れているのは、風の魔法を使っているからだろう。
「オーレリア嬢、行こう。カイラム殿下、おつきの方と一緒に彼女を傍に置いていただいても構いませんか? 警護対象は固まっていた方がこちらも助かりますので」
「もちろん構わない。――オーレリア嬢。ザフラーンでは男は女性を守るものだ。私に何があっても側近にはあなたを優先して守るように伝えてある」
「それは、その……ありがとうございます」
ここで拒絶しても話が複雑になるだけだろう。カイラムの傍にいれば彼の警護をしているひとたちもまとめて守りやすいはずだ。
「大丈夫、グロウモスは群れで出ると厄介だというだけで、人的被害自体はそう多いものではありません。避難も念のためですよ」
ライアンが明るい口調でいい、なあ、とアルフレッドに水を向ける。
「うん、むしろ張り切ったジーナがそこら中を火の海にしないか、そっちのほうが心配だね。まあジェシカがいるから、適宜止めてくれるだろうけど」
「火の魔法使いは魔力酔いしやすいからな……まあ、大丈夫だろう」
何やら不穏なことを言い合いながら、荷物は全て残し、見張りを最低限残して移動することになった。
一度ベースを振り向き、もう見えなくなったウォーレンを、つい探してしまう。
大丈夫。彼は熟練の冒険者だし、不測の事態にも慣れているはず。数えるほどしかいないプラチナランクの冒険者で、強い人だ。
そうした肩書に裏打ちされた彼の実力を信じていないわけではないのに、それでも心配で、たまらなかった。
* * *
避難とはいえ念のためという向きが強いためか、移動はオーレリアでも問題なくついていける速度で、道も緩やかだった。
ダンジョン内はずっと明るいとはいえ、第四階層の緑は深く、伸びた枝や茂みが深い影を作っている場所も少なくない。時々小さな動物が逃げ出す木擦れの音が響き、そのたびにびくびくとしてしまうのは我ながら情けないことだ。
「見えた、あれがセーフエリアだよ」
そんなオーレリアを安心させるように、アルフレッドが少し大きな声で言う。いつの間にかうつむきがちになっていた顔を上げると、伸び放題だった木々がふっと途切れて、剥き出しの塔結石の壁にぽっかりとアーチ形の穴が開いていた。周囲は剥き出しの自然物という様子なのに、突然人工物らしい形が見えて少し驚いてしまう。
「あの中にはスライムを含めてあらゆる魔物が出入りできないようになっているから、避難場所にはぴったりなんだ。第四階層のセーフエリアの場所は出入りする冒険者は全員知っているから、あそこで決着を待とう」
「はい」
「あれはギルドが作ったのか? まるで人の手でくりぬいたようだが」
「完全な自然物とされていますが、中に入るともっと驚きますよ」
カイラムの問いにライアンが答えるのを聞きながら近づいていくと、本当にドアの枠だけ作ってそのままというような形の入り口だった。
その枠に見慣れたものを見かけて、思わず息を呑んで足を止める。
「オーレリア嬢? どうかした?」
「いえ、あの……なんでもありません」
促されて中に入ると、そこは想像よりずっと異質な空間だった。
正方形の形に綺麗にくりぬいたような部屋で、四方を塔結石の壁に囲まれていて、中央には円柱の大きな柱がある。人工物としか思えない造形をしていても、自然のいたずらでそうした形をしている自然物があるということはオーレリアもぼんやりと知っているけれど、これが自然にできたと言われても戸惑うばかりだ。
「すさまじいな……熟練の石工がくりぬいたとしか思えない」
「塔結石は成長し続けているので、綺麗な形でくりぬいても自然と形が変わっていくようになっているので、これは何らかの魔力の干渉がこの形を作っていると言われています。もっとも、ダンジョンはまだまだ謎の多い場所ですので、セーフエリアも明確な仕組みはまだ分かっていないのですが」
ともかく、中はダンジョンのあらゆる脅威から守られている場所だという。その言葉にほっとして中心の円柱まで進み、もたれ掛かる。
小心者の心臓が痛いほど打ち付けていて、今更だがじわりと汗が湧いてきた。
その汗を拭おうとハンカチを取り出そうとして、ぎくりと体を強張らせる。
透明な塔結石の柱と床の接地面に、入り口と同じ、見慣れた文字を見つけたからだ。
塔結石は完全な透明というわけではないので、あちこち掠れていて、きちんと読み取れるのは魔力封鎖、結晶化の他、上部、下部と読める文字も散見することができた。
――やっぱり、気のせいじゃなかった。
それは付与魔術の術式――オーレリアが自在に操り、前世で日本語と呼ばれていた言葉の文字だ。
ふらふらと入り口に近づいて、その床との接地面を目で探る。掠れながらも魔力、封印という文字が見て取れた。
「オーレリア嬢。あんまり入り口の近くにいないほうがいい。魔物は入ることはできないが、手を伸ばして届く範囲にいると引きずり出されることがある」
「はい……」
ライアンの言葉に頷いて数歩、奥に入り、壁際にずるずると座り込む。
――これは一体、どういうことなの。
こんなところに、明らかに何かあるような形で付与魔術の文字があるというのに、誰も気にしている様子はない。
これまでセーフエリアを訪れた冒険者の中に、付与術師の才能を持つ者が一人もいなかったというのも、少し考えにくい気がする。
ではなぜ、ここまであからさまなものが何の話題になることもなく、アリアに見せてもらったいくつもの書籍の中でも触れられていなかったのだろう。
ダンジョンの中で唯一魔物が出入りできない場所。絶対に安全なはずのセーフエリア。
その場所がなんだかとても得体が知れなくて、知らず、自分を抱きしめるように腕を回して俯いていた。




