200.大きいキノコと怖いキノコ
ジーナとジェシカとともにギルドから手配された馬車に乗って東門を出て、さらに少し進んだところで馬車が止まる。
ドアを開けひらりとジーナが馬車から飛び降り、後にオーレリアも馬車を降りようとするとすっと手を差し伸べられた。
「オーレリア、おはよう」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「その服、よく似合ってるね」
「おすすめしてもらったように、靴には【防水】をかけてきました」
ダンジョンの探索ということもあり、厚手の丈夫な布で作ったパンツスタイルに、上半身は長袖のシャツとポケットのついたベスト、斜め掛けのカバンという格好だ。
にんじん色の髪は今日は後ろで一つにまとめて、アリアとお揃いのバレッタで留めてある。水気の多い場所があるからと前もって言われていたので、革のブーツにはしっかり【防水】をかけておいた。
そう言うウォーレンも出会った日とよく似た服装に首から大きなゴーグルを提げ、腰には剣と革製のポーチ、カーキ色のマントという懐かしい服装である。
「こんなに近くでダンジョンを見るのは、初めてです」
王都の広い範囲から見ることができる、ダンジョンの上部に生えている塔だが、これほど近づくと大きすぎて見上げても首が痛くなるばかりで、かえって全貌が把握できない。
近くで見ると表面はつるりとしていてつなぎ目がなく、全体的に鉱物のような印象を受けた。水晶に近く見えるけれど完全な透明というわけではなさそうで、二階と三階、四階部分には人が活動している場所があり窓の鎧戸がはまっているけれど、内側は透けて見えたりはしなかった。
「おはようオーレリア嬢」
「あ、皆さん、おはようございます」
「今日はよろしく」
「とりあえずあっちでお茶が出るから、皇子様たちが到着するのを待とうか」
先に到着していたライアン、アルフレッド、エリオットと挨拶を交わす。
探索に出向く前の彼らとこうして会うのは初めてだが、普段のラフな服装ではなく、鷹のくちばし亭に出入りしていた冒険者たちと同じく探索のための装備を身につけていて、心なしか普段より凛々しく思える。
ダンジョンの前は大きな広場のようになっていて、そこに設えられたパラソル付きのテーブルに案内される。
ギルドから派遣されているらしいスタッフたちがすぐにお茶を運んできてくれる。
「ここでこんなふうにのんびりお茶を飲めるなんて、なんだか不思議な気分ですねえ」
「いつもは人でごった返しているもんな」
ジェシカとジーナの言葉に、なんとなくダンジョンの入り口に目を向ける。
ダンジョンの探索をする冒険者たちは、基本的に塔の一階に建てられている門にある受付で身分証の確認を行い、中に入るという仕組みだそうだ。
プラチナランクやゴールドランクはこの入場が優遇されており、専用の別の扉から中に入ることができるというが、基本的にそれなりに並んで入場しなければならないのであまり評判がよくないシステムだと、以前聞いた覚えがあった。
「全員でそろって潜るのは久しぶりだな!」
「私たちなんて秋以来だよ。腕が鈍っていないか心配なくらいさ」
「ジーナはこまめにトレーニングに出ていたし、大丈夫ですよ。むしろ私が心配です。パーティの活動がお休みなのをいいことに、本ばかり読んでいましたから」
エリオットが嬉しそうに言い、ジーナとジェシカも心なしか少し声が弾んでいる。
「まあ第四階層なんてピクニックみたいなもんだしな」
「ちょっとリーダー、どんなに浅い階層でもなめてかかっちゃいけないのがダンジョンってものだろう?」
「違いない!」
笑い合う黄金の麦穂たちは、なるほど良いパーティなのだろう。
そのやり取りになんとなくほっこりして、オーレリアも口元をほころばせつつお茶を飲んでいると、馬車が近づいてくる音が響く。
「おっと、やっと皇子様たちの到着のようだね」
「アル、ザフラーンの方々の前ではあまり軽口を叩かないように気をつけてくださいね。あちらは中央大陸よりよほど厳しい身分制の国ですから」
「もちろん、不利益になるようなことは言わないさ。そのザフラーンでも、心の中で舌を出している分には自由だろうけどね」
アルフレッドらしい皮肉を飛ばしつつ、立ち上がった彼らに続いて、オーレリアもそれに倣う。
王宮が出したらしい豪奢な馬車が止まり、すぐに冒険者らしいスラックスにブーツ、シャツの上から急所を守るための革鎧、その上からマントを身につけたカイラムが降りてきた。
セラフィナもそうだが、ザフラーンの人々は異国めいた衣装を身につけていることが当たり前なので、冒険者の服を着たカイラムが現れたことに少し驚いたものの、ザフラーンの布を多めに使ったゆったりとした服は、探索には不向きだろう。
後続の馬車からはセリムが降りてきて、オーレリア達を見つけ軽く一礼する。
「オーレリア嬢、あの日以来だな」
「おはようございます、カイラム殿下。その節は失礼をしてしまい申し訳ありませんでした。こちらの非礼でしたのに、その後のお心遣いもありがとうございます」
なんとか噛まずに言えたことにほっとする。少し緊張はしたものの、そばにウォーレンや黄金の麦穂のメンバーがいるおかげか、あの日のように気が遠くなるほどの緊張感はなかった。
「今日は顔色が良さそうで良かった。この機会を作ってくれたことにも感謝する」
カイラムはそう告げるとあっさりとオーレリアから視線を外し、ダンジョンに目を向ける。
「私の依頼ではどうしても許可が下りなかったのでね。ここを管理しているギルドは、よほど私に中に入ってほしくないと見える」
それはダンジョンが危険で、かつ生死不明となると遺品すら残らない可能性がある場所だからという理由であり、別にギルドが意地悪でカイラムに許可を出さなかったわけではない。
だがそれはすでにギルドから説明されているだろうし、あえてそれを口にして不興を買うのも怖い。なんとか明日まで無難にやり過ごし、役目を終えたいところである。
「グレミリオン卿も、私の我儘に付き合わせてしまうが、よろしく頼む」
「私の婚約者も関わることです。万難を排し、安全にエスコートさせていただきます」
恭しく礼を執るウォーレンに、カイラムは満足そうに頷いた。
「それでは入場までご案内させていただきます。第四階層までとはいえ、危険が全くないというわけではありませんので、見学は護衛にあたるパーティの指示に従って進むよう、お願いいたします」
ギルドのスタッフに促され、門に向かって歩き出す。
様々な危険と謎に満ちた、王都を豊かに支えている大迷宮エディアカラン。
王都に来たその最初の日からほとんど毎日目にしていたダンジョンに、オーレリアはとうとう足を踏み入れることになった。
* * *
「第一階層は基本的に何もないフィールドです。ダンジョンの中と外では空気の質が変わってくるので、成人したばかりの駆け出しの冒険者は第一階層を数日歩き回って、ダンジョンの空気に慣れるところから始めることを推奨されています」
ライアンが流れるように説明してくれる声が、よく響く。
言葉通り、第一階層はとにかく広い。土がむき出しの広場という趣である。普段から多くの冒険者が歩き回っているのだろう、地面は固く踏みしめられていて、これといって見るべきものはなさそうだというのがオーレリアの感想だった。
「確かに、中と外では少し雰囲気が違うようだ」
「もしかして魔力が濃いのでしょうか」
カイラムの言葉を受けてセリムがそう続けると、ライアンは愛想よく微笑みを浮かべる。
「おっしゃる通り、ダンジョンの内部は外部と比べて魔力の濃度が高いとされています。慣れないうちはここで体調が悪くなる者も出るのですが――オーレリア嬢は、大丈夫そうですか?」
「あ、はい、なんとか」
「オーレリアさんは、こう見えて魔力の量がかなり多いんじゃない?」
「毎日たくさん付与もしていますものね。耐性は高そうです」
ジーナとジェシカにそう言われ、苦笑するにとどめる。
魔法使いはその魔力の多寡でわかりやすく魔法の威力が違うらしいが、付与術師は一日にこなせる付与の数で推し量る。
それで言うならば、オーレリアはかなり魔力の量は多い方なのだろう。
魔力を持つ者には魔力への耐性と呼ばれるものがあり、自分の魔力でも使いすぎると強い倦怠感を覚えたり、人によっては頭痛や悪心などの症状が出ることもあるらしい。
とは言え、滅多なことでは重篤なことにはならず、二日酔いに例えられている程度である。
「大丈夫なようなら進みましょう。先遣隊が安全確認をしていますが、念のためそれぞれ護衛から離れないように気をつけてください」
入り口の扉から少し進むと、下の階層に続くなだらかな下り坂があり、これを降りていくと次の階層に続いているようだった。
第一階層も外に比べるとやや湿気の多い空気だと思っていたけれど、下に降りるとじめっとした感じが増していくのがわかる。
「地下なのに、本当に暗くないんですね」
塔結石自体がそのまま照明にできるほど光っているし、中はどこもうっすらと明るいという話は聞いていたけれど、地下に潜っても壁自体が発光して明るいままというのはなんとも不思議な光景だった。
魔法があり自らも付与術師であるけれど、ぐっと前世とは違う世界に生まれたのだという感じがする。
かなり長く下り坂が続き、ようやく平地に出ると第一階層とは違って、靴の裏が踏む感触はふかっと柔らかいものに変わっていた。
「ずいぶん高い木が生えているんですね」
長い坂を下ったおかげで天井はかなり高いところにあるけれど、その天井に届きそうなほどの高い木があちこちに生い茂っている。
「これは木ではなく、キノコの一種らしいですよ。とは言っても、筋がすごく硬くて切り倒すのに木と同じぐらい手間がかかりますし、煮ても焼いても変に酸っぱい上にエグみもあって、食べられたものではないのですが」
「食べたことがあるんですか?」
「毒はないと聞いたので、何事も物は試しかと思いまして」
うふふ、といつもと変わらずおっとりとした口調で言うけれど、隣のジーナは何か酸っぱい物を食べたように口をすぼめている。
おそらくジェシカの探求心に付き合わされたのだろうことは、聞かずとも察することができた。
そう言われて見てみれば、周囲に生い茂っているように見える植物も緑色のものは一つもない。オーレリアの膝くらいの高さまである草のように見えるものも、どうやらキノコの一種らしい。
「午前中はここで簡単な採取や植生の説明をさせていただきます。彼女はダンジョンのことに関しては非常に博識な人ですので、疑問があればなんでも聞いてください」
「どうぞよろしくお願いいたします」
ライアンにそう言われてジェシカが優雅に礼を執ると、カイラムは頷いた。
「では早速だが、ここに生えている木、いや、キノコだったか――についていくつか聞かせてくれ」
これほど大きくなるのはなぜか、キノコの仲間ならば一気に大きくなって枯れるように倒れるのか、そうした残渣物の処理はどのように行っているのかと、カイラムは矢継ぎ早にジェシカに尋ね始める。その思わぬ熱意に驚いたものの、ウォーレンに呼ばれて振り返る。
「オーレリア、ちょっとこっちに来て」
「どうしたんですか? ウォーレン」
ウォーレンに手招きをされて近づくと、ほらこれ、と指を差されて覗き込む。
「これがテノヒラダケ。ダンジョンで取れる食材の中で、たぶん一番美味しいものだと思う」
「………」
地面から生えた手がくたりと伏せているような形状にぎょっとしたものの、よく見ると関節はなく、質感も人のものとは違っている。
ただ人の肌の色によく似ていることと五本の指のバランスなどからぱっと見はそこによからぬものが埋められていて、その一部が露出しているように見えて、大分ホラーな絵面だった。
オーレリア一人なら驚きすぎて腰を抜かしていた可能性すらある。
「ええと、美味しいんですよ、ね?」
「見た目がインパクトあるから驚くと思うけど、これが本当に美味しいんだ。特にバターで炒めると、キノコなのが信じられないくらいの旨味とコクがあって、歯触りもすごくいいんだ」
オーレリアに食べてほしかったから、見つかって良かった。
そう屈託なく言われると、見た目が怖い云々は口に出せなくなってしまう。ウォーレンはさっそくナイフを取り出すと、テノヒラダケの根元からざくりと刃を入れて布の袋にしまっていた。
「第四階層に着いたら、焼いて食べよう」
明るく言われて、オーレリアは笑って頷く。
とりあえず最初の一口は目を瞑って食べよう。
美味しかったら案外、気にならなくなるのだろう、きっと。
そんなことをこっそりと思ってしまったことは、胸の内に隠しておくことにした。




