199.見学の計画
「それで、結局一泊旅行になったんですね」
平日の午前中、ちょうど昼食の準備を終えたところにギルドから届いた見学の計画書を食事がてら読みつつ、アリアが少し思わしげに言った。
今日の昼食の買い物はジーナとロゼッタが行ってくれたので、肉料理が多めである。これがジェシカとノーラの組み合わせだと野菜料理が増える。ここにアリアが交じれば果物系が増え、オーレリアが行くとなんとなく、乳製品大目になる日が多く、日によって好みが別れて結果的にバリエーションが出るのがここ最近の拠点の食卓だった。
「はい。設置してある浄水器の運用の確認や各階層の説明も受けながら、ゆっくりと中を回ることになりました」
協議に協議を重ねて決まったのが、最終的に第四階層で一泊し、ゆっくりと中を見て回り、二日目の午後には王都に戻ってくるというコースである。
もう少し先に進みたいというカイラム側の希望は「オーレリアの体力を加味した結果」で押し切ったらしい。
第四階層の探索は、アイアンランクが数人でパーティを組むことが推奨されている階層で、ギルドの公式の護衛に黄金の麦穂を、カイラム側も数人の護衛を連れての行程となった。
「他国の王族が入るということで、その日は一般の冒険者の探索は制限されることになりました。人の少ない第四階層なんて滅多に見られるものではないですし、安全はしっかりと守らせてもらいます」
「第四階層は浅層の割に実入りがいいから、いつも人でいっぱいだもんな。収穫物を食べ放題と考えると、案外いい条件かもしれないよ」
読み終えたアリアが計画書を戻してくれたので、口に入ったままの肉団子入りのパスタを慌てて飲み込んで受け取る。初日に第四階層まで入り昼食、第四階層の植生や採取できる薬草についての説明を聞いた後休憩、実際に自分たちで採取をしてみて、早めに夕飯を終え、立てたテントの中で就寝し、翌朝朝食を済ませたら塔の上部の見学をして解散というコースを改めて眺める。
オーレリアの体力でも問題なく回れそうな、余裕をもった行程にほっと息を吐く。
「ダンジョンの出入りを制限して、他の冒険者から文句は出ないんですか?」
「そういう日はたまにあるよ。一番多いのが内部の清掃日だね。この日は清掃のために雇われた冒険者以外は出入りが制限される。あとは塔結石を切り出す時や、内部の魔物のバランスが崩れているときは間引きのためにゴールドや複数のシルバーが雇われて、集中的に駆除することもあるし」
ギルドはスライムが溶かせない物のダンジョン内への持ち込みを基本的に制限、もしくは禁止しているけれど、こっそり懐に隠してガラスに入った酒や調味料を持ち込む冒険者もゼロではないのだそうだ。
これらが堆積していくのは、長い目で見てダンジョンの探索や採掘に障害になるということで、時折清掃日を設けているのだという。
「それに、今深層に潜っている冒険者に戻ってこいっていうわけじゃないから、全く人がいないってわけでもないしね。空いてて動きやすくて、滞在用のテントを張るのもやりやすいってくらいだと思うよ」
深層への探索は二か月近く掛けるパーティもいるので、新たに探索に出るのを制限しつつ今潜っているパーティが戻ってくるのを待つのは現実的とは言えないのだろう。
また、深層への探索以外も中で鉱物を発掘したり、新しい鉱脈を探すのが専門の冒険者もいるそうで、そういう人は地上に戻る方が珍しいほどダンジョン内で生活している形になるらしい。
一言に「冒険者」と言っても色々な活動形態があるのだと、改めて感心しつつ、野菜とひき肉を包み込んであげた春巻きに似たものをかじりながら思う。
「間引きって、そんなに魔物が増えることがあるんですか」
「そう多くはないけど、雑魚ほど増えやすいっていうのはあるよ。ブラムドやグロウモスなんかが時々爆発的に増えることがあるから、そういう時は水の魔法使いや火の魔法使いが駆り出されて駆除にあたることになったり」
「私たちも何度か参加したことがありますね。グロウモスは単独でも精神耐性が高めでないと危険なことがありますし、それが群れになると……」
言いかけて、オーレリアと目が合うとジェシカはあらと片手で口を塞ぎ、困ったように微笑んだ。
「失礼しました。食事時の話題ではありませんね」
「ええと、何かあるんですか?」
「グロウモスは光るんだけど、その光で生き物をほかの生き物の気配が少ないところに誘引するんだ。そんで数が多いってことは繁殖期が被ってるってことだからさ」
ロゼッタが高く足を組みながら、いたずらっ子のように笑う。
「その誘引された生き物は、どうなると思う?」
「あ、だいたい分かりました……」
誘引するということは、それが必要な行為だからだろう。それと繁殖期という言葉と組み合わせれば、おのずとグロウモスの「目的」も理解できるというものだ。
オーレリアはホラーやオカルトといった、怖い話が大の苦手である。
当然猟奇ものやスプラッタも得意なわけがない。
「まあ、群れると厄介っていうだけで、一匹一匹は大した強さもなくて、他の虫系を誘き寄せる程度だからそんなに心配しなくても大丈夫だよ。人間はよっぽど寝不足が続いてるとか、気持ちに余裕がない時は少し危ないって程度だから、見学の前はよく寝てから行くといいよ」
「ああ、もし出ても、私が焼き払ってやるから安心して大丈夫」
ジーナが力強く請け負うのに少しほっとしたものの、アリアは思わしげな様子だった。
「やっぱり第四階層といっても、全く危険がないわけではないんですよね。ああ、心配になってきました」
「黄金の麦穂の皆さんがついてくれているんですから、心強いです。足手まといにならないように隅っこでおとなしくしていますよ」
まさか自分がダンジョンに行く日が来るとは思わなかったが、こんなことでもなければ一生その機会もなかっただろう。
それを思えば、熟練のパーティに完全に護衛をしてもらえる前提で、比較的安全な場所でダンジョンの名物料理を楽しめるのだから、ある意味最もいいダンジョンの経験かもしれない。
「そうだ、エレノアさんから、ウィンハルト家に王宮から私について問い合わせが来ているんじゃないかって聞いたんですけど、大丈夫だったでしょうか」
「ああ、それなら大丈夫ですよ」
アリアはデザートのプリンをスプーンですくいながら笑う。
「姉だけだと説得の側に回ったかもしれませんが、今はうちの両親が戻っていますから。二人ともオーレリアは好きにやらせておいた方が結果が上手くいくと、わかってくれたみたいです」
「ご迷惑をおかけしていなければいいのですが」
その言葉にアリアはニッコリと笑った。
「ウィンハルト家はオーレリアの後見人です。迷惑なんていくらでもかけていいんです。ああでも、危険なことはやめてくださいね。オーレリアの代わりはいないんですから」
「大丈夫ですよ。私は臆病ですし、危ないことをする気はありませんから」
基本的に冒険心とは縁がないと断言できるほど、安定志向の人間であることは自分が一番よく知っている。
「オーレリアさんって自分から落とし穴のスイッチを踏みにいくところがあるから、あたしもちょっと心配だね」
「ウォーレンが横についているから、きっと大丈夫ですよ」
自認は明らかにそうであるのに、心配そうにジーナとジェシカに言われてしまい、不思議と全く心当たりがないとは言えない気がして、オーレリアもそっとプディングにスプーンを突き刺した。
月末の忙しさにやられております……
寒暖差が激しい時期ですので、皆様も体調にお気をつけてお過ごしください。




