197. 友人の提案と落としどころ
瀟洒な部屋の中、サーリヤたちのかき鳴らす弦楽器の雅な旋律が緩やかに流れていた。
「まあ、新しい仲間が増えたのね。とても楽しそうだわ」
近況を話すとセラフィナはおっとりとほほ笑む。
「オーレリアの周辺って驚きに満ちていて、いつもとても楽しそうね」
「いえ、いろんなことに首を突っ込んで周りに迷惑をかけているのではないかと、いつも心配です」
「オーレリアの周りの人は、きっとオーレリアに巻き込まれるのが好きなのよ。ふふ、お兄様がオーレリアにセリムを遣わしたなんて、聞いたときは驚いたわ」
「セリムさんは、そんなに特別な方なんですか」
セラフィナは指先でお菓子をつまむと、口に入れて少し間を持たせる。相変わらず、そうした動きのひとつひとつがやけに絵になる人だ。
「セリムは、見た目が中央大陸の人と変わらないでしょう? あの通り何でもそつなくこなすから、本国にいた頃からお兄様の右腕だったけれど、中央大陸に来てからは特に頼りになっているようよ。ギルドや神殿に赴くときは必ず横に連れているわ」
「とても優秀な方なんですね」
「お兄様は有能な人を好むから。お兄様に好まれる方は、きっと大変だけれど」
ころころと笑うのに、それは笑っていいことなのかと思うものの、それほど頼りになる人を遣わしたというそれ自体が、カイラムの誠意ということなのだろう。
「それで、セリムさんに色々とお気遣いをいただいてしまったので、カイラム殿下にも直接お礼をさせていただきたいのですが」
この申し出が、今日のセラフィナとの面会のメインの目的といってもいい。
いきなりセラフィナ経由で【出水】を受け取るといっても、淡々と手続きが済むだけな気がする。
普段カイラムとは全く接点がないので、過剰な反応をしてしまったことをオーレリアの方からも謝罪し、ギルドからの情報の漏洩についても彼らは責任を果たした旨をきちんと伝えておきたかった。
「お兄様は気にしないと思うけれど、オーレリアがそうしたいならお伝えしておくわ。なんなら今から会いに行きましょうか? 今日は王宮に居るはずよ」
そう言われ、慌てて首を横に振る。
「いえ、今日は心の準備もお土産の準備もできていないので、機会を改めさせてもらえれば。できればセラフィナに、そのお土産の相談もさせていただきたくて」
何しろ異国の、それも王子という身分へのお土産である。何がふさわしいのかなど、オーレリアには想像がつかない。
おまけに、高貴な身分というのは贈り物一つ一つそれ自体が意味を持つということもあるらしい。
こちらの感覚で何かを贈ったら、カイラムにはそれが全く別の意味に受け取られるということもあるだろう。できればそのような齟齬は避けたかった。
「そうね。お兄様は辛い食べ物がお好きだけれど、なかなか外からもらった食べ物を口にするのは難しいわね。宝飾品に価値を見出す方ではないし、そう考えてみると意外とお土産って難しいかもしれないわ」
食べ物はダメだし、高価なものはそれこそ身の回りにいくらでもあるのだろう。
セラフィナ相手ならば綺麗な便箋やこちらの本などとても喜ばれるけれど、同じものをカイラムに持って行くわけにもいかない。
「ザフラーンでは女性から男性に何かをあげること自体、あまり好ましいとされていないのよね。唯一公的に女性から何かを贈るのは、結婚式のときの刺繍の入った衣装くらいだし」
あまりにも参考にならない言葉に、練乳がたっぷり入ったコーヒーを傾ける。疲れた脳にガツンと効く甘さが、今はありがたい。
「そんなにザフラーンでは、女性から男性に何かをすることは珍しいんですか?」
以前セラフィナから、ヴィンセントに手紙を送ることもややはしたない行為にあたると聞いたことがあった。
手紙すらその扱いならば、確かに贈り物やお土産などは余計にそうなのかもしれない。
「男性は女性に与え、守るものという考え方が基本だから、女性から男性にというのは全般的に、女性側が弁えていないという扱いになってしまうのよね。勿論ここは中央大陸なのだから、オーレリアには当てはまらないけれど」
とは言え、そのような文化が当たり前として育っているのだから、カイラムも心地よいとは感じない可能性が高い。
またその前提だと、女性であるオーレリアがカイラムが与えようとした【出水】を受け取らず、そのまま曖昧にしている態度自体も、常識的とは思われていない気がする。
セラフィナとこうして話していると、驚くことはあっても、彼女の言動に不快感を覚えることはない。育った環境が違っても、彼女がおっとりとして寛容ないい人であるということは伝わってくる。
性別でまた違ってくることもあるかもしれないが、文化の違いが明確な断絶にはならないと信じたい。
「ギルドの人たちは、お兄様を怒らせたくないということでしょう? それでオーレリアが譲歩するのも、なんだかおかしな気がするわ」
「いえ、そもそも私が【出水】を受け取らなかったのが影響しているという一面もあるようですし」
「ザフラーンでは、重要な組織の情報を漏洩した人間は斬首、組織側の人間も責任者が三親等まで連座で奴隷落ちなんて普通なのよ。他の誰かがその罪を贖うなんて考えられないと思うわ」
なんとも過激な言葉に、思わずごくりと喉が鳴る。
「要するにギルドはお兄様の機嫌を取りたいのでしょう。そしてオーレリアは【出水】はいらないのよね?」
「そうですね。かたくなに受け入れないというのもどうかと思うのですが、こちらではとても希少な術式なので、受け取った後にどうなるのか想像ができなくて」
【出水】があれば、きっといろいろな人が助かるのだろう。
ささやかな転生特典として、魔力は少なくない方だし、浄水器を作るよりもっと手っ取り早く人々を助けられるという甘い言葉も一理ある。
だが人には向き不向きというものがある。これまでの経験からもしみじみと思うけれど、技術を発案し開発し広めていくという流れがあるならば、自分は発案と開発の手助けぐらいが身の丈に合っているというものだ。
アリアとの出会いがなければ、今頃いろいろな土地を転々として、その土地の図書館で資料に【保存】をかけている日々だったかもしれない。
「なら、ギルドには別の方法でお兄様の機嫌を取ってもらえばいいわ。それにオーレリアも加わることで、それを褒賞の代わりとしてもらうというのはどうかしら」
「そんなことができるんですか?」
驚いて尋ね返すと、セラフィナは微笑みながら頷く。
「お兄様は以前からダンジョンに入りたがっているのだけれど、ギルドはそれだけは認められないと言っているようなの。ザフラーンにはダンジョンがないから、魔物の出る特有の場所というものに興味があるようなのだけれど、数回交渉を重ねたけれどやっぱり身分的に難しいらしいわ」
「ああ、行方不明になっては困る人は駄目だということで、認められないと聞きました」
「ええ。でもダンジョンは深くに行くほど危険なのでしょう? つまり浅い場所だったらそれほど危険はないということではないかしら。ダンジョンの探索に慣れた、しかるべき護衛をつけて日帰りという形なら、危険は少ないと思うのだけれど」
オーレリアの周りにはゴールドランクの冒険者ばかりだけれど、アイアンやブロンズランクの人々は日帰りや一泊でダンジョンに潜ることがほとんどだと聞いたことがある。
確かにそれなら、カイラムの希望をギルドが呑むという形で「機嫌を取る」のは可能だろう。
「ええと、それに私がどう絡むのでしょうか。私の出る幕はないような気がするのですが」
「ダンジョンは、冒険者の資格がある人以外は基本的には入れないのよね? だったらオーレリアは、お兄様のダンジョン見学についでに連れて行ってもらうという形にして、それを褒賞の代わりにしてもらえばいいわ」
「あの、それだと私もダンジョンに行くことになるのですが……」
「オーレリアはダンジョンに興味はないの?」
興味があるかないかといえばあるけれど、実際に行ってみたいかどうかとなれば、それは話が別である。
「私はどんくさいですし、ダンジョンに行くとなると絶対に足手まといになると思います」
「ますますいいじゃない」
セラフィナは嬉しそうに両手を合わせる。
「オーレリアに手間がかかればかかるほど、その世話をするのは褒賞として充分な価値が出るわ。お兄様が中層や深層を希望しても、オーレリアに合わせるという前提ならそれほど深くもなく危険もないルートを選ばなくてはならなくなるでしょう? なにより、オーレリアの周りには優秀な冒険者が多いようだし、彼らに案内役と護衛を頼めば、オーレリアも心強いのではなくて?」
確かに成人男性で体格もいいカイラムならば行けるところでも、普段引きこもって付与ばかりしているオーレリアの体力では、同行するにしても浅い部分だけが関の山だろう。
それに、オーレリアの伝手で護衛を選ぶならば、黄金の麦穂のメンバーや、婚約者であり冒険者であるという立場からウォーレンが同行してくれるかもしれない。
それならば、確かにとても心強いと思う。
ダンジョンに行くのはあまり気が進まないことではあるけれど、ギルドの願うカイラムに借りを作りたくないという希望と、オーレリアの褒賞の問題、ついでにオーレリアがついていくことで極めて安全なルートを選ぶ前提まで用意できるのだから、ある意味完璧な落としどころではないだろうか。
「セラフィナはすごいですね。こんな案をすぐに出せるなんて」
「ふふ、ほかの人より多少お兄様のことを知っているだけよ。それに、オーレリアは大切な友達だもの。私を助けてくれたことで困らせることはしたくないわ」
さらりとそんなことを言われ、少し照れてしまう。
いろいろと問題がないわけではないにせよ、セラフィナの発案は今のところこれ以上ない完璧なもののように思えた。
「実現するかは分かりませんが、冒険者ギルドに今の発案を伝えてみようと思います」
もし実現するにしても、すぐにというわけにはいかないだろう。
――その間に、少し体力をつけるようにしなくっちゃ。
何しろ今のオーレリアでは、少しピクニックに行くぐらいが関の山の体力である。
こっそりとそう心に決めるのだった。




