174.高級化粧品と完璧なランチ
西区へ向かう馬車に揺られながら、揺れが少し辛いらしく、向かいに座るアリアはかすかにため息をついた。
それに気づいて、オーレリアが心配そうな視線を向ける。
「アリア、やっぱり疲れていませんか?」
気遣うように声をかけると、アリアは苦笑して応じた。
「夜会続きとはいえ、だめですね。疲れが顔に出るようでは、商人失格です。少しお化粧を濃くしたほうがいいかもしれません」
どんな仕事をしていても、生身の人間である。疲れれば顔に出ることもあるだろうに、アリアは本気でそう言っているようだった。
「私は、どれだけお化粧していても、アリアが体調が悪ければ気づきますし、心配ですよ」
「ふふ、そうですね」
アリアと会うのは、二週間ぶりだった。
商会を立ててからここまで予定が合わなかったのは、初めてのことだ。
「夜会続きということは、胃が疲れているんでしょうか? 今日の予定が辛いようなら、試食は私だけでも大丈夫ですよ」
「いえ、気疲れというか、憂鬱なことが続いているだけです。それにパーティーはほとんど社交とダンスですから、食事はあまりしないんですよ。むしろ、家に戻った後の軽食が良くないくらいで」
「ああ……」
夜食が肌に良くないことは分かっていても、仕事が詰まっていて夕食の時間が乱れたり、抜いたりすると就寝前に急にお腹が空いてしまい、中々やめられないのは、オーレリアにも覚えがある。
せめて予定に余裕のある時期はできるだけ早く寝るようにして、夜食の機会そのものを減らすよう心がけている。
「疲れはともかく、肌荒れは困りますよね。母や姉の世代のものというイメージが強くてまだ使ったことはないんですが、私もそろそろ高級化粧品を使うべきかもしれません」
「高級化粧水ですか?」
首をかしげると、アリアは貴族の女性の間で流行しているという化粧水について教えてくれた。
何でも、ポーションを薄めて香り付けしたものを、化粧水として使うのだという。
「にきびは一発で治りますし、肌をきめ細かく整える効果もあるそうです」
「そんなに」
「塗るだけでもかなり効果があるようですが、貴婦人の中には蜜蝋を温めて溶かしたものを顔に貼りつけて引きはがし、毛穴の汚れを一気に取ってから高級化粧水を叩き込む人もいるそうです。くすみやざらつきが嘘みたいに消えて、肌がつるつるになるって評判なんですよ」
なるほど、肌トラブルを一気にポーションで解消するというやり方らしい。
ポーションはそれなりに高価な薬品扱いだけれど、そういう使い方もあるのかと感心する。
「ただ、気温が上がってくるとポーションも品薄になりますし、当面は手に入れるのも一苦労でしょうけど」
「そうなんですか?」
気温とポーションに何か関連性があるのかと思うと、アリアは浅く頷いた。
「ダンジョンでの消費は年間通してほぼ一定なんですが、民間のポーション需要が増えるんです。気温が高くて雨が降る時期は、小さな傷も膿みやすくなるものですから」
「ああ、なるほど」
冒険者が使う以外の、本来の薬としての需要が増えるということなのだろう。
外傷の薬や痛み止めなどは薬局でも販売しているけれど、こちらの世界では、おおむね病気と怪我は神殿と呼ばれる施設で治療するのが一般的だ。
神殿によって主神は様々で、地域によって祀られている神様が違っていたりもするけれど、少なくともオーレリアはこちらの世界であまり宗教というものに色濃く触れたことはない。
東部でも日曜の度に礼拝などという習慣はなかったし、信者でないから治療を拒まれるということもないそうだ。
「冒険者用には、十分な数が確保されているんですね」
「はい。もともとポーションを開発したのが冒険者ギルド関係者だという話ですから。購入時に冒険者のライセンスを提示すれば割引も利きますし、負傷の多い仕事ですから、少なくともパーティの人数分は携帯するよう、強く推奨されているそうです」
ダンジョンは、決して安全でも衛生的な場所でもない。
不衛生な状態で傷を放置すると、感染症を起こし、それが原因で腕や脚を失ってしまうケースもあるという。
「腕や脚を失ってしまうと、生やすのに大変なお金と時間がかかりますが、小さな傷のうちなら、どうということはありませんからね」
「え、腕や脚って、生えてくるんですか?」
「みたいですよ。完全に元どおりになるには、何年もかかるそうですが」
腕や脚を失う状況そのものが恐ろしいけれど、生えてくると聞くと、なんだか現実感がない。
日常的に魔法や付与魔術に触れてはいる身であるけれど、改めて、前の世界とは色々と違う部分があるのだと実感する。
なお、骨折の場合は治療の前に整復が必要になるため、下手にポーションで傷口を塞いでしまうとかえって悪化する可能性があるため、体力を温存しながら地上へ戻り、神殿に駆け込むのが定番のルートらしい。
「痛みに耐えかねてダンジョンで骨折をポーションで治してしまって、結局痛みは引かないまま歪んでくっついてしまったゴールドランクの冒険者が、その脚を切断して新しく生やした、なんて話もあるくらいです」
「それは、ええと、すごいですね」
「大変な仕事ですよね。冒険者の環境を良くしたいというエレノア様のお気持ちも分かりますし、私たちも美味しい食事を持たせることで、応援しましょう」
アリアはそう言って、にっこりと微笑んだ。
「それに私、今日の試食会は楽しみにしてきたんですよ。最近、家でも家族で食事ばかりですし、夜は夜でパーティーに出席だしで気の休まる暇がなくて」
「はい。美味しいものを選びましょうね」
そうしてそこからは、高級化粧水の効果のすごさや、最近王都で出回っている流行の化粧品の話、初夏から夏にかけての新しい服の流行について、話に花を咲かせることになった。
「また、中央区で古着屋巡りをしたいですね」
「いろいろ片付いたら、丸一日お休みを取って、ランチをして、古着屋を巡って、ああでもない、こうでもないって言い合いながら、服を選びましょう」
「ベーグルのサンドイッチに、ガスパッチョをつけて?」
「オーレリアは、ワッフルのセットでしたよね。そっちも美味しそうだなって思ったので、よく覚えていますよ」
それに冷たいシロップのソーダ―割をつければ、完璧なランチになるだろう。
アリアと初めて出かけた日から、もう一年が過ぎていることに改めて、時の早さに驚いてしまう。
この一年はあまりに目まぐるしかったし、あれから互いの立場も関係性も、ずいぶん変わってしまった。
けれど今も、そんなささやかな休日の約束を楽しみにできる関係が続いていて、それはとても、嬉しいことだった。




