第010話 初の竜狩り、その夜
マーブルは「それじゃあ、またね。お邪魔しました」と言って、手を振りながら扉の向こう側へと去っていった。
ザックスがやれやれといった態度で乱暴に椅子へと腰かける。
ビゴットも椅子を引き、ため息をつきながら対面に座った。
二人の間に沈黙が訪れる。
ザックスは背もたれに腕を引っ掛け、茶色の天井へ顔を向けた。
ギリギリのところで、ザックスはその命をつなぎとめた。ビゴットが生業としていた“竜狩り”――初めておこなった竜との殺り獲りは、感慨深いものがあった。
木で組まれた天井には、吊り下げられたランタンの明かりが揺らめいている。
今日の仕事はこれで終わり。明日の早朝から、崖下に置いてきた竜の解体を行い、川で体を洗ったらマーブルの研究所へ足を運ぶ予定だ。高価な角と明日の朝食べる程度の竜肉は持ち帰ったが、本格的な解体には時間がかかる。必要な道具を持っていき、ビゴットの主導でやっていく手筈となっていた。
「おい、ザックス」
「なんだよ、クソ親父」
ザックスは顔を向けることなく、ビゴットへ生返事をした。
「よく、生きて帰ってきたな。よくやった」
ザックスは目を見開き、ビゴットへ顔を向けた。
ビゴットは真顔だったが、心なしか微笑んでいるようにも見える。
「なんだよ、気持ち悪いな」
「てめぇこそ、気持ち悪い笑みを浮かべてんじゃねぇよ。初めての竜狩りは、どんな気持ちだ?」
ザックスはうつむき、両手を目の前に置いた。ザックスの輪郭がテーブルに映しだされ、両の手がその陰影を掴む。
「なんて言うんだろうな。向こうはテメェの食欲を満たすために俺を喰おうとした。俺は生きるために抗った。ただ、それだけなんだけどよ……」
ザックスは拳を強く握る。
「親父は、こんなやりとりを何度も繰り返してるんだろ? スゲェなって、思っちまったよ」
ビゴットが片眉を下げ、口をゆがめた。
「へっ、『スゲェ』って何だよ?」
「それ以外に、言葉が見つからねぇんだよ」
ザックスはビゴットを睨みつけながら、口を尖らせる。ビゴットは呆れたように瞼を伏せ、椅子にもたれかかった。
「俺の助言は役に立ったか?」
「クソほども役に立たなかったよ」
「そうかい」
ザックスの悪態に、ビゴットはくつくつと笑っていた。
素直じゃねぇな。内心そう思っているのが、ザックスには透けて見えた。
ザックスはふいと視線を外すと、テーブルに肘をついて掌に顎をのせる。
ビゴットはテーブルに手を置き、言葉を続けた。
「まあ、今回はワイバーン狩りの予備知識を教えてやっただけだからな。それにしてもお前、よく俺の自慢話を覚えてたな」
「うるせぇな。テメェのムカつく顔が、たまたま記憶に残ってただけだよ」
あの話のおかげで助かった、とは意地でも言わない。そんな態度が、ビゴットには可愛く見えて仕方がなかった。
「そういう事にしといてやる。ところで、明日、ネルビスってやつのところに行くんだろ? 気を付けていけよ」
ザックスは目線だけをビゴットに向けた。
「気を付けるって、何をだよ。ただの顔合わせだろ?」
「まあ、そうなんだけどな。ネルビス一団は話だけ聞いたことがあってな。俺の知ってる奴の息子だって聞いたんだ」
「それがどうしたってんだよ」
「いやな、ネルビスの親父さん――まあ、俺の知り合いなんだが、あいつ、俺のこと嫌いなんだよな」
「あ? なんでだよ?」
ビゴットは怪訝な顔で顎を撫でる。
「知らねぇよ。だが、態度でわかる」
「何だそれ」
ザックスはつまらなそうに鼻を鳴らす。ビゴットは言葉を続けた。
「まあ、あいつも今じゃ歳だろうからな。今は何してるか知らねぇが、現役の時はワイバーン狩りを生業にしていてな。同じことをしてる奴は他に知らねぇし、たぶん、あいつの息子がそのまま仕事を引き継いでるんだろう。そうすると、ネルビスって奴は、ちょうどお前と同い年くらいじゃないか?」
「知らねぇよ」
会ったこともないネルビスに、ザックスは微塵も興味を示さなかった。
そんなことよりも。ようやくやってきた眠気にザックスは、大きく口をあけて応える。
欠伸でひとしきり肺を満たすと、ザックスは椅子から立ち上がった。
「俺は寝るぜ。親父も、俺の心配より自分の体に気を遣えよ。もう四十だ、若くはねぇだろ?」
「はっ、言ってくれるぜ。安心しな、ザックス。てめぇに後れを取らねぇくらいには、まだ体は動くんでな」
手を掲げながら去るザックスの背中に、ビゴットは困り顔で言葉を投げつけた。




