第009話 討伐その後
「まことに申し訳ない! 此度はこのボンクラのせいで、ご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます!」
「いえいえ、そんな! ビゴットさんに頭を下げられると、こちらが恐縮してしまいますわ!? どうか頭をお上げください!」
ザックスが帰って来て早々、ビゴットは禿げた頭を床に擦り付けてマーブルに謝罪していた。ザックスはと言えば、ビゴットに頭を叩きつけられている。
マーブルはビゴットの土下座を前に、ひどく狼狽えてしまっている。
空は既に薄暗く、本日の狩りは終了。
結局、ザックスはワイバーンを狩ることが出来ず、こうして自宅のリビングで土下座させられる羽目になっていた。
「ってぇな、親父! いいじゃねぇか、約束通り竜を狩ってきたんだぜ」
叩きつけられた頭を勢いよく上げ、声高々に成果を宣うザックス。しかし、
「ふざけんな雑魚が! 依頼を遂行できねぇで、どの口きいてやがる!」
「ふごっ!」
ビゴットは拳骨で、再びザックスの頭を沈めた。
「依頼の方は気にしなくて大丈夫ですわ。こちらの方でまだツテがあるので、そちらに代わってもらいますから」
「ほら、マーブルも大丈夫って言ってぶべっ!」
「てめぇは黙ってろ!」
マーブルの言葉を聞いて顔を上げたザックス。すかさず、ビゴットは拳骨をもう一発喰らわせた。
「でも、初狩りであの翡翠竜を狩るなんて大したものですわ。凄いじゃない、ザックス」
マーブルがザックスに激励の言葉をかける。ザックスは後頭部を押さえながら立ち上がった。
「まあな。俺にかかれば、竜なんてちょろいもんだぜ」
「あら、頼もしいことを言ってくれるじゃない。これで、ビゴットさんもとうとう隠居かしらね」
ザックスの言葉を受けて、マーブルがビゴットへ悪戯な視線を投げかけた。
「まさか」
ビゴットも立ち上がると、辛気臭い面持ちで続ける。
「確かに翡翠竜は比較的難易度の高い竜種だ。確か、ランクはBだったか。だがな、依頼を達成することが前提。最低限の話だ。ザックスには『如何なる手段を使っても依頼された竜を狩って来い』と何度も言ってる。そんな当たり前のことも出来ないコイツには、まだまだ後釜は任せられねぇよ」
「……だそうですわ。残念でしたわね、ザックス」
マーブルは困ったような笑みを浮かべ、ザックスをみやる。するとザックスは、口を尖らせてビゴットを睨みつけていた。
「ちぇっ」
つまらなそうに舌打ちするザックスだった。それを尻目に、ビゴットはマーブルへと向きなおる。
「今回の件は、本当に申し訳ねぇ。お詫びと言っちゃあ何だが、こいつで許してやってくれねぇかな」
ビゴットが言うと、戦利品として持ち帰ってきた翡翠竜の角をマーブルへと差し出した。琥珀色の角は、マーブルの両手でやっと持てる程度に大きい。
「えっ! こんな高価なものを?」
「構いやしねぇよ。他の奴に依頼をするって言っても、それなりにかかるんだろ?」
「そりゃあ、そうですけど……」
マーブルが上目遣いになりながら、申し訳なさそうに続ける。
「これだけ魔力の濃度が高い翡翠竜の角なんて、滅多に見れませんわ。相当な値打ちものですけど、本当に良いのかしら」
「いいから、受け取ってくれ。依頼の品も納品できねぇで、こんなもんしかくれてやれねぇ。こっちの方が頭を下げるくらいだ」
ビゴットはそう言って、再び頭を下げようとする。
「とんでもない! 有り難く頂戴いたしますわ」
マーブルは腕を伸ばし、慌てて制止した。
ビゴットは一言「すまねぇな」と言い、その華奢な両腕に翡翠竜の角を置いた。
ずしりとした感覚が、マーブルの腕にのしかかった。
「おいおい、大丈夫か?」
ザックスが心配そうにマーブルへ声をかける。
マーブルはふるふると顔を振りながら、必死の形相で重さに耐えていた。
「仕方ねぇな。俺が持っててやるよ」
ザックスはひょいと角をとりあげると、事もなげに角を担ぎ上げた。
竜追い人の男性と一般の女性では、そもそもの地力が違い過ぎるのだ。
マーブルは角の重圧から解放され、盛大にため息をついた。
「翡翠竜の角を持ち帰る準備なんて、してなかったもの。どうしようかしら……」
マーブルは豊満な胸の下に右腕を通し肘を押さえると、人差し指をこめかみにあてる。少しばかり思案すると、ぱっと顔を明るくして指を離した。
「そうですわ! ザックス、明日、私の研究所まで届けに来てくれないかしら?」
「いいぜ。お前の研究所って確か、街のはずれだったよな」
「そう、ドラガリアから少し南西に行ったところですわ。それとビゴットさん。翡翠竜の角を届けて戴いた後なんですけど、ザックスをちょっとお借りてもよろしいかしら」
「おう、構わねぇけど。どうした?」
ビゴットが怪訝な顔でマーブルを見つめる。
マーブルは、名案とばかりに人差し指を上へ向けてくるくると回した。
「依頼ついでに、ザックスを彼に紹介するの。ちょうど、ワイバーン狩りを専門としてる方ですし、新参者が現れたとなれば、いい刺激になるんじゃないかしら」
「ワイバーン狩りの専門って言やぁ、まさか……」
マーブルの話を聞いて、ビゴットは昔の記憶をたどる。腕を組み、顎をさすりながら明後日の方を向いた。
そんなビゴットの様子を尻目に、マーブルは回していた人差し指を唇の下に置いて、口だけで微笑んだ。
「そ、ネルビス一団よ」




