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秀一くんと花火大会の約束をした後、せっちゃんから電話がかかってきた。
「きょうちゃんありがとね?秀一喜んでたわ~」
「そんな!わたしがお願いして一緒に行ってもらうことになっただけだよ?」
無理やりではないぞ!
まあ秀一くんの性格からして誘われたら余程のことがない限り断らないんだろうけどさ。
「あらそうなの?それでね、お願いがあるんだけど」
せっちゃんはちょっと言いづらそうに言葉尻を濁した。
なんでも当日、秀一くんをうちに泊めてほしいそうだ。
「きょうちゃんにはかなり懐いてるみたいだから、ちょっと秀一に探りを入れて欲しいのよ~」
最近秀一くんはせっちゃんに対して余所余所しい態度をとっているらしい。
今までになく返事が冷たかったり、目を合わせなかったり、なんとなく避けられている気がする、とのこと。
…それって、
「ただの反抗期じゃないの?」
「やっぱりそう思う?でもでも、秀一ったらああいう性格じゃない?嫌なことは全部自分の中にしまいこんじゃうのよ。だからただの反抗期って片付けちゃいけない気がして…」
しゅん、とした風にせっちゃんは口をつぐんだ。
これまで親子二人三脚で頑張ってきて、初めて秀一くんに反抗的な態度をとられたからか、不安になってしまったんだろう。
…しょうがないなあ。
「わかった。それとなく聞いてみるよ」
「恩にきるわ~!ありがとうきょうちゃん!」
途端にせっちゃんの声音が明るくなった。
そのままの勢いで、そうだ!万が一間違いが起こったら責任取らせるから安心して!と言われた。
うん、間違いが起こるとしたらもう起こってるから、そんな心配いらないよ?
そんなこんなで花火大会当日。
待ち合わせの駅には、もうすでに人がごった返していた。
うわ~、見つけられるかなあこれで。
いくら秀一くんがハンサムだからって、わたしのハンサムレーダーはそんなに敏感ではないぞ!
などと考えていたら偶然にも見つけてしまった。おっと、意外と感度良好?
待ち合わせの人混みを掻き分けるようにして向かって行くと、秀一くんの方もこちらに気づき、ホッとした顔で近づいてきた。
「杏花さん!良かった。すごい人混みですね?」
「ホントだね。ごめん、待った?」
「いえ、今着いた電車に乗ってきました。杏花さんは?」
「わたしも。それじゃあ同じ電車かもね」
和やかに会話をしながら会場に向かう。
「秀一くん、髪切った?爽やかになったね」
秀一くんの髪の毛が短くなっていた。前に会った時は前髪も襟足もスッキリ揃えられたお坊ちゃんスタイルだったけど、今日は後ろが刈り上げられていて上の方の長めの髪の毛をかぶせる感じの、今時の若者がやっているヘアスタイルだ。
お姉さんそういうの疎くてなんていう髪型なのかわかんないけど…。あれだ、CCさくらっていう漫画に出てくる小狼くんみたいな髪型だ。小狼ヘアーと名付けよう。
「毎年この時期になると母さんが勝手に美容室予約して強制的に切らされるんです。髪型も自分で選べないんですよね…。変ではないから別にいいんですけど」
秀一くんは照れたようにそう言った。
ほー。美意識の高いせっちゃんは、息子プロデュースにも余念がないようだ。まあ確かにこんなハンサムな息子がいたらわたしも自分好みの服とか着せちゃうなあ。
「うん、似合ってるよー。小狼くんみたいでカッコいい!」
「え?小狼くん?…えっと、ありがとうございます」
わたしとしては最大級の誉め言葉だったけど、CCさくらを知らない秀一くんは少し戸惑ったようだ。
むむ、これは漫画とアニメDVDを貸さねば。布教の血が騒ぐぜえ。
ところで探りを入れろと頼まれたわたしだけど、見た感じ秀一くんの様子はいつも通りだ。
うーん、今母親の話題は出さない方がいいかなあ。
そういう立て込んだ話は家に帰ってからにしようと決めて、わたしはにんまりと笑った。
「秀一くん、お祭りの屋台で遊んだ経験は?」
「え、ありますけど、…どうしたんですか?凄い顔してますよ?」
秀一くんがちょっと怯えたように身構えた。
「ふふふ、でも、あれでしょ?限られたお小遣いの中でしけた遊びしかしたことないでしょ?」
わたしはさらに笑みを深めて宣言した。
「今日は、大人の遊び方って奴を教えてあ・げ・る!」
そんなこんなで1時間後、いろんな屋台に金をばらまいた結果、わたしと秀一くんの両手にはチョコバナナっぽいものとか、カエルの丸焼きとか、謎の仮面とか、ぱちもんの景品とか、その他色んな食べ物飲み物使えない物で溢れていた。
秀一くんはげっそりとやつれていた。
「よーひふひはひんひょすういはー!」
りんご飴を頬張りながら元気に歩こうとしたわたしを秀一くんは慌てて止めた。
「杏花さんもうこれ以上荷物は増やせませんよ!それに金魚飼えるんですか!?」
金魚すくい、を正確に聞き取れた秀一くんすごい。
わたしは感心して立ち止まった。
「すひょい!よしゅわはっはね?」
「金魚すくいの方に足を向けてましたからね…。とりあえず落ち着きましょう、杏花さん。せめて口の中に入れてるものは消費してください」
ヨダレ垂れそうですよ、と秀一くんは呆れ気味だ。
おっと、わたしの祭り魂が暴走してしまったみたい。
なんとかりんご飴をかじって飲み込み差し出されたラムネを飲んでリビドーを押さえ込んだわたしは、秀一くんに向き直った。
「どーよ?大人の遊び方は!楽しいでしょう?」
「これが大人の遊び方なのかどうかはさておき、…まあ面白いですね」
杏花さんが、という言葉が省略されていた気がするんだけど気のせいかな?
「たまにはハメを外さないとね~。秀一くんも真面目を貫き続けたらハゲちゃうよ?」
「ハゲッ…!?」
ショックを受ける秀一くんにニヤリと笑って、わたしは持っていたお面を秀一くんにつけてあげた。
「まだ中学生なんだからやりたいことはやっていいし、言いたいことは言っていいの!わたしみたいな社会人なんてねー、嫌なことでもやらなきゃいけないし、言いたいことは言っちゃいけないんだからね!」
この辛さ、中学生には分かるまい!
「あ、なんかかき氷食べたくなってきちゃった。秀一くんここでちょっと待ってて」
このやるせなさをかき氷の冷たさで忘れなければ!
「杏花さん、仕事で何かあったんですか…?」
あ、またもや中学生に気を遣わせてしまった。
ダメな大人だね~わたしったら。