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次の週の土曜日、秀一くんがやって来た。


特に変わりはなさそうだけど、こっちは色々と妄想していたからかニヤニヤが止まらない。

その気配を察知してか、秀一くんは始終眉間にシワを寄せながら問題を解いていた。

シワ寄せるのくせになっちゃうよ?秀一くん。


キリがいいところで休憩にしようとお茶を入れて持ってきたら、ちょうど問題を解き終えたのか、秀一くんが顔を上げた。


「はい、お疲れ様~。お茶いれたよん」

「…ありがとうございます」

「いいえ~ん」

「…あの、杏花さん」

「なあにい?」

「正直気持ち悪いです」


秀一くんが心底嫌そうに言ってきた。

ヒドイ!ただニコニコしていただけなのに!


言いたいことがあったら言ったらどうなんですか、と秀一くんはいつになく好戦的な態度で睨んでいる。

でもごめん、ニャンコがフーッてしてるようにしか見えない!可愛いなあ!


「そんなに怒らないでよ~。文化祭楽しそうだったなあって思ってただけなんだから」

「いいえ、あの目は完全に俺のあの姿をからかおうとしている目でした」


秀一くんはブスくれてそっぽを向いてしまった。


ええ!?からかおうだなんて全く思ってなかったのに!

そんなに猫耳恥ずかしかったの!?

たかが猫耳だよ!?女装じゃなかっただけいいじゃん!マシじゃん!似合ってたじゃん!


などのツッコミは、心の中だけにとどめとこう。言えば言うほど拗ねそうだし。


「まあコスプレのことはさておき、後夜祭もあったんでしょ?楽しかった?」


湯のみを持とうとしていた秀一くんの手がピクリと反応した。


「ええ、まあ、…楽しかったですよ」


歯切れが悪いなあ。フォークダンスでハンティングされちゃった?

あ、もしかして。


「やっぱり誰かに告白でもされたの?」

「ブフッ」


思い切りお茶を吹いた。

あ、ごめん。タイミング悪かったね。


「な、なん!やっぱりって!」

「いや~、だってさー」


秀一くんは驚いているようだけど、あの環境見ちゃったら一人か二人には告白されるでしょ。

最後の文化祭、もう一緒に過ごせる時間は限られてる…だから叶わなくてもいいあなたに伝えたいわたしの思い的な!

熱い!熱いよこの展開!


「で?誰に告白されたの~?お姉さんに教えてごらん?」

「…そんなの、言うわけないじゃないですか」


プライバシーの侵害です、と不機嫌そうに言うけど、あなたかなりプライベートなところまでわたしにさらけ出しといて今更?


「ふーん秘密なんだ。佐々木さんあたりが告白するんじゃないかなー、って思ったけど」

「えっ!!」


秀一くんがギョッとした様子でわたしを見た。

なんで知ってるんですか!?とでも言わんばかりだ。

秀一くんにしろ佐々木さんにしろ、わかりやすいなあ。


「なぜわかったのかって?それは人生経験の差だよ君」


ドヤ顔をするわたしに、不審そうな顔をする秀一くん。

ホントかよとでも言いたげだ。


甘いな秀一くん。わたしほどにもなると持ち前のアンテナを駆使して恋のキューピットにもなれるんだぜ?


ふふ、これまでに何人の友人の恋を成就させてきたか、君は知るまい。

おかげでこの年にして3回も結婚式で友人代表のスピーチをこなしてしまった。

やれやれ困ったな。ご祝儀でお金がどんどん羽ばたいていくよ?

ついでに恋愛運も羽ばたいていってる気がするんだけど気のせいかな?

ああ、視界が曇って前が見えない…。わたしの諭吉が…。


それはさておき文化祭でねずみ耳をつけてた佐々木さん。

喫茶店でもてきぱき働いてて、しっかり者って感じだったなあ。

会ったことはないけど、元カノの鈴原さんとは全然違うタイプのような気がする。


やっぱり秀一くんに庇われて好きになっちゃったのかな?

確かにあのタイミングで守られたらクラっときちゃうよね。

ただでさえ秀一くんはハンサムだし。


「それで?付き合うことになったの?」


にやにやしながら言うと、杏花さんって本当にこの手の話好きですよね…、と呆れた顔をして、秀一くんは首をふった。


「断りました。俺、受験生だからそれどころじゃないし、第一佐々木さんのことそういう目で見たこともなかったし…」


なんだか秀一くんは困惑しているようだ。


「…恋って、…好きってなんなんですかね」


中学生に真顔で聞かれてしまった。

いやー…、それをわたしに聞く?

人類の命題ともいえるその問いを?

そんなの自分で見つけるしかないと思うんだけど…。


「秀一くん、前は鈴原さんのこと好きだったんじゃないの?」

「…ずっと考えていたんですけど、あれは初めて告白されて舞い上がってただけなんじゃないかと思うんです。鈴原さんが好き、っていうより、人に好意をむけられてる自分に酔ってた、みたいな…。それで鈴原さんがどんな人なのかってちゃんと見もしないで、勝手に幻滅して酷い態度とって…」


今考えたら俺、めちゃくちゃ失礼なことしてましたよね…、と秀一くんはうなだれた。


…え!?初めて告白されたの!?マジで!?その顔で!?


わたしは秀一くんの中学生らしからぬ自己分析っぷりよりそこに驚いてしまった。

み、見える、見えるぞ…。

女子同士が「秀一くんはみんなのモノ宣言」してる姿が…。

そこへ女王・鈴原さんが数多の敵を押しのけ、牽制し、裏に手を回しながら秀一くんをゲットした姿が…。

なんて恐ろしい。共学怖い。


「ちょっと杏花さん、聞いてます?」

「あ、ごめんごめん聞いてるよ大丈夫」

「…それで、人を好きになるってどういうことなのかよく考えるようになったんですけど、考えれば考えるほど分からなくなるんです。人間って、すぐに思い込める生き物なんだなって思うと、誰かに好きって言われても、俺、特別その人に何かをしたわけじゃないし、鈴原さんの時みたいに勝手なイメージで俺のことが良く見えてるだけなんじゃないかって感じたり…。俺自身も、誰かを特別に好きになるなんて考えられなくて…」


はあ、と秀一くんは重いため息をついた。


たぶんこれまで秀一くんは、人のことを好きだとか嫌いだとかで判断したことがないんだろうな。

それなのにいきなりそういう激しい感情を向けられるようになって、嫌でも大人の階段を登らなければならなくなった、と。

歌の歌詞で例えると秀一くんはまだシンデレラってことになるな…。

うん、ごめん、そんなこと考えてる場合じゃなかった。


「秀一くん、そうやってごちゃごちゃ考えるからこんがらがるんだよ。もっとシンプルに考えたら?人に好かれた、嬉しい。でも自分は好きじゃない。これで終わりでいいじゃん」

「でもそれじゃ誠実さに欠ける気がして…。せっかく好意を向けてくれたのに、俺、それが偽物なんじゃないかって疑ってるんですよ?」

「偽物かあ…」


秀一くん、真面目すぎる…。

鈴原さんの一件で、どうやら秀一くんは恋愛不信に陥っているらしい。

電話で好きって言っちゃうくらいラブラブだったのに、猛スピードで目が覚めちゃったもんね…。

秀一くんにとってはあの電話の一件は黒歴史に違いない。

でも、わたしは忘れないよ?うけけ。


「うーん、きっと偽物ではないよ。みんなが秀一くんを好きなのは、秀一くんがすごく魅力的だからだと思うよ?」

「え」


秀一くんは目を丸めてわたしを見た。


「例えば勉強を一生懸命頑張ってるところは尊敬できるし、学級委員で仕事をしてるところは責任感が強いんだな、って思えるでしょ?こうやって真面目に恋愛のことを考えてるのだって、秀一くんが優しくて、曲がったことが嫌いで、相手のことを大事に思ってる証拠だよ。そういう、秀一くんにとっては何気ない行動とか考え方を見て、好きだな、もっと秀一くんのことを知りたいな、って感じたんじゃないかなあ」


にっこり笑うと、秀一くんはサッと顔を赤らめた。


「だからって、秀一くんは好きって言ってくれた人のことを無理に好きにならなくていいし、振り回されなくてもいいんだよ。きっと好きだって言ってくれた子は、自然体の秀一くんの姿を見て好きになったんだから。それで秀一くんも相手の子をもっと知りたいなって思えたら付き合えばいいんじゃない?」


ね?と諭すように言うと、秀一くんは首まで真っ赤になりながらコクンとうなずいた。

どうやら褒められ慣れていないらしい。可愛いなあ。


「杏花さんって…」

「ん?なに?」

「…いえ、なんでもないです」


秀一くんは気まずげに目をそらした。


そんなこと言える立場なんですか?って言われたらどうしようと思った。ビビった…。


わたし、この人生で一度もモテた経験がないもんで、君の気持ちを想像の範囲内でしか把握できないのだよ…。

すまぬ。


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