10
10月最後の日曜日。秀一くんの中学校の文化祭の日だ。
先週うちに来た時に秀一くんが鬼気迫る顔をしてやっぱり来ないでください、チケット返してくださいと言ってきた。
何があったんだ。逆に気になるから返さないよ?
そう言うと秀一くんはガックリとうなだれて両手で顔を覆った。
ホントに何があったんだ…。とりあえず漫画でも読んで元気出せ?
しかし、中学校なんて自分の母校でさえ卒業以来行っていないのに、余所の、しかも共学だなんて緊張する。
わたし、入っていいんだよね?不審者だと思われないよね?
キョロキョロすると余計怪しく見えるので、表面上は堂々と一般受付でチケットを渡す。
実行委員会の腕章を付けた女の子が笑顔でそれを受け取り、隣の男の子がパンフレットとチラシを差し出してきた。
くー、共同作業!イイね!
内心のニヤニヤはおくびにも出さず、余裕の笑みで受けとった。
ダメだ、ここは妄想ポイントの巣窟だ…!
危険だ!自粛せねば…。
口元を抑えつつ、わたしは歩きながらパンフレットをめくってみた。
なになに、メインはやっぱり展示物で、授業で書いた絵や書道などの作品がズラリと並べられているらしい。あとは演劇とかバンドとかの発表もあるみたい。へー。
秀一くんのクラスは喫茶店って言ってたけど、何を売っているんだろう?3年のページは、っと。
有志団体が乗っているページの最後の方に、目的の3年A組の記事が載っていた。
『動物喫茶アニマル』
…。えっと、動物のコスプレをしてるってことかな?
売っているのはクッキーやチョコレートなど、軽くつまめるものとお茶みたいだ。
秀一くん、もしかしてとんでもない仮装をさせられてるんじゃない?
バニーちゃんとか…。
とりあえずゆっくり校内を周ってみることにした。
生徒のご両親ぽい人たちがやっぱりメインで、あとは違う学校の中高生とか、小さな子がほとんどだ。
わたしみたいな20代女はあまり見かけない。というか全然いない。悲しい。
そう思いながら書道の展示コーナーになんとなく入ってみると、同い年ぐらいの綺麗な女の人がいた。何やらご父兄らしき年配の男の人と話をしている。
厚ぼったい唇にアーモンド型の瞳、細身のスーツを身につけていて少し胸元が窮屈そうだ。
うひゃー、グラビアアイドルみたいだ!そこのオジ様とはどういう関係!?
ドキドキしながら横目で見つつ、展示された書を眺めてみた。
ほう、自分の好きな四文字熟語を全員が書いているらしい。1年生は日進月歩とか温故知新とか、書きやすくて有名なものを選ぶ傾向にあるようだが、2、3年生にもなると、唯我独尊とか輪廻転生とか唯一無二とか、将来黒歴史になりそうな熟語がちらほら見受けられた。これが若さか。
秀一くんはなんて書いたんだろう、と探してみると、『転迷開悟』と達筆な字で書かれていた。
思わずググってしまった。
『迷いを転じて悟りを開くこと。煩悩がもたらす迷いや悩みを捨て、涅槃の悟りを得ること。』
…。秀一くん…。
見なかったことにしよう。
「あの、もしかして柏秀一くんのご親戚の方ですか?」
後ろからそっと声をかけられて振り向くと、さっき男性と話をしていた美人さんがにっこり笑って立っていた。
「わたし、柏くんの担任をしている鳥海といいます。柏くんの書の前で立ち止まられていたので…」
おお、なんだ先生だったのか!グラビアアイドルみたいとか思っちゃってごめんなさい!
若いからわたしと同じお客さんなのかと思ってたよ。
「そうだったんですか。秀一くんがお世話になってます」
またも保護者ヅラをするわたし。
「いいえ!柏くんは本当に優秀な生徒で、学級委員もやってくれてとても助かっているんです」
へー!秀一くん学級委員だったんだ!ぽい!
それから鳥海先生は嬉しそうに喧嘩の仲裁をしてくれた、自分を手伝ってくれた、この文化祭でもクラス全員を上手に取り仕切っていた、など、秀一くんの武勇伝を聞かせてくれた。先生の覚えもめでたいらしい。
「わたしは国語を受け持っているんですけど、秀一くんは国語が苦手だったらしくて2年生まであまり成績は良くなかったんです。でも3年生になってその苦手を克服できたみたいで」
やっぱり担任が国語教師だと違うのかしら?と鳥海先生は邪気のない顔で小首をかしげている。
担任がどうこうはあまり関係ないと思いますが、でも確かにこんなに美人な先生だったら好かれたくて頑張っちゃうかもしれないなあ。
そこで「鳥海先生ー!」と女子生徒が呼びに来たので、秀一くんの担任の先生は「引き止めてごめんなさい。楽しんで行ってくださいね」とニッコリ笑って去って行った。
なんだか迫力のある先生だったな…。特に胸元が。




