十八 再生
どこまでも無限に果てしなく続く闇の中。
きっと星が産まれる前の宇宙はこのような闇一色の世界ではなかったのだろうか。
何もない世界を御裏は落下する。
「これで良かったよな、だってヒリンを浚うような奴だったし」
御裏としてはヒリンを取り返し世界樹を倒せば済む問題だった。世界を救うとか、人間を守るとかは全く考えていない。
結果として、世界を創造した世界樹を倒し、一つの世界を消してしまった。
物思いに耽る御裏の視界に、流星のように流れる幾つもの物体が飛び込む。
「そこっ!」
とっさに何かを感じ取った御裏が手を伸ばす。
御裏が移動したのか、向こうから近づいて来たのか分からないが、距離が一気に縮まった。
それは暗黒の中を漂う、人間の手足と……空色の頭だった。
消え行く世界の中、御裏はバラバラになった空色の四肢を集める。
集めて、くっつけて祈れば治る筈だった。
空色を分解した世界樹の力は喪失した、後は元の状態に摂理に戻るのが自然の摂理だ。
筈だったが、空色の体は全ての能力を打ち消す。
世界樹が五体分散したまま空色の体を取り込もうとしたのも、その力故にだった。
消える世界の中、世界そのもののバランスを取るために、元居た世界へと戻る。
御裏は必死で空色の体を再生しようと試みる。
「くっつけ、くっつけ、何でなんだ」
焦る御裏に、黒髪を尾のように引いた空色の生首が語りかける。
「私の体、治らないの?」
「うわあああ! 首が喋ったあ!」
「喋るわよ、一々うるさいわね」
「ちょっと待って、治る筈だ、どうしてこんな……このまま戻ったら、間違いなくヒリンはバラバラ死体だ」
「あー、そうね」
生首の空色が目を閉じて、口の端を少しだけ緩めて笑った。
「そうだけど、命はきちんと助けてくれたよ。夜叉も助けようとしてくれたし、これで死んだらしかたないよ、運命だったんだ」
「諦めないでくれよ、やった原因は俺だから優しくされると凄く辛いんだって。俺に力があるなら、この大事な時に役立たないで、いつ使うってんだよ。くそっ」
現実の世界と言っていいのか、恐らくは御裏達が暮らしていたであろう世界が近づく。
帰路につく世界の距離が近くなるにつれ、空色の傷口から血が滲み出る。
「最期に言っておきたいことがあるんだ。お父さんとお母さんには、命から本当のことを伝えてよね。娘のバラバラ死体が現れて理由も無く居なくなったら、きっと泣くから。お母さんは分かってくれると思うよ、お母さんも私も昔から不思議な体験してたから。物が消えたり、いない人が見えたりしたな。こっちが見えてると思われたら近寄ってくるから、無視するように言われたんだよ。ずっと忘れていたのに、死ぬんだって考えたら思い出したよ」
思い出に浸る空色、その生首からも赤いものが滲む。
肉の色が見える首の断面を視界に入れないよう、死を意識しないよう、しっかりと空色と目を合わせ御裏は約束した。
「ちゃんと伝えるな。言ってみるけど、信じるか信じないかは保障できない」
「そうだね、その時は私を看取った責任ということで、命の力を見せて証明してよ」
「分かった」
「次に命。たった一日だったけど、正直言うと楽しかった。本当は一緒に遊ぼうって言ったのに、ごめんね。嫌な事いっぱい言っちゃったね、腹が立って殴りたいなら今のうちよ」
「よし」
すかさず遠慮なしのパンチが一発、空色の脳天に落ちた。
ごつんと、鈍い音がして生首がくるりと一回転した。
「いったーい……命らしいけど、本気でするかな。違うでしょう、その反応、ばっかじゃないの。今ので破損した私の優秀な灰色がかった黒い脳細胞を修復してよ」
「何て腹黒そうな色の脳細胞だ、少し減って丁度いいって。お前の綺麗な顔は避けたぞ」
「暴力的なフェミニスト、結婚したら暴力かますタイプ?」
「違う違う、俺だっていつかはいい相手を見つけて家で尽くすんだ。まあ、相手が殴ってきたら殴り返すかもしれないけど……じゃなくて、話の流れから、とにかく一撃入れておかないとお互いに後悔する場面だろ。それにお前、死ぬ奴がごめんとか言うな」
「だって、私は居なくなるけど。残るのは命でしょ、つらい役目もあるでしょ。実はほっとした?」
「そりゃ思考のネガティブさと、口の悪さにはかなり嫌気を感じる時もある。だがな、ヒリンを本気で助けに来たんだぜ、分かるだろ。それ以上言ったら俺、友達じゃないぞ」
何かを答えようとした空色が、眉間に皺を寄せる。一気に顔から血の色が引いた空色に、愕然とした御裏が手を伸ばした。
その手が空色に触れる寸前、二人は現実の世界である空色の部屋に立っていた。
御裏の足元には、空色がうつ伏せになって倒れている。
顔は見えないが、ピクリとも動かない。
体は繋がっていた、外傷も見当たらない。
喉が渇き、唾を飲み込んだ御裏が恐々と、壊れ物を扱うように空色の肩に触れる。
パジャマを通して触れた肩が冷たい。御裏は声も上げられず、その場にへたり込む。
御裏の粗い呼吸音だけが、無音の空間の隙間に漂う。
どれくらいの時間が経過したのか、涙目の御裏がポツリと言葉を零すように話しかける。
「体が繋がってる。でも、生きていない……さっきまでバカ言ってたのに」
空色の横に座り、何も考えられず御裏は俯いて呟く。
「ごめんな……俺、自分が悔しい。何も出来ないよ」
御裏の足の先、ジュータンの上に、不意に緑の芽が生えた。
放心状態で眺める御裏と、倒れて動かない空色の周囲を囲むように、次々に小さな芽が生え丸い蕾を生じる。
御裏が何とは無しに動かした指が、緑の蕾に触れた。
刺激に反応し蕾が弾け、中から薄桃色の花が咲き開く。
それが合図だったかのように、一斉に全ての蕾が開いた。
薄桃色の花に囲まれ、淡く甘い匂いが立ち込める。蓮の花だった。
花の一つから、夜叉の声が聞こえた。
「全ては空なり、空は全てなり。されど消えることなかれ。我、役目を果す」
床下から水が溢れるように、緑の大きな葉と、大振りな薄桃色の花が部屋を埋め尽くさんばかりに生える。
一際大きな葉が空色を包むように床から生え、花がその姿を覆い尽くす。
固唾を呑んで見守る御裏の目の前で、花の山が輝いたように見えた。
花の山が微かに揺れ、もぞもぞと中で何かが動いていた。花の一角から空色のパジャマが見えた。
「う~ん……」
空色が呟き、寝返りを打つ。花の山が崩れ、苦しそうな表情の空色が御裏の方へ顔を向けた。
「……寝苦しいっ!」
薄っすらと目を開いた空色が、目覚めると同時に文句を言った。
「あんたでしょ、こんな子供みたいな悪戯したの」
自分の命を救ったであろう花を、苛立ち混じりに払いのけ、足で蹴り、空色は両手を床に突いて起き上がる。
空色はため息を吐きながら、汗ばんだ額に張り付いた髪を指で摘んで払い除けた。
「汗かいたじゃないの……」
「ヒーリーンー!!!」
御裏が空色に両手を広げて飛びつき、抱きついて床に押し倒す。
「ヒリン、ヒリンが生きてる! 俺もう駄目だと思った、動いて温かいよー、ちゃんと生きてる」
「きゃっ! 何すんの、このド鬼畜!」
空色を抱きしめ、胸に顔を埋めた御裏がまた泣いた。
御裏が両手を合わせて、空色を助けた夜叉にお礼を言う。
「やしゃぁー、何かどうなったか知らないけど、ありがとぉぉー。うぐっ、うぐっ……お、お、俺、人の命なんて救えなかった。名前は命なのにぃー、命はバカで役立たず恥ずかしい!」
傍に咲く花から、夜叉の声が応じた。
「メイカーよ、そなたは努力した。そう自らを卑下するものではない、人ながら世界樹と同等なる創造の力、そこまで自在に操れるだけ尊敬に値する。我も空の人に消滅されると困る故あり、我とて命はそうそう弄べぬ、何の事はなし我が肉体を貸し与えたのみ。我も助けらず申し訳ない、礼には及ばぬ」
「ううん、ううん、人が生き返った、俺もヒリンもそれで十分助かったよ」
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