序章二 夜叉
序章が長かったので二つに分割しました。後半です。
一度投稿した章の編集が分からず、こんなになりました。
「待たせた」
無音の世界の中、緊那羅とは違う声が聞こえた。
同時に神社の石畳の隙間から、緊那羅の足元に一枚の緑の草が生える。
混濁した世界の中、その一枚の葉だけが青々とした姿を保っていた。
さらに伸びた葉は鋭い刃物と化し、前に踏み出した緊那羅の足首を切り落とす。
切り離された足首が、滑らかな切断面を伺わせ石畳を転がる。転がった足首から先は、石畳の隙間より次々と生える刃物状の葉に刻まれ粉塵と化した。
「早い、もう来たか」
緊那羅が繊細な造りの顔を歪ませ、羽を広げ後ろに飛び下がる。
その背後に、木々を編んだ環が浮かび上がる。
木々の環の中空の部分は蓄えた水面のような闇が窓ガラスのようにはまっていた。
環に囲まれた闇から、黒い手が伸びた。
続いてもう一本腕が伸びる。さらに手が生え、合計六本の腕が緊那羅を捕まえた。
腕の先は巨大な鍵爪と化し、緊那羅を挟むと闇の中へ引き釣り込む。
「させんわ!」
緊那羅は叫び、力により場の空気を圧縮し、巨大な人形を生成。
六本の腕から逃れようと、抵抗を試みる緊那羅の白い羽が舞う。
色彩が集まり蠢く、神社の境内に収まりきらない空気の巨人が立ち上がる。
巨人の足跡を捺印した石畳が紙のように千切れ、土色を世界に滲ませる。
腕に当たった鳥居が粉々に吹き飛び、砕けた石材が花のような模様を描く。
木々を編んだ環が攻撃を受けて揺らめき、一瞬だけ暗闇の環の存在が薄れ、現世への維持が途切れた。
すぐに復活した環の中から、限りなく透明な無数の細い糸が伸び、糸は自由自在にくねり絡みつき緊那羅の全身を縛り上げる。
観念したのか、緊那羅が操る空気人形の抵抗が止まる。
緊那羅は目を細め懐かしげに、親しげに闇の中へと話しかける。
「ほほう、久しぶりの再会だが、いつの間に力を上げておったか。神々を返り討ちにして取り込んだと聞くが、真実のようじゃのう。ふむ、誰が一番先に鬼を見つけるかのう。ワシでは無かったか、ほうっつほうっつほう」
顔を糸で縛られ無様な表情のまま、笑う緊那羅が闇の中へ消えた。
数秒後、一陣の風が吹く。
混沌と色彩が混ざり、濁ったドブ川の底のような景色を風が洗い流した。
爽やかな風の流れは力を失った空気人形を溶かし、緊那羅の力が消えた事を示していた。
木々の環に囲まれた闇の中から、蠢く影のごとく見える全身黒尽くめの人物が現れ、倒れた沙羅の女性の傍らに立つ。無表情で彼女を抱きかかえた。
「申し訳無し、そちを危険に晒した」
抱かかえたまま、口付けして人工呼吸する。
沙羅の女性の胸が動き、軽い咳を発して意識を取り戻す。
目を覚ました沙羅の女性が、自分のされている行動に驚き、目を見開いて動けなくなった。
「やや鼓動が乱れているが、呼吸はできるであろう」
「や……夜叉、来てくれてありがとう。本当に危なかった……この状況は?」
「緊那羅は我が世界に引き込んだ、いずれ消滅する。そちの蘇生を手早く済ませる為に、空気を肺に送り、酸素を摂取させた」
困った顔の沙羅の女性は、相手の行動に悪気が無いと分かっていたので諭すように話す。
「えーと、助けてくれてありがとう。でもね、人工呼吸したことは、彼には黙っていて」
「我は隠し事をするような行為をしていないが……人としての何かしらの訳があるのであろう、承知した」
「それと、もう下ろして下さい。治りましたから」
「そうか。それは良かった」
沙羅の女性を下ろした夜叉が、静かな声で話しかける。
「そちの彼は無事だ、あちらは名も持たぬ小物で陽動であったようだ。あわよくば人質に、という思惑であったのであろう。やはりこちらが本命であったか、相手が緊那羅であっては我の森で囲う結界も効果が薄かったようだ。手落ちであった」
彼氏の無事を聞きほっとした沙羅の女性が、大きな苔むした庭石に座り肩の力を抜く。
「手落ちだなんて……そんな風に言わないの、夜叉にはいつも助けてもらっているわ。今回も夜叉が来なければ、私はどうなっていたか、この子が奪われるところだった。感謝してるし頼りにしてるわ」
まだ膨らみの目立たないお腹を、沙羅の女性は愛しそうにさする。
整い過ぎて作り物のような顔で無表情に見ていた夜叉が頷き、口を開いた。
「感謝の言葉、ありがたく頂戴した。さて早急かもしれぬが、今後の行動をこのように致したい。再び襲われると我もどこまで守れるか疑問が生じる。敵も名のある者が動きだし、手段を選ばぬようになってきた。提案ではあるが、そちがやや子を産むまで、我が世界で匿う。我の造りし仮想空間だが、人が住んでも問題あらず、発見される可能性が激減する。いかがであろうか」
違う世界で生活する。夜叉の力に守られるのなら現世よりは安全かもしれないが、当分の間人間の世界を離れ神隠しにあった状態になる。
沙羅の女性はまず、彼氏に会えるか確認した。
「彼は一緒に住めるの?」
「力がある事実を知られるが、構わぬのか? こちらの戦いに余分に巻き込むかもしれぬ」
「そうよね……危険に遭わせる訳にいかないわ。私だけで行きます」
「そうして頂きたい」
「そして、子供が産まれたら私は戦いから離れたいの。どうやら力をこの子に持っていかれたみたい。だからさっきの戦い、手も足も出なかったわ」
「隠居なさるのか? 緊那羅の片腕は飾りになっておったが? 故に我もあの時間で倒せた。自慢では無しに、八部集はそれぞれが強力であるぞ」
「最後のあがきだったの、でも一応は効果あったのね。でもこれから、この子に力を渡してどんどん力は薄れる。私はいずれ使い物にならなくなるけど、役立たずでも守って下さる?」
一瞬だけ夜叉が視線を遠くに向けた。見放したのか、それとも夜叉なりに感じるものがあったのか。造られた存在である夜叉には、自らの感情が理解できなかった。
「当然だ。我は沙羅の人を守ると約束し、そちは今まで果敢に戦った。ここで見放せば我は心を迷わせ存在意義を失う。人を狩る機械には戻りたいと思わず」
夜叉の背後に、異世界へと繋がる暗闇を湛えた木々の環が現れる。
「近しい者に挨拶などあるのであろう、準備が整えば呼び出すが良い」
「夜叉、一つだけお願いしてもいいかしら?」
「何であろうか」
「この子の名前を考えて欲しいの。男の子でも女の子でもどちらでも使える名前で」
夜叉は沙羅の女性のお腹を暫く眺め、当然のように言った。
「女」
「あら、分かるの? 女の子なのね。夜叉なら何て名前にする」
神々との戦いであろうが、戦闘で体をいくら破壊されようが冷静さを保つ夜叉が、新しい生命の名前を付けるという行為に躊躇した。
「そのような大事、偽りの生命である我が関わって良いのであろうか」
「いいのよ、夜叉は命の恩人で、私にとっては世界一の相棒なのよ」
「むむ……我を頼っているのだな。暫し待たれよ」
夜叉がどかっと地面に座り、座禅を組んで瞑想する。
深く思慮すること一分。
カッと目を見開いた夜叉が、空中に指で文字をなぞる。
『緋環』という文字が空中に浮かび上がる。
「ヒリンと読む……命名した自然と時はここにしかあらず、命の色、この世界の色、そしてそちから娘へ繋ぐ命の環である」
「いい意味だわ、一期一会で命を大切にって意味ね。この子は今から緋環よ。よろしくね、夜叉おじさま」
「何だおじさまとは……うむ、良かろう」
空を焼くような夕焼けを眺め、二人は小さく笑った。
この次から主人公の女の子が出ます。
転写、書き直しをしながら戦闘後のシーンに違和感とオチがほとんど伝わっていない文章だったのが判明。
そのままでは載せられないので、書き直して……載せるかもしれません。
ご意見ご感想お待ちしています。
参考にさせて頂いて、修正できる箇所はできるだけ修正していきます。




