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序章

まず、この小説に目を通して頂いてありがとうございます。

昔書いたお話です。個人的に思い入れがあり、お気に入りなので掲載しました。


.序章


 夕暮れの太陽が世界を緋色に染め上げる。

 斜光に照らされ周囲を木々に囲まれた古い神社、静かな時間が流れる。

 長い黒髪を後ろに束ね、薄化粧に白装束の若い女性が、境内で小さな木の椅子に座り目を閉じていた。

 白いその身を夕日色に染めて、深く長い複式呼吸を繰り返す。

 風も無いのに周囲の木々が何かに怯えたかのように一斉に揺れてざわめく。


 気が付くと、煤こけた衣服を纏った老僧が鳥居の下に立っていた。

 老僧はお茶友達に話しかけるように、白装束の女性へ気軽に声をかける。

「ここの木々からは変わり者の、あれの力を感じるのう、懐かしい匂いじゃ。主は信仰を行なう家系のようだが、悟りを解いたかね、沙羅と呼ばれる者」

 にこやかな笑みを浮かべ、瞑想する女性に尋ねた。

 女性は目を閉じたまま答える。良く通る、そよ風のような声で。

「私は戦いも力も望んでいないのですよ。平穏に暮らしたい、望みはそれだけ。それを壊すのなら……」

 女性が薄っすらと目を開いた。

 目の前の老僧は人間の視覚で捉えるものと違う存在であった。姿形に惑わされぬよう、視線はその姿をすり抜け、夕焼けの空を見た。

「……相手が何者であろうが戦うのみ」

 諭すようにも、なだめるようにも聞こえる優しい話し方で、女性は戦闘の火口を切った。

 老僧はにこやかに笑い手を広げる

「そうかそうか、菩提樹に到達する意思は無しか。その力惜しいのう」

 何も持っていなかった手の平には、手品のように白い鳩が一羽現れ乗っていた。

「ちなみにワシはな……」

 老僧の呟きに合わせ白い鳩が羽を広げた。

 神々しい夕日を背中に浴び、橙金色に輝く鳩が後に続いて喋る。

緊那羅きんならと呼ばれておる、聞いたことあるかな?」

「八部集の疑神と存じます」

 緊那羅は音楽を操り、その音色は神をも惑わせる半獣半人の疑神。

「そうじゃ、参る」

 老僧の姿が消え、白い鳩がさらに大きく羽を広げた。


 鳩が緊那羅の本体であり、老僧はこの世界での乗り物代わりであった。

 骨ばった鳥の足、背中には白い羽、腰から上は中性的な線の細い美形の人物、緊那羅の実体が現れた。

 同時に緊那羅は力を発動させ、指で目に見えぬ楽器をかき鳴らす仕草をした。

 世界の音が止まる。

 音の動きは空気の振動。音を操る力により、空気そのものの活動が停止。

 変化した空気は光の浸透性にまで影響を及ぼす。

 沙羅の女性には、周囲全体が透明なゼリーに背景を描いた絵のように目に映る。

 緊那羅は沙羅の女性が抵抗すると思っていた。しかし、動かぬ沙羅の女性の行動を怪訝に感じ、口に手を当て考え、尋ねた。

 この場で喋れるのは空気を操れる緊那羅のみ。

「はて、力を使わぬのか死んでしまうぞ。それにあれはどうした、そなたと行動を共にしていると聞いたが」

 呼吸も出来ず、固定された空気の中で身動きも取れない沙羅の女性は、薄目を開いたまま不適に笑う。


 緊那羅はある世界を支配する世界樹と呼ばれる存在が作り出した、この世界では神のような力を持つ使者。

 対する沙羅の女性は人でありながら、神の力を持つ者。

 力を持つ者は太古より度々現れた、そして苦難に遭う。

 受ける苦難とは人々から畏怖され迫害され、力を持たない人との思想の違いにより生きる術を奪われること。

 または同じ力を持つ者達、神や幻想の世界の住人に狙われ命と力を奪われた。

 それを乗り越え生き抜いたわずかな者達、その中でさらに時代に選ばれた者は、伝説や信仰の中に後世に名を残してきた。

 世界中に広まった神話に伝わる存在。それらが今、何の変哲もない日本の片田舎の神社に姿を現していた。


 白装束を纏いし沙羅の女性は力を出せず、表面は穏やかに構えていたが内心は焦っていた。

『何故、力が発動しない。まさか……』

 心当りはあった。ごく最近知ったのだが、彼の子を身篭っていた。

 だからこそ尚更、自分と新しい命を守ろうと鬼神がかった強さを手に入れていたのだが。

『力が不安定、いいえ、この子が力を吸い取っている』

 恐らくは自分の子供も何らかの力があるのだろう。

 ここ最近は異界の者を見る機会がめっきりと少なく、穏やかな日々だった。

 実は沙羅の力が弱まり、古き者達から発見されにくいだけだった。

 それに八部集の一員の援護もあったお陰で力を使う機会も減り、力の減少を自覚できなかった。

『こんな時に、夜叉と離れさせられた……相手の罠か、不覚!』

 同時刻にもう一名この世ならざる者が現れた。沙羅の女性を守護していた夜叉には、彼氏の警護を依頼していた。

 夜叉が結界を張った神社に隠れていたが、同格の神に見つかってしまい、沙羅の女性は戦闘にそなえて意識を統一していた。

「おや、命が重なって視える。そうか、お主生命を宿したか、そうかそうか、次代に力を渡したな」

 沙羅の女性が動かないので様子を伺っていた緊那羅は、独り頷くと天を仰いだ。

「邪魔者もおらず、これはワシに力を奪えという天命かな」

 緊那羅が羽を広げ、余裕を持った態度で近づく。


 風景、目での認識は物体に対して光の反射を脳が識別する。

 目に映る風景は空気というパレットに広げた絵の具のように、緊那羅はかき混ぜる筆のごとく。

 光の粒子を閉じ込めた空気を押しのけ、世界そのものを混色し、引き伸ばし混ぜながら緊那羅は歩を進める。

 沙羅の女性は視覚による認識が崩壊する世界の中、自分が周囲一帯ごとオレンジゼリーに包まれ、スプーンで崩されるような気持ちを味わった。

『このままでは殺される、早く来て!』

 心中で冷や汗を流しながら、それでも毅然とした表情で沙羅の女性は相手から目を離さなかった。

 細く優雅な腕が伸び、複雑に混じり合い濁った色と化した空気を押す。女のような細い指先が、沙羅の女性の白装束の上から腹部に触れた。

「では力を頂こうかの」

 自分の命と小さな命を奪おうとする相手に対し、腸が煮え滾る怒りが沸き起こる。沙羅の女性は最後の力を振り絞り、一気に息を吐いた。

「かっ……!」

 肺の中の空気を一気に絞り出し、相手の腕に吹きかけた。

「おおっ」

 人間には動かせぬ筈の空気が移動し、腕を撫でる。緊那羅の腕が粘り気を帯びた空気に押され、揺らめいて見えた。

 何か力を隠しているのではと警戒した緊那羅が、その手を引いた。

 肺の中の空気を失い酸欠状態に陥った沙羅の女性は、血の気が引いた青い顔で祈る。

『お願い、守って……』

「驚かせよって、今のが最後の力のようじゃな」

 沙羅の女性が意識を失い、苦笑した緊那羅が再び近寄る。


この次の章から主人公が出ますが、話の雰囲気はこんな感じです。

書き直したものを順次掲載していきます。

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