第53話 搦手と意趣返し
先手を取ったのは、ハイオーガだった。
その巨体からは想像できないほど身軽な動きで距離を詰めると、鋭く石斧を振り下ろしてきた。
ガキィィィン!
長剣を掲げて受け止めると、甲高い音が周囲に響き渡る。
(ぐっ……重い、な)
威力はオーガと比較にならないが、受け止められないことはない。
自身の攻撃が受け止められたにも関わらず、ハイオーガの表情には、驚愕や焦燥は見られない。
右足を鋭く突き出し、俺の胸部を蹴り飛ばす。
「ブモッ……」
一歩、二歩と踏鞴を踏んで後退する。
しかし、ハイオーガは間髪入れず距離を詰め、再び石斧を振り下ろしてきた。
なんとか体勢を立て直して石斧を受け止めると、ハイオーガの鋭い蹴りが左側頭部に迫り、俺は吹き飛ばされて岩塊に叩きつけられる。
「ブモッ……」
岩塊の表面に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、俺は地面にずり落ちた。
ドスンドスンッという重い足音が近づいてきたので、膝に手をついてなんとか立ち上がると、目前に巨体が聳え立っていた。
ハイオーガが石斧を振り下ろそうとした瞬間、俺は咄嗟に長剣を頭上に掲げようとする━━その時、突然指先に鈍い痛みが走る。
思わず足元に視線を向けた、その一瞬。
ハイオーガの口元がニヤリと歪む。
(しまっ━━)
ドゴッ!
直後、ハイオーガの振り下ろした石斧が、長剣ごと俺を地面へ叩き潰した。
「ブモッ……」
地面に深くめり込んだ俺に対して、ハイオーガは右足を振り上げ、俺の後頭部を勢いよく踏み潰す。
ダンッ!
後頭部に衝撃が走る。
ダンッ! ダンッ!
さらに二回、三回。
何度も踏みつけられ、その度に脳が激しく揺れる。
(ぐっ……頭が、グラグラ、する。クソッ……)
それに、頭頂部から生暖かい液体が流れ出ている感覚がある。
おそらく出血しているのだろう。
衝撃と痛みが続き、身動きできない。
ハイオーガは踏みつけるのを止め、俺が微動だにしない様子を確認すると、石斧を大きく振り上げた。
(カハッ……踏みつけが、止まっ、た。何がどうなっ━━ッ……!)
踏みつけが止まり、朦朧としていた意識をなんとか繋ぎ止めようとした、その時。
【危険察知】が頭上から迫る危険を教えてくれる。
俺は危険の原因を予想するよりも早く、身体が咄嗟に動いていた。
手をついて素早く上体を起こすと、俺は地面を転がるようにして、ハイオーガから距離を取る。
そして素早く体勢を立て直すと、直後、轟音とともに衝撃波が駆け抜ける。
交差していた両腕を下げ、前方に視線を向けると、ハイオーガが振り下ろした石斧が地面に突き刺さっていた。
(もう一度あれを喰らっていたら、危なかったな……)
その場で立ち上がると、額から鼻筋にかけて何かが流れ落ちる。手で拭ってみると、やはり血だった。
(【物理攻撃耐性】のおかげで頭が割れることはなかったけど、あの感覚を味わうのは、もう二度とごめんだな)
「グルル……」と低く唸りながら、ハイオーガがゆっくりとこちらへ振り向く。俺も手に付いた血を振り落とすと、改めて長剣を構える。
ハイオーガも警戒の色を浮かべ、お互いに睨み合う。
またしても先手を取ったのは、ハイオーガだった。
素早く距離を詰めると、石斧を振り下ろそうとしてきた。なので俺も、長剣を頭上に掲げて防御体勢を取る。
すると、先程と同様左足の指先に鈍い痛みが走る。
ハイオーガの口元が再び歪む。
(コイツ! また同じ手を……それならっ!)
俺はハイオーガから視線を逸らさず、右足に力を込め、ハイオーガの右足を狙って思い切り踵を踏み下ろした。
ボキボキッ!
足指の骨が砕ける音が響く。
「グォオオオオオ……!」
ハイオーガが悲痛な叫びを上げ、攻撃動作が止まる。
俺はその隙を見逃さず、未だに俺の指を踏みつけるハイオーガの左足の甲に長剣を突き刺した。
そのまま長剣を支点にして跳躍。
渾身の蹴りを、ハイオーガの顎へ叩き込む。
ハイオーガの巨体が仰向けに倒れ込む。
俺は長剣を引き抜きながら着地。そして、倒れたハイオーガの眉間に長剣を深々と突き立てた。
するとハイオーガは、ピクピクと数度痙攣した後、微動だにしなくなった。
レベルの上昇を知らせる声は聞こえなかった。どうやら、まだ次のレベルには届かなかったらしい。
だが、ハイオーガは間違いなく息絶えた。
(クソッ……まだ頭がズキズキと痛む。技量が高かったのは予想通りだが、あんな搦手を使ってくるなんて……だが、もう同じ失敗は二度としない)
基本的な戦闘技能が高いだけでなく、意表をつく搦手まで……まるで、人間と戦っているような気分だった。
今回の戦いは、良い経験になった。
少なくとも、この戦いから得たものは大きかった。
俺はその場に屈み、ハイオーガの死体に齧り付く。失った血を補給するように、肉や内臓を貪り喰らう。
全てを腹に収めると、口元に付いた血を拭いながら立ち上がる。
(まだ頭が痛むから、少し休憩するか)
俺は岩塊に背中を預け、その場で目を閉じて身体を休める。
十数分後、【気配察知】の有効範囲内に新たな気配がやってきた。
しかも、複数体。
俺はゆっくりと目を開け、岩塊に立てかけてあった長剣を握り、視線を右に向ける。
すると道の向こう側から、四、五体のハイオーガが姿を現した。
俺は向き直り、長剣の切先をハイオーガ達に向ける。
(まだ頭は痛む。だが止まっている暇はない。俺はまだまだ未熟だ。だからこそ、お前達を糧にしてもっと強くなる)
俺は長剣を握り直す。
「ブモォオオオオオ!」
俺は雄叫びを上げながら、ハイオーガ達に向かって駆け出した。
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