第12話:監査開始——王宮に潜む“もう一つの密室”
王家直属・特別監査官。
その肩書きは、想像以上に重かった。
王宮の門をくぐるだけで、視線が集まる。
歓迎と警戒、期待と敵意。
——すべてが、混ざり合っている。
(ええ、結構ですわ)
(視線は、真実を隠す霧を薄くする)
最初の監査対象は、王宮工房。
“事故”に使用された研磨粉の出所。
その管理記録の精査。
「記録上、
該当配合は三か月前に廃棄済みです」
工房長が、硬い声で告げる。
「廃棄、ですか」
私は、記録帳をめくる。
「廃棄量と在庫量が一致しませんわね」
「……計算違いでしょう」
「いいえ」
私は、さらりと言う。
「計算は、嘘をつきません」
工房長の額に、汗が浮かぶ。
「工房は、
外部からの持ち出しが極めて困難」
アルノルトが隣で呟く。
「ええ」
私は頷く。
「ですが——
ここにも“密室の錯覚”があります」
「錯覚?」
「物理的な出入口は厳重。
ですが、記録は人が管理する」
私は、帳簿の一ページを示す。
「この筆跡。
日付によって、微妙に違う」
工房長が息を呑む。
「代筆、あるいは改竄」
(王宮の本当の密室は、壁ではない)
(——権限ですわ)
特定の者しか触れられない書類。
特定の者しか閲覧できない在庫表。
閉ざされているのは空間ではなく、
情報そのもの。
「工房長」
私は、静かに問う。
「この改竄、
あなたの独断ではありませんわね?」
沈黙。
やがて、彼は膝をついた。
「……命令でした」
「誰の?」
答えは、すぐには出ない。
「ローデリヒ公……直属の側近より」
空気が凍る。
アルノルトの表情が、硬くなる。
「証拠は?」
「書簡は焼却。
ですが……」
工房長は震える声で続ける。
「定期的に、
“余剰在庫”を提出しておりました」
「余剰在庫?」
「はい。
帳簿上は存在しない、
調整分として」
私は、目を閉じる。
(なるほど)
(事故は、単発ではない)
研磨粉。
帳簿改竄。
王弟派の圧力。
それらは、一本の線になる。
「これは、
“事故工作”のための準備ではありません」
私は、ゆっくりと言う。
「もっと大きな計画の一部」
「……何を狙っている?」
アルノルトが問う。
「王家の権威の揺らぎ」
一拍。
「混乱を拡大させ、
王位継承の再編を狙っている」
彼の目が、鋭く光る。
「ローデリヒ公は、
表立って動いておりません」
「だからこそ厄介だ」
「ええ」
私は、静かに微笑む。
「彼は、
自らの手を汚さない“密室”を作っている」
命令は口頭。
証拠は残さない。
責任は部下へ。
——完全犯罪の構造。
王宮を出る直前、
私は振り返った。
「アルノルト殿下」
「何だ」
「これより先は、
王家内部の争いになります」
「覚悟はしている」
「では」
扇子を開く。
「密室を壊しましょう」
物理ではなく、
制度の。
その夜。
ローデリヒ公の私室。
「……工房長が口を割ったか」
低い声。
「はい」
「ならば」
一拍。
「次の手を打て」
静かな命令。
嵐は、まだ始まったばかりだ。




