十一話 朝から晩まで料理
だいぶ期間が空いてしまい申し訳ありません。PCの調子が…(´;ω;`)ウゥゥ
夕食を終えたリィンはまるで夢から覚めたばかりのような、どこかふわふわとした足取りで席を立った。
「カケル様……本当にありがとうございました。私、今日という日を一生忘れません。あんなに温かくて、美味しい料理をいただけるなんて……」
彼女は何度も深々と頭を下げ名残惜しそうに、けれど心からの笑顔を浮かべて帰っていった。
一人残った俺も自室に戻ってベッドに身を投げ出す。
「……さて、これからどうするかね」
この世界で料理を作っていくのは想像していたより難しくはなさそうだ。技術の差は歴然としているし、素材のポテンシャルは前の世界以上。だが、いきなり店を構えるのはこの世界の商売の知識がないから難しそうだ。とりあえずしばらくはこのまま流れに身を任せるか……。 俺はそんなことを考えながら、深い眠りに落ちた。
翌朝、夜明けと共に部屋のドアが激しく叩かれた。
「兄ちゃん! 起きな! 大変だよ!!」
女将さんの怒鳴り声に飛び起きる。まだ朝の早い時間だ。 ドアを開けると、そこには血相を変えた女将さんが立っていた。
「どうしたんですか、こんな朝早くに……」
「朝も何もないよ! ほら、下を見てごらん!」
女将さんに促されて窓から下を覗くと宿の入り口に人だかりができている。
「昨日、ここで信じられないほど美味い匂いがしたって噂が広まってね。昨晩、厨房の近くにいた客たちが言いふらしたらしいんだ。『あのいい匂いの飯を食わせろ』って、朝飯を求めて行列ができちまってる!」
「……勘弁してくださいよ。俺はただの宿泊客ですよ?」
「材料なら昨日あんたが選んだのと同じのを、市場の連中を叩き起こして揃えた! 頼むよ、このままじゃ店が壊されちまう。作ってくれたら宿代はタダ、いや、売り上げも分けるから!」
拝み倒す女将さんの気迫に押され、俺は溜息をつきながら厨房へ向かった。
「……今回だけですよ」
そうは言ったものの、この人数を相手に昨夜のような「ステーキの余熱調理」をやるのは現実的じゃない。もっと手際よく、かつこの街の連中の胃袋を一撃で掴める形にする必要がある。
「女将さん、パンはあります? 固いのではなく、できれば少し柔らかめのやつ」
「パン? ああ、近所のパン屋に焼きたてのバゲットを全部持ってこさせるよ!」
フォレストバイソンを薄切りにして高温で短時間、表面だけをキャラメル色に焼き上げる。バゲットを半分に割り切り口を軽く炙る。刻んだミストレタスとウィンドハーブを、岩塩で和える。炙ったパンにハーブ野菜を敷き、その上に焼き立ての肉をこれでもかと重ねる。最後にフライパンに残った肉汁に少しの出汁を加えて煮詰めた「即席グレイビーソース」を回しかけ挟み込む。
この『バイソンサンド』と昨日も作った『根菜スープ』で完成だ。
「おい、いい加減にしてくれ!この匂いだけで腹が減って死にそうなんだよ!」
「早く!早く食わせてくれ!」
朝の厨房に外から怒号に近い催促が響き渡る。 隙間から漏れ出すハーブと焼き立ての肉の香りに、客たちはもう限界だった。
「兄ちゃん、どうだい!? もう出せるかい!?」
女将さんの悲鳴のような問いかけに、俺は包丁の腹でパンを軽く叩いて馴染ませた。
「……はい。お待たせしました、大丈夫です!」
女将さんが扉を開放した瞬間、なだれ込むように客が押し寄せてきた。俺はできた分の『バイソンサンド』と『根菜スープ』を次々とカウンターへ並べていく。
「お待ちどうさま!火傷しないでくださいね!」
最初にサンドをひったくようにしてとっていった冒険者が、豪快にその塊を頬張った。
「……っ!!」
男の動きが止まる。ガリッというパンの小気味良い音の後、溢れ出した肉汁が口角からこぼれ落ちる。
「……なんだこれ。肉が段違いにうめぇ!それにパンが、パンが肉の旨味を吸ってやがる! そしてこのミストレタスとウィンドハーブ……肉の脂を、爽やかな風みたいに消し去って……おい、これなら何個でもいけるぞ!」
「こっちのスープもだ! 昨日の宿の飯とはまるで別物じゃねえか。身体の中に、力がドバドバ流れ込んでくる感覚だ!」
客たちは言葉を交わす暇も惜しんで、夢中でサンドを口に押し込み、スープを煽っている。厨房の外からは深い満足感が混じったどよめきが絶え間なく聞こえてくる。さて、サンドはまだまだ作らないと足りないな……
朝食のピークが過ぎ、ようやく一息つけるかと思った。 額の汗を拭い使い切った食材の端材を片付けていると、表から女将さんの困惑したような声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっとあんたたち! 朝飯の時間はもう終わったんだよ! ……ええい、押さないでおくれ!」
表を覗くとそこには朝食組とは別の身なりの良い商人や近隣の住人たちが列をなしていた。噂が街を駆け巡るスピードは、俺の想像を遥かに超えていたらしい。
「兄ちゃん……悪い。この人たち『朝飯がダメなら昼飯まで待つ』って座り込んでじまってさ。材料はなじみの八百屋と肉屋が『あの匂いの正体を食わせてくれるなら』って格安で追加を運び込んできたんだよ」
女将さんは申し訳なさそうにしながらも、その目は「稼ぐ時だ」とぎらついている。
「……やれやれ。一回きりだと思ったが、これじゃあ昼は休憩なしかな」
結局、昼食時になると行列はさらに膨らみ上がり、宿の前の通りを半分塞ぐほどになった。 俺はひたすら肉を焼き、パンに挟み、スープを注ぐ。
「次、肉料理を二つ! スープも付けて!」
「こっちはハーブ多めだ!」
厨房の熱気は上がり続け、気づけば太陽は天頂を過ぎ、傾き始めていた。
「これで終わりかな……?」
そう思ったのも束の間。夕方になれば今度は仕事終わりの衛兵や噂を聞きつけた冒険者たちが「晩飯」を求めてなだれ込んできた。
「おい、例の『魂が震える肉料理』はまだあるか!?」
「売り切れなんて言わせねえぞ!」
休む暇など十分もなかった。 結局、朝から晩まで一度もエプロンを外すことなく、俺の一日は完全に厨房の中で潰れた。
夜も更けた頃、ようやく客足が途絶え最後の一皿を作り終えてカウンターに寄りかかる。 そこへ息を切らせたリィンが駆け込んできた。
「カケル様! 遅くなってごめんなさい! 騎士団でも噂になっていて……どうしても、もう一度食べて……っ!」
「……リィンさんか。いいタイミングですね、これが最後ですよ」
俺が差し出した特製サンドを、リィン様は「あむっ」と可愛らしく頬張り、その瞬間すべての疲れを吹き飛ばすような至福の笑顔を見せた。
「……んん〜っ!! 生き返ります……! カケル様、本当に……本当にお疲れ様でした」
静まり返った厨房。腕は棒のようで、腰も悲鳴を上げている。だが空になった大量の鍋と、満足げに戻っていった客たちの顔を思い出す。
「……まぁ、料理できて、よかったな」
俺は自分のために残した冷めたスープを一杯だけ飲み干した。 予定外の忙しさがあったが、悪くない一日だった。 俺は片付けを終わらせてからエプロンを脱いで、深い眠りを求めて自分の部屋へと進んだ。




