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First Stage・悪魔と死にたがり(5)




『四人目の被害者は、女子高生!』


 悲劇を嘆いているようでいて、けれど、どこかあくまで他人事然として。挙句、どこかしら面白がっているような。そんな無神経なテロップの流れる夜のニュースを千郷はぼんやりと眺める。


 うちの生徒じゃなかったのか、それはよかった。


 被害者が見知った相手でなかったことに安堵する自分に、ならば他校の生徒なら殺されても良かったのかと自嘲する。


 美里は今家には居ない。回覧板を回しに行ったはずなのだが、一向に帰ってくる様子が無いところを見ると、弘夢の部屋とは逆隣りの隣人と話し込んでいるに違いなかった。隣りの四十過ぎの専業主婦は噂好きであるし、美里も喋ること自体は世の一般の女性に洩れず好む方だから、いろいろと話に花を咲かせているのだろう。

 早めに夕食は済ませているから構わないが、これが常であれば今ごろ千郷は苛々としながら玄関とダイニングを往復する羽目になったはずだ。

 しかし、今日ばかりはそれを好都合だと千郷は思う。

 今日はもう無理だ。これ以上傍に居て、自分の内面を、自分の邪な思いを。母に感じ取らせずに済ませられるとは思えない。ただでさえ勘の良いあのひとは、すでに自分の娘の様子がおかしいことに薄々気付いている。

 ぷちんとリモコンでテレビの電源を落として、立ち上がる。洩れ出る溜息は、押さえようが無かった。脳裏にあるのは、幼い頃から彼女にとってはずっとずっと大切な友達の声。


『あの春休みの間に、一体何があったの』


 その言葉に蘇りそうになった面影を、千郷は手近な壁を殴りつけて捻じ伏せる。


「どうしてこんなに死にたいのか、か」


 あのふざけた性格の青年の言葉。

 そんなの決まっているじゃないかと彼女は自嘲して呟いた。


「自分が今ここに生きていることが、許せないからよ」


 吐き捨てられた言葉は誰に聞かれることもなく、部屋を満たす静寂に紛れて消えた。


 



 ※    ※    ※ 

       



 自分より確実に一回りは大柄な男の襟首を掴み、その男の胸元に空いた方の腕を突き立てた彼は、その綺麗な顔に薄く笑みを浮かべる。

 人気のない、真夜中の神社の境内。

 心許ない電灯の下、神の領域である場所で行われる凶事を、止める者はここにはいない。


「悪いな。こっちも仕事だ、怨んでくれるなよ」


 悪びれた様子など微塵もない声音でそう囁いた彼は、男の体に埋まってしまった腕を無造作に引き抜いた。ズル、と生理的悪寒を呼ぶ音を立て、引き抜かれた腕は不思議なことに血の一適すら纏っていない。

 襟首を解放され、支えを失った男の体が傾いだ。

 自分の上に覆い被さりそうになったその体を青年は迷惑そうに押し返し、大して力を込めたようにも 見えなかったその動作だけで、男の巨体は重い音とともに仰向けに倒れる。

 これもまたおかしなことに、男の胸元にも青年の腕が突き立った形跡は残っていない。

 外傷一つないはずの男は、しかし虚ろな瞳で黄昏の空を仰ぐばかりだ。

 呼吸は弱々しく、虫の息と言っても過言ではない。

 男の命があと数刻ももたないのは、傍目にも明らかだった。


「うーん、ちょいと微妙だな」


 一方、彼は男の胸から引きずり出した右の拳を開き、ポツリと呟く。

 すでにその興味は余命いくばくもない男にはなく、ただ自分の掌の上で揺れる闇色の焔を値踏みするように見つめる。


「色に少し深みが足りない気がするが、もう少し堕としてからのが良かったか? でも、あんまり闇に染めすぎると味がくどくなるんだよな、あんまり時間もかけたくなかったし……だったらまあこんなもんか」


 どーせ、これは俺が食うんじゃないし?

 言って彼は左手で虚空を掴む。

 だが、虚空を掴んだはずのその手には、次の瞬間真っ黒な布の切れ端が握られており、そのことに戸惑うことすらせず、彼はその黒い布を芋掘りよろしくグイと引く。


「わ、わわわ?」

「よう、覗きとは良い趣味だな。さすが、親父どのの腰巾着」


 文字通り、何もなかったはずの空間から引っこ抜かれたマントの先に、ひょろりとした男が一人。引っ張られた勢いで尻餅をついた男は、彼の皮肉に弾かれたように顔を上げ、紅の双眸とかち合ったとたん、もろに『やっちまった』という表情をした。

 しかし、それも一瞬のことですぐに薄っぺらい営業スマイルに取って代わる。


「これはこれは紅玉の。ご無沙汰……は、しておりませんね、一ヶ月程前に魂を納入していただいたところですから。おや、その右手にあるのは!? ああ、やはり流石は紅玉の御方。お仕事がお早い! もう次の魂を回収されたのですね、しかもこれは色といい艶といい――」


 途中から商売根性丸出しで語りだした男の格好は、黒マントと黒帽子、黒ぶち眼鏡に、黒のズボンで挙句の果てには黒の靴。きっと靴下も黒だろう。

 黒ずくめなのは本人の好みしだいだろうが、マントというのはこの時代些かどころでなく戴けない。少しくたびれたその黒マントが、青年のうさんくささを更に浮き立たせていた。


「鳥飼。御託はいい、とっとと報酬よこせ」


 立て板に水とばかりのマント男の口上を、眉間に皺を寄せて訊いていた青年は痺れを切らしたように遮った。実際、ここで彼が止めなければ後十分近くは男の商品に対する考察が続いただろうことを彼は経験上知っている。苛立ち混じりの声に、男がびくりと肩を震わせた。


「は、はい。ちょっと待ってくださいねっ」


 慌てて彼はマントの内側に手を入れ――そこから、そんなところに入るはずのない大きさの鳥篭を引っ張り出した。細やかな細工の施された金色の鳥篭の中には、漆黒の羽の鳥が一羽。一見、烏に見えなくはなかったが、烏よりは二回り小さく、足は一本しかない。

 男に促され、青年はその篭の扉を開け右手の焔を鳥の嘴の前に翳す。鳥は、動物特有の無心な仕種でそれを喰らった。


「美味しかったかい? ヤト」


 男の声に反応したかのようにその鳥は顔を上げ、その拍子にその瞳から黒い涙が零れ落ちた。確かに液体だったはずの涙は、鳥篭の底に落ちる前に凝固して、コトリと音を立てる。流れ落ちる滴は次々と、球体となっていった。

 飼主の男はその球体となった涙の一つを篭から出して、再び懐から取り出した携帯用のランプの光りに翳して、透かし見た。暫らく目を凝らしていた彼は、やがて口を開く。


「そうですね、これだとSにはぎりぎり届かないんでAプラスってところです」

「まあ、そんなところだろうな」

「不満ですか? でも、紅玉の御方にしてみればそこそこなのかもしれませんけど、Aプラスなんてそうそうでるもんじゃないですよ? その証拠に、これを食べられるのは主とその幹部の方かそれに近い方だけですし。そりゃあ、質の良い魂が手に入れば良いドロップが出来ますけど、SクラスとAプラスの差なんてあってないようなもんですよ」


 青年は言い募る男の肩をポンポンと叩いて落ち着かせる。

 まあ確かに男の言い分は最もだし、変にクラスを意識しすぎるのも考えものだ。そんなに頻繁にSクラスの魂を持ってこられては、商売上がったりだ、と言う彼の本音とて分からないでもない。


「わかった。で、報酬は?」

「これくらい、でどうです」


 指を二本立てた男に、青年は軽く考え込んでから三本指を突き出した。


「これくらいにはならないか?」

「三箱も、ですか…? そりゃあ、紅玉の御方にはいつもお世話になってますからそうしたいのは山々ですけど。だけど、一つの魂で取れる量はせいぜい十箱が良いところなんですよ? それに取れた分の四割は上にだって奏上しないといけないし、大体必ずしも十箱分の飴が確保できるとも限らないんですから」


 渋る鳥飼に、青年は仕方ないと言うように肩を竦める。


「しかたない。なら、三箱プラス端数で、お前が知りたいことを教えてやってもいいぞ?」

「ほ、本当ですか! って、いや。そんな知りたいことなんて、私はべ、別に」

「あのなあ、それで誤魔化してるつもりなのか? ったく、あの親父も舐めてくれたもんだよ。俺の様子を探ろうってんなら、自分で出て来いって言うんだ」

「そんな! 陛下直々にそんなことさせられません!」

「だったら、四箱。お前じゃ、俺から力ずくで情報聞きだすのは無理だろ?」


 だからこそ、鳥飼は青年のすぐ傍で彼を見張っていたのだから。


「……増えてるじゃないですか、それ」


 反論できない男は、嘆息しながら仕方無しにマントの懐に手を入れた。


「で、結局何があったんです? 貴方ともあろう方が」

「質問するならもっと具体的に言って欲しいな。一体、何のことだ?」


 ご丁寧にも、大きくDの文字が印刷されたスーパーの袋に入れられている報酬を受け取って、彼は技とらしく首を傾げた。


「焦らさないで下さいよ。今、王宮は貴方の話題で持ちきりなんですから」

「へぇ? どういう話題だ」

「……『紅眼の黒狼』が人間の小娘の配下に下った、と。何かの冗談でしょう? 確かに貴方に張り付いていたこの数日間、よく貴方と人間の娘がじゃれついているのを見かけましたが、あれは魔女の血を引くどころか、何の力も持たないただの小娘でしたし。ああ、もしかしてあの小娘が次のターッゲットなん」


 ですね、と言い差した鳥飼は、けれど青年の意味ありげな眼差しに言葉をとめる。

 彼が猫だったなら、驚愕に全身の毛を逆立てていたことだろう。


「――まっ」

「そのまさか、だ」


 肩を竦めた青年は別段気にした様子もなく、むしろ面白がるような素振りさえみせて、至極あっさりとそう告げた。

 だって、仕方ねーだろ? その小娘に真名、取られちまったんだから。と。


「な、真名を掌握された!? それじゃあ、心臓を握られたも同然じゃないですか! しかも、高位の魔術師ならいざ知らず、たかが小娘ごときに生死を握られた? 魔界最凶と恐れられた貴方がっ?」


 さらりと告げられた、事の深刻さに男はふらりとよろける。

 が、当の本人――否、当の悪魔はからからと笑った。


「ああ。俺も最初は驚いたよ」


 よっと、肩に報酬を引っ掛けて。


「なんせ悪魔の召喚方法も知らなければ、悪魔の存在すら信じていな小娘に、いきなり名を掌握されるなんて夢にも思わなかったからな」

「……笑い事じゃ有りませんよ、それ」

「そおか? かなり笑い事だと思うが」


 一度笑いを納めた光月弘夢の顔をした悪魔は、今度は悪戯っぽく口角を吊り上げる。


「だってあいつ、現在進行形でまだ俺のことを、自称悪魔の、頭の沸いちまった気の毒な馬鹿だと思ってるんだぜ?」







>> to be continu...[next stage]  



 

というわけで、第一幕終了です。

おつきあいくださった奇特なあなた様に心より感謝を。

もしよろしければ第二幕もお付き合いいただくと、どこかの阿呆な作者が小躍りして喜びます。

 

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